アジア・マップ Vol.03 | ラオス

《総説》
ラオス・中国鉄道の光と影

山田紀彦(アジア経済研究所地域研究センター長補佐)

ラオス初の長距離鉄道
 国民の夢と希望のラオス・中国鉄道が2021年12月3日に開通した。これはラオスの首都ビエンチャンから中国雲南省昆明まで総距離1035キロメートル(ラオス国内区間は首都ビエンチャン=ルアンナムター県ボーテンの422キロメートル)に及ぶラオス初の長距離鉄道である。鉄道の敷設にあたっては国内外で懐疑的な声も多かったが、いざ運行が始まるとヒトとモノの移動が増加し、ラオスに大きな経済効果をもたらしている。また利便性の高さから人々の評判もよく、瞬く間に北部への人気の移動手段となった。実際に乗ってみると想像以上に快適である。将来的に隣国で整備される鉄道と連結すればさらなる経済効果が期待でき、ラオスは地域の輸送ハブとなり得る。一方で後戻りができないほど対中依存が深まり、債務に関する懸念も払拭されていない。

 以下ではラオスにおける鉄道プロジェクトの歴史的経緯を振り返ったうえで、鉄道の光と影について論じていく。

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写真1:ラオス・中国鉄道の車両。(筆者撮影)

100年の夢が実現
 ラオスにおける長距離鉄道の敷設計画は、19世紀のフランス植民地時代にさかのぼる。フランス・シャム条約が締結されメコン川左岸(ラオス地域)がフランスの保護領となった1893年、現在のチャンパーサック県コーン島に4.5キロメートルの鉄道が敷設され、後に約7キロメートルまで延伸してデート島と結ばれた(Stuart-Fox 1996, 28, 255[注59])。これがラオス初の鉄道である。フランスはその後もインドシナを結ぶ鉄道計画を進め、ラオスやベトナムで調査を行ったものの実現には至らなかった(Stuart-Fox 1996, 27)。コーン島とデート島を結ぶ鉄道も1940年代には運行を終えた。

 鉄道敷設への思いは、フランスから独立後の1950年代後半に本格化したラオス王国政府と革命勢力による内戦が終結し、1975年12月2日にラオス人民民主共和国が建国された後も引き継がれた。支配政党であるラオス人民革命党指導部は、「国家たるもの鉄道を整備すべき」と考えていた。彼らは戦後復興と近代化の象徴として、国を縦断する鉄道を思い描いたのである。しかしラオスを支援する国は現れなかった。

 鉄道計画は2010年代に中国との間で本格化するが、さまざまな問題に直面した。2010年4月7日、ラオス公共事業・運輸省と中国鉄道部の間で協力に関する覚書が締結された(EKPNNKKKTLLC 2016, 7)1。2012年10月18日にはラオス国民議会が特別会議を1日だけ開催し、中国輸出入銀行から政府保証により約70億ドルを30年の特別融資で借り入れ(10年間の元本返済免除、金利2%)、ラオス・中国鉄道プロジェクトを実施することを承認した(山田紀彦 2018)。特別国会の開催は1992年以来であり、政治的判断が働いたことは明らかである。しかし中国側でラオスの返済能力を疑問視する声があがった。ラオスは当時35億ドルの対外債務を抱えており、これに70億ドルが加われば国内総生産(GDP)総額(当時の額で約90億ドル)を超えてしまう。国際機関も懸念を示した(山田紀彦 2013, 249)。さらに鉄道事故や汚職に起因する中国鉄道部の再編も始まり、鉄道の実現に暗雲が立ち込めた。

 ところが2013年に中国が「一帯一路」構想を打ち出すと風向きが変わった。中国にとって「汎アジア鉄道」や東南アジアのインフラ建設が重要となり、中国側にもラオス・中国鉄道を積極的に推進する理由ができたのである(山田紀彦 2018)。そして2015年11月13日、両国政府は北京にてラオス・中国鉄道建設プロジェクトに関する合意文書に調印した。12月2日にはラオス建国40周年祝賀式典の一環として、ラオス・中国鉄道プロジェクト起工式が開催された。

 その後5年間の建設期間を経て、2021年12月3日にラオス・中国鉄道は開通した。国内長距離鉄道の敷設というラオスの夢が、100年以上の時を経てついに実現したのである。

写真2

写真2:首都ビエンチャンの駅。(筆者撮影)

ラオスの期待と経済効果
 ラオス政府がラオス・中国鉄道にもっとも期待したのは、近隣諸国へのアクセシビリティの改善とそれによる経済効果である。ラオスは内陸国(landlocked country)であり常に輸送の問題を抱えてきた。道路インフラの未整備も重なり、輸送はコストと時間を要した。そこで政府は内陸国から東南アジア大陸部の連結国(land-linked)を目指し、経済援助を仰ぎながらインフラ整備を進めた。ラオス・中国鉄道は複数の鉄道網と高速道路網で地域と連結する壮大なインフラ計画の一環であり、ラオスが地域の輸送ハブとなるための第一歩と位置付けられている。隣国にアクセスするインフラが大きな経済効果をもたらすことは、1994年にオーストラリアの支援で建設され、首都ビエンチャンとタイのノンカイの間に架かる第一友好橋で証明済である。タイとの間でヒトとモノの流れが加速したのである(ケオラ・相澤 2022, 44-46)。

 運行開始から4年近くが経った2025年9月現在、ラオス・中国鉄道による貿易網は拡大を続けている。中国国内では広州、成都、重慶、蘇州、武漢、敦煌、瀋陽、上海、北京、内モンゴル自治区などと結ばれた。2023年7月にはラオス・中国鉄道=成都=ヨーロッパを結ぶ「瀾湄蓉欧エクスプレス」が運行を開始し、タイの自動車部品をハンガリーまで運んだ(CRI Online, 2023年7月8日)。また今後、タイ国内で新たな鉄道網が整備されればシンガポールまでつながり、東南アジア島嶼部へもアクセス可能となる。そして、ラオス国内では首都ビエンチャン=タケーク(カムアン県)=ヴンアン港(ベトナム)を結ぶ、2番目の長距離鉄道計画も進む。ラオスはベトナムと共同で同港の開発を行っている。ラオス・ベトナム鉄道が敷設されラオス・中国鉄道と連結すれば、貿易網がさらに拡大しラオスだけでなく地域に大きな経済効果をもたらすと考えられる。

 2021年12月の運行開始以来、中国・ラオス鉄道は1400万トン以上の貨物を両国間で輸送し、その金額は600億元(約84億米ドル)を上回った。2025年1月から7月までの貨物輸送量は343万トン、金額は154億元(約21.6億ドル)を超え、前年同期比でそれぞれ6パーセントと41パーセント増となった(People's Daily Online, August 7, 2025)。両国政府が事前に準備していたこともあり2、なかでもラオスの農産品輸出が増加した。特に、中国側の検疫体制が整い鉄道一貫輸送が可能になった2022年11月末以降に大幅に拡大し(山田健一郎 2022)、12月にはバナナ専用列車による中国への輸出が行われた。またコールドチェーン列車の運行により、雲南省産のブロッコリーや白菜などの野菜がラオスやタイに(人民網,2023年10月17日; CRI Online, 2024年8月26日)、2カ国からはマンゴーなどの果物のほか、キャッサバ、ゴム、コメなどが中国に輸出されている。農産品の輸出増もあり、2015年に初めて20%を下回り約17.5%まで低下したラオスのGDPに占める農業の割合は、2023年に21%台まで上昇し、2024年も同割合で推移している(LAOSIS)。当初は中国からの空コンテナの問題があったが、先述のように現在は中国野菜の輸出により解消されているようである(CRI Online, 2025年8月11日)。そのほか中国からラオスへは電子機器、太陽光パネル、通信機器、車両、日用品などが輸送されている。

 ラオスが今後期待するのはドリアンの輸出である。ドリアンの輸入大国中国は2022年に82万5000トンを輸入し、そのうち78万トンがタイからであった(AFPBB News, 2023年6月1日)。2025年にラオス・中国鉄道によって中国に運ばれたドリアンは8月26日時点で15万トンを超え、前年同期比91%増加した(新華網日本語,2025年9月1日)。そのほとんどがタイ産である。中国へのラオス産ドリアンの輸出はまだ認められていないが、すでに国内外の企業が輸出解禁を見越してラオスに投資を行っている。ラオス・ドリアン・ビジネスグループは、2026年に400トンのドリアンを中国を含む国内外の市場に輸出する準備を進める(Laotian Times, August 12, 2025)。

 ヒトの移動も拡大している。ラオス・中国鉄道が国境を通過する国際旅客列車の運行を開始したのは、コロナ禍が収まった2024年4月13日である。それ以来、ラオス国内では260万人以上が利用し、国際列車によって国境を越えた人数は58万人に上る(Laotian Times, September 23, 2025)。2024年のラオスへの中国人観光客数はコロナ禍以降で初めて100万人を上回り約105万人となったが、そのうち9割が空路または車での陸路入国である。鉄道による入国者数は総数の1割でしかない(KVLKTTKPKTTPSLVKTT 2025, 23-24)。しかし2025年7月に国際旅客列車が2本から4本に増えたため、鉄道による中国人入国者数の増加は確実である。ラオスは観光産業の拡大を目指し中国市場の開拓を狙っている。単線で貨物列車との調整という制約があるため、今後どこまで増便できるかは未知数だが需要は高い。

 ヒトやモノの移動の増加はラオス経済を活性化させる一方で、中国市場への過度の依存という問題も生んでいる。すでに中国はラオスへの最大の投資国であり、最も重要な貿易パートナーのひとつでもある。ラオスは鉄道の経済効果を最大限享受したいものの、中国への過度の依存は避けたいというジレンマに直面している。

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写真3:車内の様子。(筆者撮影)

債務の罠か?
 現時点でラオス・中国鉄道を「債務の罠」と断定することはできないが、将来的にそうなる可能性は残されている。建設総額は最終的に約59億8600万ドルとなり、建設・運営はラオス鉄道公社と中国企業3社が総額の40%を出資して設立したラオス・中国鉄道株式会社(Laos-China Railway: LCR)が担っている。出資比率は中国側が70%、ラオス側が30%であり(Pathet Lao, April 6, 2017)、ラオス側の出資額は約7億3000万ドルとなる。ラオス政府はこのうち4億8000万ドルを金利2.3%で中国輸出入銀行から借り入れ、残りの2億5000万ドル(年間5000万ドル)は政府予算を充てた(Pathet Lao, August 9, 2016; Pasaxon, September 23, 2016, April 6, 2017; Malik et al. 2021)。総額の60%(35億4000万ドル)は合弁会社が中国輸出入銀行から借り入れた(Malik et al. 2021)。これに対してラオス政府は保証を付けていないため、多額の債務は発生しないと主張する。

 しかし偶発債務の可能性は残る。ラオス財務省の報告書によると、2024年末時点でのLCRの債務は前年より約1300万ドル減り、約23億ドルであった(MOF 2025, 29)。政府保証はないものの、ラオス・中国鉄道は「しくじるには大きすぎる」事業のため、鉄道会社が債務を返済できなければ政府が責任を負うことになりかねない(Malik et al. 2021, 46)。そもそも鉄道建設はラオス側の強い要望で始まり、ラオスが喉から手が出るほど欲しがったインフラである。したがって中国が意図的に「債務の罠」を仕掛けたとする見方は適切ではない。中国にとっても鉄道の債務で批判されることは筋違いであろう。とはいえ仮にラオス政府が偶発債務を背負うことになれば、中国への国際的批判が高まることは避けられない。すでにラオスの対外債務約100億ドルのうち約48パーセントを対中債務が占めている(MOF 2025, 17)。ラオスは中国から返済繰り延べなどの措置を受けることでデフォルトを回避しており、鉄道の偶発債務は双方にとっては避けたいところである。

ラオス・中国鉄道の新たな意味
 国際秩序の変化により、ラオスにとって鉄道の重要性は増している。2025年8月、米国のトランプ政権はラオスに対して40パーセントの追加関税を課した。2024年のモノとサービスの対米輸出は約8.5億ドルと急増し、ラオスにとってアメリカは第4位の輸出市場となった(Lao PDR Trade Portal)。したがって関税の影響は決して小さくない。2025年9月にロシアを訪問したソーンサイ首相は、対米輸出産品をロシア市場にシフトさせることについて言及した(Russia’s Pivot to Asia, September 8, 2025)。ロシアも鉄道によるラオスとの貿易拡大を視野に入れている(Izvestia, July 31, 2025)。

 経済だけでなく安全保障面を含め、特にラオスが関係構築を進めるのが中国やロシアを含めたユーラシア諸国である。ラオスは2025年9月に上海協力機構(SCO)の対話パートナーとなり(Vientiane Times,, September 2, 2025)、その一歩を踏み出した。そしてラオス・中国鉄道には貿易に加えて、SCO諸国との政治的ルートという意味合いも加わった。その背景には米国主導の国際秩序のなかで、グローバルサウス諸国との関係強化という目的のほか、中国依存の緩和という狙いも透けて見える。そもそもSCOは中国中心の国際機構だが、だからこそラオスにとっては中国関係を損なわずに外交関係を多角化できる。ラオス・中国鉄道はラオスが対中依存を深める要因になる一方で、それを緩和する役割も担い始めたのである。

中国の影
 鉄道はラオスに大きな経済効果をもたらす一方で、同時に貿易面で対中依存を深化させている。もはやラオス経済は中国抜きには成り立たない。そのようななか、ラオスはSCO諸国との関係を強化し、対中関係を損なわずに少しでも対中依存を緩和しようとしている。とはいえそれらの国々と結ばれる鉄道は中国を通過する。また、すでに対外債務の半分弱を対中債務が占めており、ラオスは中国の支援によってデフォルトを回避している。ラオスと中国は両国関係を「運命共同体」と位置付けており、中国は引き続きラオスを支援していくと考えられる。しかし仮にラオスが債務の大部分を返済できなければ、中国が鉄道インフラを手中に収める可能性もゼロではない。ラオスにとってラオス・中国鉄道は政治・経済の両面で重要性を増しているが、常に中国の影に覆われている状態である。将来、夢と希望の鉄道の光が影に飲み込まれないよう、ラオスには対中関係の巧みな舵取りが求められる。

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1実は前年に首都ビエンチャンとタイのノンカイを結ぶ約3.5キロメートルの鉄道が敷設された。しかしこれはタイ国内の鉄道の延伸と位置付けられる。ラオスが望むのはあくまで国内を縦断する長距離鉄道である。
22020年10月、中国がラオスに対し全品目の97%(8256品目)の関税を免除することで合意し(山田健一郎 2020; Lao Economic Daily, November 10, 2020)、2021年5月には、ラオス企業AIDCトレーディングと中国国有企業中糧(蘇州)糧油工業との間で文書が交わされ、ラオスからピーナッツやマンゴーなど9種類の農産加工品(15億ドル相当)が5年以内に輸出されることとなった(Pasaxon, May 31, 2021)。それ以降も2022年以降にラオスが柑橘類5万トン(5000万ドル相当)を中国に輸出することが決まった(KPL、November 6, 2021)。2025年1月にはチャンパーサック県とウドムサイ県における農業生産のための土地開墾プロジェクトについて、3つの中国企業が協力協定を締結した。今後両県において中国企業がタバコ、サトウキビ、バナナの栽培を進める(Vientiane Times, January 28, 2025)。中国企業による輸出を目的とした肉牛の品種改良もラオスで始まっている(KPL, March 13, 2025)。

参考資料
●ケオラ・スックニラン、相澤信弘 2022.「一帯一路とラオスの経済関係多角化の悲願」『アジア研究』68巻1号, 41-63.
●山田健一郎 2020. 「中国、ラオスに対し全品目の97%の関税を免除する特恵関税供与へ」『ジェトロ・ビジネス短信』.
●山田健一郎 2022. 「中国ラオス鉄道、中国向け生鮮農産物の鉄道一貫輸送を開始 」『ジェトロ・ビジネス短信』.
●山田紀彦 2013.「問題を抱えながらも強気な姿勢が目立つ」『アジア動向年報2013』アジア経済研究所, 245-264.
●山田紀彦 2018. 「ラオス・中国高速鉄道プロジェクト――これまでの経緯、進捗状況、問題点」『IDEスクエア』.
Ekasan khosana phuipae nampha newkhit kiawkap khongkan kosang thang lotfai lao-chin (EKPNNKKKTLLC )[ラオス・中国鉄道建設プロジェクトに関する思想領導・普及文書] 2016.
●Kaswang vatthanatham lae kan thong thiaw kom phathana kan thong thiaw phnaek sathiti lae vichai kan thong thiaw(KVLKTTKPKTTPSLVKTT) [文化・観光省観光開発局統計・観光分析課] 2025. Bot laigan sathiti kan thong thiaw khong so po po law 2024 [2024年ラオス人民民主共和国観光統計報告書].
●Malik, Ammar A., Bradley Parks, Brooke Russell, Joyce J. Lin, Katherine Walsh, Kyra Solomon, Sheng Zhang, Thai-Binh Elston, and Seth Goodman. 2021. Banking on the Belt and Road: Insights from a new global dataset of 13,427 Chinese development projects,Williamsburg, VA: AidData at William & Mary.
●Ministry of Finance(MOF) 2025. 2024 Public and Publicly Guaranteed Debt Statistic Bulletin, Vientiane: Ministry of Finance.
●Stuart-Fox, Martin. 1996. Buddhist Kingdom Marxist State: The Making of Modern Laos, Bangkok: White Lotus.

書誌情報
山田紀彦《総説》「ラオス・中国鉄道の光と影」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.3, LA.1.01(2025年12月8日掲載) 
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol03/laos/country