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2024.01.10

Asia Pacific Conference 2023に参加しました!

 2023年12月2日(土)から12月3日(日)にかけて、立命館アジア太平洋大学においてAsia Pacific Conference 2023が別府市にある立命館アジア太平洋大学にて開催されました。今回は、アジア・日本研究所を軸とした6つのパネルでの研究発表を行いました。以下は、パネルごとの報告です。

“From Exclusion to Inclusion: Migrants, Diaspora, and Returnees in Post-COVID Asia”
・“Poetic Imagination, Orality, and the Digital Revolution in Islamic Societies of West Asia: Towards Theorization and Comparison”
“Approaching the Characteristics of Modern Japan: Case Analyses Based on the Correlation Between Organizational Values and Political Realities”
・“Low Carbon Development in Asia: Policies and Challenges”
“Dynamics of Contemporary Legal Interpretations in Shariah/Islamic Law: Key Concepts, Social Realities, and Political/Economic Dimension”
“For the Thinking of “Diversification”: Critical Investigation from Post-Western Philosophies and Encounter with Global Society Today”

“From Exclusion to Inclusion: Migrants, Diaspora, and Returnees in Post-COVID Asia”

【発表者および発表タイトル】
・司会:Dr.望月葵(日本学術振興会・特別研究員(PD)):“Challenges to Cultural Coexistence in the Century of Refugees: Belongingness for Syrian Refugees Today”
・Dr.李眞惠(立命館大学衣笠総合研究機構 助教):“The Current State of Acceptance of Refugees
and Ethnic Returnees in East Asia: The Case of Korean Diaspora and the Evacuation from Ukraine to South Korea”
・Dr.志賀恭子(立命館大学 講師):“Migrants’ Network Shaped by Affinity of Religious Ideas: A Case Study of Turkish Migration in New York”
・Dr.グスターボ・メイレレス(神田外語大学外国語学部 講師):“Government-Diaspora Relations in a Post-COVID World: Changes in Brazilian Policy and the Role of the Community in Japan”

【パネルの概要】
グローバリゼーションの進展は、人の国際移動に関わる問題に新たな諸相をもたらしている。今日も様々な紛争が世界全体で生まれており、経済的、政治的理由から多くの人々が生存の保障を求めて国境を越えて移動している。その結果、移民、ディアスポラ、帰還民をめぐる社会的包摂は、国際社会が解決するべき非常に重要な課題となっている。また、2020年以降のコロナ危機は、国際移動に大きな制約をもたらしたほか、各国の多文化主義の限界を明らかにした。さらに、各国の社会が変容し、社会的・経済的不平等が深化したことにより、移民の存在はますます増加すると予想される。ポスト・コロナ時代を迎えたいま、各国の社会的包摂のあり様を再検討し、国際移動をめぐる諸問題の解決が求められている。本セッションでは、アジアの移民、ディアスポラ、帰還民の様々な事例から今日の国際移動の様相を分析した。具体的には、ウクライナから韓国に帰還するコリアン・ディアスポラの事例、ニューヨークに移住したトルコ系移民のネットワーク形成の事例、パンデミック下におけるブラジル人ディアスポラと本国の関係性についての事例、欧州におけるシリア難民をめぐる宗教・言語教育の事例を取り上げ、多文化共生社会の実現に学術的側面から貢献することをめざした。

【各報告の概要】
最初の報告者であるDr.李眞惠は、“The Current State of Acceptance of Refugees and Ethnic Returnees in East Asia: The Case of Korean Diaspora and the Evacuation from Ukraine to South Korea”と題し、ウクライナから韓国に帰還するコリアン・ディアスポラ(コリョ・サラム)に関する報告を行った。Dr.李は、コリアン・ディアスポラの法的地位について「難民」と「エスニックな帰還民」という2つの側面から論じ、ウクライナからのコリアン・ディアスポラに対する韓国の政策を明らかにした。コリアン・ディアスポラの「難民」としての側面については、韓国の難民申請プロセスの複雑性と難民認定率の低さについて触れ、ウクライナからやってきたコリアン・ディアスポラの傾向として、彼らの多くは元々韓国とのつながりを持っており、初めからビザ取得の目的で来韓していることを指摘した。その背景にあるのは、韓国の厳格な難民認定プロセスである。さらに、「エスニックな帰還民」としてのウクライナからのコリアン・ディアスポラについては、彼らの多くは中央アジアにルーツを持ち、無国籍となっていることが指摘された。中央アジアで暮らしていたコリアン・ディアスポラたちはソ連崩壊後にウクライナに移住し、農業分野で季節労働に従事していた。本報告は、歴史的な韓国への難民またはエスニックな帰還民の受け入れについて、最新のウクライナの事例を検討することにより、韓国における多文化共生の議論に重要な示唆を与えた。

 2番目の報告者であるDr.志賀恭子は、“Migrants’ Network Shaped by Affinity of Religious Ideas: A Case Study of Turkish Migration in New York”というタイトルで、ニューヨークにおけるトルコ移民のネットワークについて調査結果の一部を発表した。これまでの研究では、ヨーロッパと米国におけるトルコ移民の絆は、ネットワーク形成の重要な要素として、家族の絆と、同じ出身地で出会った個人によって形成されることが判明した。本研究は、多様なニューヨークにおけるトルコ人の移住ネットワークの性質を再検討し、トルコ移民の間でつながりがどのように形成されるか、また、ネットワークがそれらにどのような影響を与え、サポートするかを明らかにする試みを行った。 本報告では、文化人類学的アプローチを使用して結合型と橋渡し型が提示された社会関係資本理論を応用した。研究結果は、ニューヨークにおけるトルコ系移民の5つのネットワークと彼らの移住動機を明らかにした。また、ニューヨークへの移住やそこでの子育ての過程において、彼らの社会関係資本のパターンを5つに分類した。Dr.志賀は、ある宗教指導者によるイスラームの解釈に深く啓蒙されたトルコ移民が率いる団体がトルコからの新移民に新しい環境になれて適応するための支援を提供するとともに、地元のニューヨーカーと社交的で活発な交流の機会を提供していることを明らかにし、移民のネットワーク形成の解明に貢献した。

 3番目の報告者であるDr.グスターボ・メイレレス Gustavo Meirelesは、“Government-Diaspora Relations in a Post-COVID World: Changes in Brazilian Policy and the Role of the Community in Japan”というタイトルで、コロナ危機下におけるブラジルの政策を分析し、ブラジル人ディアスポラと本国の関係について報告を行った。本報告は、(1)ブラジル政府とディアスポラの関係は異なる政権を越えてどのように変化したのか、(2)COVID-19はブラジル政府とディアスポラの関係にどのように影響したのか、(3)日本のブラジル系コミュニティは、ブラジル政府とディアスポラの関係にどのように貢献したのか、の3つの問いについて検討した。本報告は、日本におけるブラジル系コミュニティの歴史的形成過程について述べた後、ディアスポラに対するブラジル政府の政策について概観した。さらに、本報告では、世界中のブラジル系コミュニティの声を代表する組織であるCouncil of Brazilian Representatives Abroad (CRBE)に着目し、ブラジル政府の管轄外で実施される彼らの活動に焦点を当てた。ブラジル人ディアスポラが彼らのニーズを主張できるような機会の創出は、政策決定における市民社会の参加を拡大させ、彼らのネットワークと彼らの関心の提唱について強化した。本報告においてDr.メイレレスは、一時的なものと認識され、それゆえに自分たちを組織するインセンティブに欠けていたディアスポラ・コミュニティが、彼ら自身の団体の形成を発展させ、ブラジル政府および日本政府の双方に影響を及ぼしているという、非常に重要な指摘を行った。

 最後の報告者であるDr.望月葵は、“Challenges to Cultural Coexistence in the Century of Refugees: Belongingness for Syrian Refugees Today”と題し、シリア難民問題を事例に、欧州における宗教教育、言語教育がどのようにシリア難民の生存基盤を支えているのかという問題について報告を行った。本報告はまず、ヨーロッパ諸国における移民の市民権がどのように保障されているのかについて概観したのち、シリア難民危機以降に欧州諸国ではびこるイスラモフォビアの現状について説明した。イスラモフォビアが深化する社会の中で、ムスリムかつアラブ系であるシリア難民の帰属がどのように担保されているのかという点について、教育の観点から論じられた。本報告の中でDr.望月は、ヨーロッパ諸国の政教関係に焦点を当て、キリスト教と政治の関係性がその国のイスラームへの寛容性に影響を及ぼしていることを指摘した。特にドイツの事例では、公教育においては宗教学の教師の不足などもあり十分にイスラームについて教えられておらず、イスラーム教育を実施する私立学校も不足している中でモスクが移民・難民に対するイスラーム教育の一端を担っていることをフィールド調査をもとに明らかにした。また、言語教育については、移民・難民がイニシアティブを発揮しているベルリンの事例について述べた。本報告は、宗教および言語教育の観点から、ヨーロッパの共生社会に関する議論の発展に貢献した。

“Approaching the Characteristics of Modern Japan: Case Analyses Based on the Correlation Between Organizational Values and Political Realities”

【発表者および発表タイトル】
・司会:Dr.十河和貴(立命館アジア・日本研究機構 専門研究員):“The Logic of Reconstructing a Political Party and Subsequent Internal Dilemmas in Modern Japan: Focusing on the Political Concepts of the Rikken Seiyukai Party During the National Unity Government(1932-1936)”
・草薙志帆氏(東京都立大学 博士後期課程):“Reconsidering the Idea of Reforming the House of Representatives Electoral System in Postwar Japan: Focusing on the Discussions in the Electoral System Council during the 1960s and Early 1970s”
・Dr.白岩伸也(北海道教育大学 講師):“Institutionalization of the Former Soldier Association in Postwar Japan: Focusing on the Details and Background of the Transformation into a Public Interest Corporation”
・Dr.角田燎(立命館アジア・日本研究機構 専門研究員):“Self-Representations and Social Activities of Retired Self-Defense Force Personnel: A Sociological Study on Their Participation in a Japanese War Veterans’ Association”

【パネル概要】
民主主義が発展する過程では、しばしば 「政治性」や「党派性」といかに関わり、どのようにして距離を保つかという問題が生じる。しかし、世界各国と比較して、近現代の日本は、「超党派性」や「政治的中立性」が特に強く求められてきたという点に、特徴がある。本セッションは、社会と政治の結節点である政党や中間団体の組織的価値観に注目することで、近現代日本における 「非政治性」や「中立性」がもった意味を捉えることを試みたものである。
本セッションは4人の発表者を用意した。最初の報告者であるDr.十河和貴は、党派性が否定される1930年代の時代状況のなかで、最大多数党であった立憲政友会がどのようにして政党政治の再編を試みたのかを分析した。2番目の報告者である草薙志帆氏は、戦後の選挙制度改革論に注目し、超党派的な二大政党制構想が存在したことを明らかにしている。3人目の報告者であるDr.白岩伸也は、戦後日本における戦友会の一つである郷友連が公益財団法人化される過程において、政治的に利用されつつ、特殊な右翼団体として位置づけられていったことを明らかにした。そして、最後の報告者であるDr.角田燎は、元自衛官の個人に焦点を当て、彼らが戦友会という団体に参加し、活動していくなかで、どのように旧軍意識を変化させていったのかを分析している。

【各報告の概要】
 1番目の発表者であるDr.十河和貴は、1930年代前半期の、政党政治崩壊後における立憲政友会の統合構想について報告を行った。先行研究では、当該期の政友会は政党政治への復帰を前提に行動していたと考えられてきた。それに対し十河氏は、政党内閣期においてすでに権力統合上重要な矛盾を抱えていたこと、そしてそれをいかにして克服するかという問題が、当該期政友会にとって重要な行動原理となっていたことを明らかにすることを試みた。
この視座から検討を行った結果、①政党政治の復帰よりもむしろ挙国一致内閣を利用して抜本的な行政改革を行おうとする勢力の存在があったこと、②抜本的改革を行うべく最終的に政友会が行き着いた構想は、政党政治の重要な根拠である議会中心主義の原理からむしろ乖離するものとならざるを得なかったことが明らかになった。以上から十河氏は、行政改革問題が、政党政治崩壊後の政友会の行動を規定しており、近代日本における政治構造上の矛盾の重要な終着点として位置づけられると結論づけた。

 2番目の発表者である草薙志帆氏は、1960年代から1970年代初頭の日本における、衆議院選挙区制度改革問題を中心に発表を行った。草薙氏の報告は、これまでの研究において十分に活用されてこなかった選挙制度審議会の史料を活用することで、当該期選挙改革論の再検討を試みたものである。ここで重要なのは、政府機関であったことから、自民党による党派的なものとして否定的に捉えられてきた審議会を再評価することを通して、超党派的な議論の展開に着目したことである。

その結果、選挙制度審議会は、多党化が進むとともに野党連立の機運が高まるという複雑な時代状況を背景として、さまざまな選挙改革構想が持ち込まれ、議論される場であったことが明らかとなった。今日の日本の選挙制度の起源にせまるとともに、それが自民党一党支配体制の枠組みを超えて、将来的な二大政党制の実現に向けた議論が行われる場となっていたことを明らかにした点は、本研究の重要な成果である。

 3番目の発表者であるDr.白岩伸也は、日本郷友連盟(郷友連)という戦友会が公益法人となった過程について発表を行った。1956年に防衛庁所管の社団法人として設立された郷友連は、旧軍に関係する団体のなかで、最多の会員数を誇り、公益法人として政治や社会など、各方面に大きな影響を及ぼしてきた組織として知られる。他方、戦前の在郷軍人会との連続性を指摘され、右翼団体と目されていた。白岩氏の発表では、このような特徴を持つ郷友連という戦友会が、戦後、なぜ公益法人として認められたのか。その法人化の詳細と背景はどのようなものだったのかを問うとしたものである。そこで、国立公文書館所蔵の公益法人関係資料を検討し、行政の戦友会に対する認識を探った。
その結果、郷友連が警察や社会から右翼団体と警戒される中で、組織保持のために公益法人化を目指したことを明らかにした。郷友連は社会からの認識を一新するために公益法人化の申請を行い、組織的な基盤を確立しようする。その過程では、厚生省の所管から外れ、当初の目標であった福祉的な領域が排除される。このような郷友連の法人化は国家からの庇護と国家による介入の両方をもたらしたと結論づけた。

 4番目の報告者であるDr.角田燎は、元自衛官が旧日本軍の組織(戦友会)に参加する過程について発表を行った。戦友会は、近年戦争体験者が減少する中で、慰霊事業などの担い手として元自衛官を会に迎え入れている。角田氏の発表では、団体の会報の分析及び、会員へのインタビュー調査によって、元自衛官が旧日本軍関係者の組織に参加する理由、組織での活動を通じて形成されるアイデンティティを明らかにするものである。
その結果明らかになったのは、第一に、元自衛官たちは、先輩たちからの勧誘によって旧軍関係者の組織に参加している点。第二に、彼らは旧軍の戦没者の慰霊を通じて、自衛隊の社会的位置づけの向上を目指していること。第三に元自衛官は、旧日本軍を称賛するだけではなく、その問題点も学ぼうとしていたことである。そして、重要なポイントは、元自衛官たちは、何かしらの問題意識を持って団体に参加したのではなく、団体に参加し活動する中で、それらの問題を見出した点である。つまり、団体での活動をきっかけに自衛隊時代を回顧し、自衛隊の問題点を見つけ出し、現在の活動を行なっていると結論づけた。

“Dynamics of Contemporary Legal Interpretations in Shariah/Islamic Law: Key Concepts, Social Realities, and Political/Economic Dimension”

【発表者および発表タイトル】
・司会:Dr.ハシャン・アンマール(立命館アジア・日本研究所 准教授):“Investigating Halal Financial Terminologies in the Qur’an: A Semiotic Analysis of Wafāʾ, Halal, and Ṭayyib and Their Implications for Contemporary Islamic Finance”
・小杉泰教授(立命館アジア・日本研究所 所長):“Arabic Resurgence and Islamic Jurisprudence Facing New Issues(Nawazil and Mustajaddat)in the Era of Digitalization and the Internet”
・Dr.桐原翠(立命館アジア・日本研究機構 専門研究員):“A New Trend of Halal Consumption in the Contemporary Islamic World: Legal and Ethical Discussions and Public Acceptance of Japanese Entertainment Content”

【パネル概要】
このパネルでは、Dr. ハシャン・アンマール(立命館アジア・日本研究機構)が進行役を務め、「シャリーア/イスラーム法における現代的法解釈のダイナミクス」という主題のもと、グローバル化した世界におけるイスラームの社会的現実ついて、政治的経済的な側面から発表が行われました。

【各報告の概要】
 本セッションでは、3つの発表が行われ、文献調査やフィールドワークによる知見に基づいて、イスラーム世界における社会的/経済的活動および世界的な知的運動の新たな動向について議論がなされました。
 20世紀半ば以降、社会的な力を取り戻しつつあるイスラーム法学に焦点を当て、現代における様々な課題に取り組んでいる様子を明らかにした研究(小杉泰教授、立命館アジア・日本研究機構)、日本のデジタルコンテンツを例に、現代イスラーム世界におけるハラールの新たな潮流についての研究(Dr. 桐原翠、立命館アジア・日本研究機構)、ハラール経済研究のための予備的な分析を提示し、クルアーンの主要な概念がこの研究テーマの領域においてどのように相互に関連しているかを論じた研究(Dr. ハシャン・アンマール、立命館アジア・日本研究機構)など、グローバル化したイスラーム世界の多様な姿が描き出され、これらの議論は、中東や東南アジアのイスラーム諸国において、シャリーア/イスラーム法の新たなダイナミクスが働いていることが示され、新たな研究動向に踏み込んだセッションとなりました。

“For the Thinking of “Diversification”: Critical Investigation from Post-Western Philosophies and Encounter with Global Society Today”

【発表者および発表タイトル】
・司会:Dr.松井信之(立命館アジア・日本研究機構 助教):“How is ‘Nothingness’ Ontologically Bound Up with Technology? The Question Concerning Digital Technology in Japan from the Philosophy of the ‘Place of Nothingness’”
・Dr.豊平太郎(立命館大学 講師):“The ‘Invention of America’ and the Emergence of Modern Technology in Edmundo O’Gorman”
・Dr.郭旻錫(カク ミンソク)(京都大学講師):“Being as a Diversifying Process: A Metaphysical Inquiry into the Possibility of Diversification through Tanabe’s Philosophy”

【パネル概要】
このパネルでは、様々な非西洋哲学の観点から、現代世界に必要とされる「多様化(diversification)」とは何かというテーマが取り上げられました。Dr. 松井信之、Dr.豊平太郎、Dr.郭旻錫が発表を行いました。「多様化」は、すでに世界に存在する様々な「多様性」とは区別され、その「多様性」を前提としつつも、そこからさらに文化や諸個人が相互作用を通じて固有性を実現していくことを指す概念として、哲学者のユク・ホイによって提唱されました。つまり、「多様化」は、多様「である」ことを超えて、多様「になる」ための思考や行為の条件を問う必要があることを示す概念です。近年、グローバルな哲学の文脈において、西洋世界に基礎を置く「人間」概念の自明性が問い直され、さらには、私たちと様々な非人間的存在との関係を軸に関係性を捉え直す議論が盛んになっています。こうした非人間的存在には、自然環境、動物だけでなく、技術も含まれます。「多様化」を推し進めるための条件として、これらの非人間的存在との関係をベースに人間世界を捉え直す必要があります。このパネルでは、技術と自然との関係を中国哲学と日本哲学に共通する「共鳴」という観点から捉える議論(Dr.松井)、現代技術の基礎にあるアメリカ大陸征服の過程で生じた地理的想像力の変容があったことを重要視する議論(Dr.豊平)、技術や知識の変革とともに社会変容が生じるメカニズムを田辺元とトマス・クーンを接合しながら明らかにする議論(Dr.郭)が展開されました。

【各報告の概要】
まず、パネルのチェアであるDr.松井から技術との関係において、「多様化」とは何かを問う発表が行われました。彼は、哲学者ユク・ホイの『中国における技術の問い』における中国の技術哲学における「共鳴(Resonance)」の概念に注目し、その概念が日本における西田幾多郎や西谷啓治などの哲学者の「無の場所」や「空」をめぐる議論と親和性を持つ概念であることについて発表を行いました。Dr.松井の発表によれば、「共鳴」は、人間と自然物との間の関係との媒介が決して主体が客体に働きかける一方的な関係ではなく、つねにそこに倫理的な要求や所作が相互作用のなかで形成されることを示唆する概念です。また、この観点から、技術の使用は、中立的に人間と世界を結びつけるものではないことが強調されました。しかし同時に、そうした中立性を乗り越えるために、特定の文化的論理に閉じこもるのではなく、中立的な技術という観点を超えるために、技術の使用が関係性を《いかに》創発するのかを考えるのかが重要であることが指摘されました。Dr.松井の発表では、関係性を創発するだけであれば、既存のインターネットによって可能であるが、いかに創発するかという点については、「共鳴」の観点が重要となることが示されました。同時に、今日において人間と非人間の間の倫理的な「共鳴」を考えるうえで、すでに摂理的に決定された関係を考えるのではなく、異なる「共鳴」の仕方を考えるために「リズム」の観点を重視することが重要であることが強調されました。

 次に、Dr.豊平より、「アメリカ」という現代の資本主義世界の中心国をめぐって発表が行われました。この発表によれば、「アメリカ」という国あるいは語は、単に近代の経済システムを牽引した大国という意味ではなく、ある独自の地理的かつ自然的想像力を内包しています。Dr.豊平は、このことをメキシコの思想家エドムンド・オゴルマンを導きの糸として論じました。発表では、大航海時代のアメリカ大陸の「発見」が西洋の人々に与えた世界の地理的想像力の変化に焦点が当てられました。Dr.豊平によれば、16世紀の地理的想像力は、ヨーロッパ・アフリカ・アジアを中心にしていました。それゆえに、アメリカの「発見」は、既存の地理的想像力に修正を迫るものであり、それゆえに、アメリカ大陸がヨーロッパ人に対して持つ意味を明らかにする神学的な議論が生じます。Dr.豊平の発表では、カトリック国のスペインにとってはアメリカ大陸の自然環境を大規模に改変することは神の創造物を否定することを意味したのに対して、ピューリタンによる「アメリカ」の解釈においては、アメリカが積極的な開発の対象へと変容していくことが強調されました。現代世界も、こうした歴史的な解釈の変容の延長線上にあります。Dr.豊平の発表は、現代世界の自然開発の背後に、以上のような歴史的な地理的想像力の変容があったことを理解する必要があることを示す刺激的なものでした。

 最後に、Dr.郭は、日本の京都学派の哲学者である田辺元の「種の論理」の哲学を再解釈する発表を行いました。「種の論理」とは、世界を個人単位や人類(「類」)単位で見るのではなく、特定の諸個人の集団が世界を構成し、「種」が変容することで世界が変容することを捉えようとします。この論理は、戦中の帝国日本の民族主義を肯定する論理として批判の対象ともなってきましたが、Dr.郭の発表では田辺の「種」の哲学は、社会的集団(種)を自己否定していく論理を軸としていていることが強調されました。くわえて、Dr.郭は、もともと科学哲学から出発した田辺にとって、この自己否定の論理が、田辺哲学以後に提示されたトマス・クーンの『科学革命の構造』における「パラダイム」によってこそ明確に捉えられることが強調されました。「パラダイム」とは、専門家集団にたいして、一定期間、思考の枠組を提供するモデルのことです。クーンは、既存のパラダイムから説明できない変則事例からパラダイム転換が起きることが科学の条件であることを論じました。Dr. 郭の発表では、こうした変則事例からのパラダイム転換が「種」の領域においても生じることが強調されました。さらに、社会においては、科学的パラダイムの否定だけでなく、様々な社会問題をめぐって理解の違いが他者との間で生じるだけでなく、ある社会の全体像と諸個人との間にも齟齬・亀裂が生じることで社会が変容していくというダイナミズムについて議論が展開されました。