アジア・マップ Vol.03 | モンゴル

《総説》
「情報社会」を生きるモンゴル遊牧民

堀田あゆみ(立命館大学OICサステイナビリティ学研究センター 客員研究員)

 モンゴル遊牧社会は「情報社会」である。そう聞くとどのようなイメージが浮かぶだろうか。もしかすると、GPSを装着した畜群の所在地をスマホのアプリで確認しながら、ゲル(遊牧民の移動式住居)でSNS三昧の遊牧民を想像するかもしれないし、モンゴル帝国時代の駅伝制度を思い浮かべる人もいるかもしれない。

 駅伝制度というのは、チンギス・ハーンの後二代目ハーンとなったオゴデイによって、「使者の道中速かに奔り、また、所用の物品を運ばすべく」(小澤 1997:238)整備された「人・モノ・情報」の交通・運搬・伝達システムである。15里ごとに郵亭が、60里ごとに館駅が設置されており(宮 2018)、使者が行く先々の駅に用意された元気な新しいウマを乗り継ぐことで、火急の命令や緊急報告の伝達が可能であった(青木 1960)。 

 また、駅伝利用許可証(牌子)があれば、広大な版図に張り巡らされた駅伝ルートで迅速かつ安全に移動することができた。実際に、プラノ・カルピニ、ルブルク、モンテ・コルヴィノといった修道士や、マルコ・ポーロ、イブン・バットゥータらが旅をし、東西世界の「知」の交流をもたらした(間野ほか 1992, 宮 2018)。パソコンやインターネットのない時代に、このような情報伝達システムを実装し得たことがモンゴル帝国の発展を支えていたとも言われている。

 しかし、「情報社会」たる所以はそれだけではない。遊牧という生業も情報なくしては立ち行かない産業である。遊牧というのは、一年の生活が空間的にどのようにくり広げられているかを示す「遊動」という生活の様相と、「牧畜」という生業基盤の二つが合わさった概念である(松井 2001)。牧草と水を求めて家畜を移動させながら畜産物を利用して暮らす牧畜民のなかでも、自らの住居も移動させるなど、特に移動性の高い人々を指して「遊牧民」と呼んでいる(日本文化人類学会 2009)。移動の目的は、何百頭もの家畜の放牧による牧草の食い尽くしや蹄による荒廃から草原を守るだけでなく、家畜の越冬に備えて四季折々に生える栄養価の高い牧草を食べさせるためである。

 したがって、その年の気象条件や狼害の状況にも目を配りつつ、遊牧民は「移動をはじめるにさきだって、次の予定地にでかけて草生の状況などを下見しておく」(後藤 1970:51)というのが常である。また、自然状況の把握のみならず、地域の他の世帯がそれぞれどこへ、いつ頃移動しそうかという情報も、お互いの社会関係を考慮しながら、より良い牧草地を先取するうえで重要となる。

 また、大型家畜(ラクダ、ウマ、ウシ)の遠牧をはじめ、比較的畜群の自律性に任せた放牧を行うモンゴルでは、家畜が行方不明になるというのは日常茶飯事であり、失われた家畜の捜索も遊牧生活の一部である(小長谷 2022)。モンゴル遊牧民は、各種家畜の年齢、性別、用途、毛色(ズスzüs)などによって呼び分ける、細かな分類名称を持つことで知られている。なかでもウマの場合は、ズスを示す基本的な民俗語彙が29ほどあり(小長谷 2022:88-90)、部分的な身体や毛色の特徴をあらわす語彙の組み合わせによっては400~500ほどの表現を持っていると言われている(鯉渕 1992)。こうした豊富な識別用語はモンゴル遊牧民のウマに対する文化的重要度の高さを表すだけでなく、捜索時の実用性にかなったものである。

 自律的に動き回る家畜を見つけ出すためには、いなくなった時の天候や風向き、野生動物の挙動、その個体の性格や好む場所などさまざまな前提状況を踏まえたうえで、最終的には目撃情報を収集することになる。その際に、家畜の年齢、性別、用途、ズス、焼印の形が訪問先の相手に伝えられる。特にズスは遠目からでも識別しやすいため、目撃証言が得られやすい【写真1】。何世帯かを訪問し、いつ頃、どの方角へ行くのを見たという情報が得られれば、行動の推測もたてやすくなる。また、見慣れない迷子家畜を発見した場合も同様に、わかる範囲で家畜の年齢、性別、用途、ズス、焼印の情報を人伝に拡散し、持ち主の耳に届くように働きかける。

写真1

写真1 行方不明のウマを探しに来た男性(左)と単眼鏡で森の中の馬群を確認しながら情報を交わす地元の遊牧民(2019年2月)

 ただし、情報の出し方には注意が必要である。とりわけ、モンゴル遊牧民にとって重要なウマの捜索の場合は、天候や気象条件、他所から手に入れて間もないなどの環境条件以外にも、盗難などの人為的介入も考慮しなければならない。ウマの目撃情報を求めて他所を訪ねる際にも、信用のおける人に対してでなければ、ウマを探している事実を明かさず、「ヒツジを探しに来た」などと言って相手の出方を探ることもある。さもなければ、たまたま話した相手が窃盗犯の関係者だった場合、情報が先回りしてウマをさらに遠くへやられてしまったり、足がつかないように肉にされてしまう可能性もあるからだ。家畜の捜索においては、単に知識や情報を多く持てばよいというだけではなく、その情報をいつ、誰に対して、どのように使うのかといった駆け引きが求められるのである。

 さらに、遊牧が自給自足の生業ではないことも、情報の重要性に拍車をかけている。現代に限らず、モンゴル高原で遊牧生活を送ってきた人々は、日用の生活必需品から、農業生産物、各種の戦具にいたるまで、定住地域との交易によって手に入れてきた(杉山 1997)。今日でも、茶、小麦粉、砂糖をはじめとする食糧品やトイレ紙、マッチなどの消耗品、柄杓や食器などの台所用具、雑貨や衣料品など、生活に必要な資源を手に入れることは常に彼らの関心ごとである。数十キロ以上離れた定住地の市場にアクセスするためには、他の世帯に留守の間の家畜の世話を頼んだうえで、直近の天候を加味した走行可能路の確認、燃料や商品の市場価格の変動状況など、事前に収集しておかねばならない情報がある。

 そのような時々刻々と変化する状況についての最新情報を得るために、遊牧民は他家訪問(ail khesekh)と呼ばれる情報行動を日課のように行う(島村 2009)。情報行動というのは「情報を行為の対象とし、情報を獲得・生産・授受・蓄積・加工すること」である(橋元 1990:102)。家畜の放牧や家事の合間に他家を訪問し、お茶などのもてなしを受けながら、お互いの近況を尋ね合い、周辺世帯の動静(次の移動の予定や直近で定住地へ出かけたかなど)にいたるまでさまざま情報を交換する【写真2】。行方不明になった家畜や、迷い込んできた家畜の情報も交換されるほか、訪問先の世帯が、何を持っているかという所有物の情報も来訪者によって収集される。他家の持ち物を利用することができれば、わざわざ市場へ出向く手間やコストを削減することができる。したがって、他家の所有物も、彼らにとっては交渉次第で利用可能な資源とみなされているため、資源の所在に関する情報収集にも余念がない(堀田 2018)。

写真2

写真2 日常的な他家訪問の様子(右端がこの家の主)(2016年2月)

 モンゴル国では、2000年代から携帯電話が普及しはじめ、2011年には携帯電話使用者数が人口を上回った(堀田 2021)。遊牧世帯においても携帯電話は必需品になっている【写真3】。携帯電話の普及によって他家訪問の頻度が減少するかと思いきや、むしろ携帯電話によって相手が在宅であることが確認しやすくなったことで、空振りのリスクが減じ、より訪問が盛んになったという。その背景には、他の来訪者がいるかもしれないゲル内で使用される携帯電話が、プライベートな情報メディアとはみなされておらず、機密性の高い話や交渉ごとには対面が好まれるという現地の事情がある(堀田 2021)【写真4】。見聞きした情報の信憑性を探ったり、他家の所有物を確認したり、実際に交渉したりするためには、他家訪問による対面での情報のやり取りが不可欠である。

写真3

写真3 アンテナの増設により遊牧地域でもスマートフォンが利用可能になりつつある(2019年8月)

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写真4 置き型携帯電話を借りて通話する来訪者(左)と会話に参加する家人(2017年1月)

 このような他家訪問という情報行動も現代にはじまったわけではない。1870年代に内陸アジアを踏査したプルジェワルスキーも「モンゴル人は怠惰ではあってもたいへん好奇心に富み、話好きであるが」、「一日の大部分は、彼らモンゴル人にとって神聖な仕事というべきお茶飲みに費やされる。また、冬はお茶を飲むために、夏はクミーズまたはアレカ(発酵させた酸乳)を腹いっぱいになるまで飲むために近くのユルトを訪問する」(プルジェワルスキー 1978:22-23)と述べている。彼のエスノセントリズムを差し引けば、そこに描かれているのは、他家を訪問して情報交換を行うモンゴル遊牧民の姿である。

 そして、いつの時代も来訪者は歓待される。1900年代初頭のモンゴル人について、コロストウェッツは「蒙古人は心から客を歓待する。そしてその小舎は旅人には…いつも解放されている」(コロストウェッツ 1943:149)と述べ、その理由として自然的関係と人家がほとんどないことを挙げている。例え見知らぬ者であっても挨拶の声をかけられ、ゲルに招かれお茶や馬乳酒の接待を受ける。「旅行者が来ることは荒原の単調な生活では大きな出来事であり、幸福な蒙古には最近まで電信や新聞は殆ど行われていないので、旅行者は新事件を話して聞かせる」(同上)という。

 モンゴル語で「ソニンsonin」と言えば「新聞」のことを指すと同時に、「ニュース」および「情報」も表す。また、ソニンは「珍しい、新しい、興味をそそる、おもしろい」という意味を持つ形容詞でもある。人と人が出会った時、時候の挨拶や「お元気ですか」などの形式的な挨拶を終えると、「ソニン・サイハン・ヨー・バエン?Sonin saikhan yuu baina?」という質問が交わされる。「何かニュースはあるか?」という意味である。つまり、遊牧民にとって来訪者というのは最新のニュースを運んでくる存在に他ならない。だからこそ、来訪者は歓待されるのである【写真5】。特に、旅人や遠方からの来訪者はコロストウェッツが述べたように、来たこと自体が大きな出来事(ニュース)であり、他所の定住地の様子、市場価格、道中の降雨、洪水、積雪、草生え、干ばつなどの状況を知るための貴重な情報源として喜ばれるのである。

写真5

写真5 遠来客をウォッカで歓待する(右端がこの家の主)(2016年2月)
(写真は全て筆者撮影)

 ここまで述べてきたとおり、モンゴル遊牧社会というのは、情報志向性の極めて強い社会である。あらゆる情報を日常的に収集・更新するだけでなく、徹底した情報管理と、TPOや相手に応じた情報の出し引きによって交渉をすすめる能力、これらが総合的に求められるのが遊牧社会あり、そのような「情報社会」をモンゴル遊牧民は生きてきた。にもかかわらず、これまでの一般的な情報社会の定義からは遊牧社会がこぼれ落ちてしまっている。それは、情報社会の定義が、情報通信技術(Information and Communication Technology)やICTインフラ(コンピュータやインターネット)の拡充された社会を想定する狭い定義だからである。

 しかし、モンゴル遊牧社会の事例で見たとおり、情報社会の在り方は一様ではなく、文化の数だけ情報の在り方・扱い方にも違いがあって当然である。時代や技術とは関係なく、社会は情報によって構成され、情報によって動いている(春木 2004)という視点にたてば、コンピュータやインターネットがない時代から、情報をやりとりするネットワークを形成してきた遊牧社会や漁労社会は、もとより情報社会だったということもできるのである(奥野 2008)。

 近年、モンゴル国の一部地域では大型家畜(ラクダやウマ)にGPSを装着し、スマートフォンのアプリで畜群の所在地を確認できる技術が導入されはじめている。2年ほど前にGPSを導入したという遊牧民に、家畜を捜索する来訪者について尋ねたところ、みんながGPSを使うようになったため家畜を探しに来る人はほとんどいなくなったという。つまり裏を返せば、遊牧生活において家畜捜索がいかに大きな割合を占めていたのかということがわかる。しかし、その一方でなおも彼らは他家を訪問し、話をし、ひと目で識別できるほどに近隣世帯の各家畜個体のズスや特徴などを把握している。

 GPSはゲルに居ながらにして、畜群の移動経路と現在地を把握できる便利な技術である。だが、これまで遊牧民が行ってきた家畜捜索という、地形、気象条件、他家の配置、家畜の特徴などあらゆる状況を分析しつつ、人的資源の活用と訪問先での新たな人脈の開拓を図るという複合的な目的をもって行われる情報行動からみれば、ほんの一部の機能を代替しているに過ぎないことがわかる。スマートフォンやGPSなどの情報テクノロジーの導入によって遊牧社会が情報社会になったのではなく、もともと情報行動が活発で情報志向性が強いという現地社会の文脈に則って、新たなテクノロジーが受容・活用されているのである。

【参考文献】
青木一夫訳 1960(1988)『全訳マルコ・ポーロ東方見聞録』校倉書房.
奥野卓司 2009 『情報人類学の射程─フィールドから情報社会を読み解く』岩波書店.
奥野卓司 2008 『ジャパンクールと情報革命』アスキー・メディアワークス.
NHK取材班 1992『大モンゴル2 幻の王プレスター・ジョン/世界征服への道』角川書店.
小澤重男訳 1997(2007)『元朝秘史(下)』岩波書店.
カルピニ, ルブルク著, 護雅夫訳 1989『中央アジア・蒙古旅行記─遊牧民族の実情の記録』光風社出版.
鯉渕真一 1992『騎馬民族の心─モンゴルの草原から』日本放送出版協会.
小長谷有紀 2022「モンゴルにおける馬の毛色の分類名称に関する命名原理」『BIOSTORY』vol.38, 誠文堂新光社, pp.85-94.
コロストウェッツ・I・J著, 高山洋吉譯 1943『蒙古近世史』森北書店.
後藤冨男 1970『騎馬遊牧民』近藤出版社.
島村一平 2009「ハイカルチャー化するサブカルチャー?─ポスト社会主義モンゴルにおけるポピュラー音楽とストリート文化」関根康正編『ストリートの人類学(下巻)』国立民族学博物館調査報告81, pp.431-461.
杉山正明 1997『遊牧民から見た世界史 民族も国境もこえて』日本経済新聞社.
日本文化人類学会 2009『文化人類学事典』丸善出版.
橋元良明 1990 「ミクロ的視野からみた「情報」と「意味」─「情報行動学」と言語哲学との架け橋」東京大学新聞研究所編『高度情報社会のコミュニケーション─構造と行動』東京大学新聞研究所, pp.89-106.
春木良且 2004 『見えないメッセージ―情報と人間の関係をさぐる』フェリス女学院大学.
プルジェワルスキー・N著, 加藤九祚訳 1978『世界探検全集9 黄河源流からロプ湖へ』河出書房新社.
堀田あゆみ 2021「情報行動におけるメディア選択―モンゴル遊牧民の携帯電話利用を事例に」藤野陽平, 奈良雅史, 近藤祉秋編『モノとメディアの人類学』ナカニシヤ出版, pp.15-29.
堀田あゆみ 2018『交渉の民族誌 モンゴル遊牧民のモノをめぐる情報戦』勉誠出版.
松井健 2001『遊牧という文化 移動の生活戦略』吉川弘文館.
間野英二, 中見立夫, 堀直, 小松久男 1992『地域からの世界史 第6巻 内陸アジア』朝日新聞社.
宮紀子 2018『モンゴル時代の「知」の東西(上)』名古屋大学出版会.

書誌情報
堀田あゆみ《総説》「「情報社会」を生きるモンゴル遊牧民」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.3, MN.1.01(2025年12月15日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol03/mongol/country