アジア・マップ Vol.03 | モルディブ
《総説》
モルディブのハネムーンを支えるサステイナブルな取り組み
〇問題の所在
モルディブは透明度の高い海、白砂のビーチ、ラグジュアリーな水上ヴィラで知られ、世界中から人気を集めるハネムーン目的地である。2022年の統計ではモルディブ入国目的のうちハネムーンが37%となっている。ハネムーン以外でも、家族や恋人との休息・リラックス目的が48%となっている。ハネムーン客が求める「温暖な気候」、「美しい海」に加え、モルディブでは1島1リゾートという既定のもと、安全性と快適性の高いリゾートでの滞在可能なホテルの多さが多くのハネムーナーを集める要因となっている。
このように、モルディブのサンゴ礁面積は世界の5%を占め、「インド洋のネックレス」と呼ばれるほどの美しい海が最大の観光資源で、これまで世界観光大賞(World Travel Award)の常連として「世界をリードするハネムーン目的地」「世界をリードするビーチ目的地」など数々の賞を受賞してきた。
その一方で、モルディブでは気候変動の影響をはじめさまざまな環境問題に直面しており、次世代にわたるハネムーンリゾートを維持するためのサステイナブルな取り組みを行っている。本稿ではモルディブにおける環境問題とその対策を紹介していく。
〇モルディブの概要
モルディブはインド南西のインド洋に浮かぶ1,192の島々から構成され、26の環礁からなる。島々を足した総面積は298㎢で東京都23区の半分ほどで、人口は51万人(2022年)である。主要産業は漁業と観光業で、特に観光面でいうと年間外国人入国者数は167万人(2022年)で総人口比3倍となっている。日本では人口1億2千万に対して訪日外国人旅行者数は3600万人(2024年)で総人口比1/3という状況と比較してみても観光に大きく依存した経済構造であることがわかる。また、宿泊業と飲食業の合計はGDPの25.8%(2021年)を占めていることからも観光は主な外貨獲得源となっていることが分かる。なお、前にも触れたが、モルディブは国家による観光戦略により1島1リゾート計画が施行されており、159島がリゾート島でそれぞれ1資本のリゾートホテルが運営されている。リゾート島には従業員などのホテル関係者のみ居住が認められており、それ以外の人々は首都のマーレ島をはじめとしたローカル島で生活している。ちなみに、モルディブはイスラーム教国家であるため、リゾート島とマーレに近接している国際空港があるフルレにあるホテルを除き、アルコールを飲むことができない。
〇さまざまな環境問題
① 気候変動による影響と対策
モルディブでは全陸地の80%以上が海抜1m以下であり、今後100年間の海面上昇により国土の大半が水没すると予測されている。特に、首都マーレの中心島は1.8㎢の面積にモルディブ総人口の1/3にあたる14万人が住み、ビルが林立する世界有数の過密都市で、短時間でのスコールでも道路は水浸しになることが日常になっている。1987年の高潮による冠水被害を受けて、日本政府はマーレ島に全長6㎞の護岸工事を実施した。近年ではマーレへの人口集中を回避する目的と海面上昇への対策として国際空港があるフルレ島の隣島を埋め立て、海抜3mの人工島であるフルマーレ島を整備している。リゾート島に目を向けると、2025年1月時点では海面上昇がホテル運営に大きく影響しているという報告は聞かない。しかし、リゾート島は海沿いを一周しても30分ほどの小さな島も多いうえ、ホテルの99%は海岸線から100m以内に位置しているため、今後何らかの変化と対策が必要になってくるだろう。
② リゾート島の環境問題とサステイナブルな取り組み
前述した通り、モルディブのリゾート島では各島1資本によるホテル運営が行われている。運営会社のコンセプトに沿って島全体の建物や外観が統一されており、非日常の高級感あるリゾートを作り上げている。どこの島もプールやマリンアクティビティの施設がそろっているほか、電力や水道などのインフラ施設も整備されている。飲食を含め滞在中の行動は各島のみで完結する仕組みになっている。環境への負荷を減らしながら「非日常」空間のリゾートを維持させるために各ホテルではサステイナブルな取り組みを進めている。一般的なところでは、ソーラーパネルの設置やプラスティック製品の削減、タブレットやアプリの活用によるペーパーレス化に多くのリゾートが取り組んでいる。また、2010年以降に開業または改修した外資系の高級リゾートでは、最先端の工法による低炭素化を実現した施設整備や自然エネルギーに取り組み、「サステイナブル」をコンセプトの柱にしているホテルが増加している。さらに、美しい海を守るための取り組みとして、ウミガメの保護や調査を実施したり、減少しつつあるサンゴの植え付けを行ったりしているリゾートもみられるようになった。
③ マーレ島とリゾート島におけるゴミ問題
現在のモルディブで最も大きな環境テーマはマーレ島と、リゾート島で排出されるゴミ処理の問題である。2014年に廃棄物管理、汚染防止局が環境省のもとに設置されて以降、厳格なゴミ処理への取り組みが始まった。現在のマーレ島はもともとの面積の2倍近くまでに拡大しており、人口増加に伴う環境汚染につながる無機廃棄物の処分場として約5㎞離れたティラフシ島が埋め立て整備され、現在は毎日大量の廃棄物がマーレ島や周辺の島々から運ばれている。
一方でリゾート島では観光省の規制により、すべてのリゾート島が環境への影響が最も少ない方法で廃棄物を管理することが求められている。一般的には食品廃棄物とそれ以外の廃棄物に分別され、生ゴミ等の食品廃棄物は各リゾート島または周辺のローカル島で処理される。筆者が取材した外資系のリゾートホテルでは食品廃棄物は隣のローカル島で処理されているほか、一部は堆肥化している状況であった。また、トイレや客室からの出た排水は島内の浄化施設で処理され、植栽へのスプリンクラーとして再利用している。ほかにも生ゴミをコンポスト化して肥料をつくり、島で野菜の栽培に取り組んでいるリゾートもある。しかし生ゴミがそのまま海に捨てられるケースも見られるとのことであり、海洋汚染や生態系の変化などの影響が懸念される。
〇モルディブで最先端のサステイナブルを学ぶ
これまで紹介してきた以外にも、海洋に流れ出たプラスティックやビニールなどの漂着ゴミ、漁船の網などによる生物被害、温暖化と海水温度上昇によるサンゴや魚の生息域の減少、シュノーケルの水域での水質汚染、ボートから海に放出されるガソリンオイルなど、さまざまな環境問題が同時並行で進んでおり、対策が急務となっている。さらに高等教育への進学や就業のためにローカル島を離れる若者も増加し、マーレやリゾート島との経済格差拡大や地域文化の伝承が困難になっている事例もある。リゾート島ではゲストが環境対策に参加できるツアーを実施するケースも見られ始めている。世界を代表するハネムーン地として美しい海や白砂を後世に残すためにも、サステイナブルな取り組みを実践する場としての今後一層注目されることを期待したい。
書誌情報
山田耕生《総説》「モルディブのハネムーンを支えるサステイナブルな取り組み」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.3, MV.1.01(2025年4月14日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol03/maldives/country01