『アジアと日本 アジア伝統医学の旅』(研究者エッセイ・シリーズ)連載一覧
第3回 より良い生薬を求めて〜産地への旅路〜
南利雄(壺中天薬局 南鍼灸院院長)
熊胆
昔から生薬と植物について興味津々だった。自然のない大阪で生まれ育って腐っていたが、学生時代に暮らした京都は清流が多く、なかでも由良川源流は京大演習林であり芦生原生林として知られていて動植物の宝庫であるのでよく訪れたものだ。
芦生の人々とも親しくなり、熊撃ち名人の井栗のぼるさんに「いい熊が獲れたら電話頂戴」と冗談を言ったら、その後3月に本当に「いい熊がとれたで」と連絡が来たのだ。その頃は神戸の漢方薬局に勤めていたが、薬局で入手できるものは高価であるにもかかわらず、牛胆・豚胆・松脂などを混ぜた製造品のようだった。また悪臭があるので調剤するのに辟易した。本物はどんなものかまったく想像もつかないのだ。
熊胆の初めての取引は本物であることを確認するため、解体から立ち会う。3月の芦生はすべて真っ白な雪の世界で、血抜き処理をされ、毛皮が剥がされた状態の熊が私を待っていた。猟師さんがナイフだけで慣れた作業で解体していくのは圧巻だ。胆嚢を傷つけると台無しになるので、左手で体内を探りながら慎重に胆嚢を取り出す。
熊の価値の大部分を熊胆が占めるため、取引は熊1頭単位で行われる。解体するまで胆嚢の大きさがわからないのでギャンブルである。活動中は胆汁が分泌されて胆嚢が小さくなるため、冬眠中のものが一番期待できる。猟の仕方は熊が冬眠している可能性のある木の穴の前で猟犬を吠えさせ、目覚めて頭を出した時に3発散弾で仕留めるのだ。名人はそういう冬眠穴をいくつか把握していてマーキングする。残酷なようだが産業のない僻地での貴重な現金収入となる。
取り出した胆嚢の口を縛って板に挟んで形を整えて自然乾燥させる。本物を初めて手に取ると、悪臭は一切なく、むしろ香ばしい香りがして驚いた。その後富山の熊胆を扱う業者さんにいろいろな産地の熊胆を見せてもらって試したが、本物と偽物を鑑定できる実力がついた。
漢方では、肝臓疾患を肝の病、胆嚢疾患を癪の病といい、肝臓と胆嚢を病む人を癇癪持ちという。肝は癇に通じる。「しゃくにさわる」というのはけっして自分がいう言葉ではなく、他人から「そんなに怒ると癪に障りますよ」といわれるものである。現在でも胆石の治療には、熊胆の主要成分であるウルソデオキシコール酸が使用される。
ところで昨今は熊の出没は社会問題にもなっているが、熊の手のひらは熊掌と呼ばれ、高級食材としても知られている。また、熊胆も昔から重要な治療薬である。江戸時代の後藤艮山(1659-1733)は思弁的な中国伝統医学を嫌って離れ、民間にあるお灸・風呂・トウガラシ・熊胆などを治療に使ったので湯熊灸庵として称せられた。弟子である香川修庵(1683-1755)の『一本堂行余医言』にも熊胆の効能や本物と偽物の鑑別について詳細に記せられている。
人参
芦生なめこ生産組合の事務所の裏山は杉林で、雪が解けるといっせいに黄連が芽吹く。8月頃には竹節人参の赤い実が目立つのですぐにわかる。芦生のものはすべて竹節人参の亜種である想思子様人参で、赤い実に目玉のような黒い点がある。根茎は竹節人参よりもやや小さめなので薬用としては効率が悪い。日当たりの悪い林の中で、この黒い目玉に出会うと思わずドキッとしてしまう。根は名前の如く竹の節のようになっていて、一節の長さは1~3センチほどである。有名な漢方薬、小柴胡湯の原料としても使用されるが、1年かかって出来た一節を、人はたった1日分の薬として使ってしまう。そのことに因業さを感じる。8年ものを採集したことがあるが、乾燥して生薬にすると10日分の薬となるだけで実にあわれだ。
「人参飲んで首くくる」と言われたが、人参は江戸時代に栽培が成功するまでは非常に高価なものであった。多くの処方に人参が使用されているが、吉益東洞(1702-1773)が国産の竹節人参を採用した一因には価格への配慮もあったのだろう。
現在の日本では会津・信州丸子町・島根県大根島が人参の産地として世界に誇る良品を生産している。大根島の人参栽培はすべて輸出用で紅参に加工されて海外で販売されている。香港で雲州人参をお土産に買ったところ、実は日本産だったという落ちがつくわけだ。薬用人参は栽培に4~6年かかり、その間に虫害でやられたりするので、家が建つか潰れるかと栽培者に聞いたことがある。間引き人参は食用にしたり、焼酎に漬けたりする。
良い生薬を求めて
漢方をやるには生薬の知識は欠かせない。良品の生薬を使うことが絶対条件である。例えば半夏厚朴湯や香蘇散は良い蘇葉を使わないと当然効果が悪い。しかし昔は、どこのメーカーにも良品の蘇葉がなかった。どこかに良品のチリメンジソはないかと、日本中を探していたところ、鳥取の薬農組合に立派な両面紫のチリメンジソがあり、早速これを乾燥して送ってもらった。
片手包丁で刻み、袋に入れて保管する作業は面倒だが良品の生薬に触れるのは楽しい。一度良い生薬に触れると、もう悪い生薬は見るのも触るのも嫌になってしまうのだ。その後、生薬業界に参入してきたツムラが良い蘇葉を販売するようになったので、値段は従来品の3~4倍になるが、ツムラから安定して供給を受けられるようになり、助かっている。写真は鳥取の薬農組合の畑の蘇葉。
奈良は薬草栽培の聖地であり、昔から大和当帰・三島柴胡・大和芍薬の良品がある。かつて業界で柴胡が品不足になったときでも、ここには良品の柔軟な柴胡の在庫がたくさんあった。市場にない丸い山梔子(市場品は水梔子)や黄色の生地黄など、生薬メーカーから入手できないものを見かけることもあるので勉強になる。また芍薬を刻んでいる作業所では、室内に芍薬の芳香が充満していて何とも気持ちが良い。
生薬の質は五感で判断する。見かけは悪くとも、口に含んで味・香り・粘りなどが豊かなものが良い。しかしながら白くきれいなものが尊重されて、芍薬・山薬・乾姜は漂白されて気味が薄くなったものが主流だ。
以前ある小さなメーカーに依頼して、そのまま乾燥した生干桔梗を造ってもらったことがある。見かけは皺だらけの茶褐色だが芳香があり感動的な桔梗だった。韓国土産の人参は洗い過ぎて真っ白の美人だが、味わいはパサパサとして軽質で当然効果も悪い。桔梗も人参もそのまま生干しにした、皺のある薄茶色のものが、見かけは悪いが良品だ。しかし残念ながら現在は市場にはない。
トリカブト
京都府立植物園の蔵書である『本草綱目』がテレビの「なんでも鑑定団」で1億円の値がついたという記事が話題になっている。金陵本という貴重なものであるため高値がついたようだ。記事では白井光太郎寄贈となっている。そしてこの東京帝国大学本草学教授であった白井光太郎が、『金匱要略』の処方である天雄散で亡くなったのはショッキングな昭和初めの事件であった。なにしろ権威ある大学の漢方の専門家が漢方薬で亡くなったのだから、話題になったのも当然であろう。
トリカブトは毒薬として有名だが漢方では重要な薬となる。根をそのまま乾燥したものを烏頭、加熱して減毒加工したものを附子と呼び、区別しているが、毒性が強いので素人は扱ってはいけない。漢方での適応は、冷え・痺れなどの新陳代謝が衰えた状態によく用いるが、興味深いのは中毒時にも同じ症状が現れることだ。
烏頭は、致死量が0.2gともされるほど毒性が強く、昔から毒殺にはトリカブトかヒ素が多く使われ、「附子(トリカブト)の一時殺し、ヒ素のなぶり殺し」と言われ、トリカブトの毒性成分は体内で分解され、蓄積することはないが、ヒ素は少しずつ溜まった結果死亡するのである。
リウマチの患者さんにはよく効いて喜ばれる。寝返りを打つたびに痛みで目覚めていた人が、烏頭の量が3~4gくらいになると朝までぐっすりと眠れた、とよく言われた。生薬としての使用量は、毒性成分の致死量と単純に比較できるものではなく、適切な煎じ方と専門家の管理が不可欠である。
エキス製剤にもトリカブトの入っている処方はあるが附子の増量はできず効果を出すのは難しい。また効果的な烏頭を使っているエキスはない。四逆湯にはエキス製剤がなく、煎じ薬のみであるが、冷蔵庫やクーラーの普及により冷えて巡りの悪い人には起死回生の効果がある。減毒していない烏頭が入っているので恐ろしい感じがするかもしれないが、味は生姜湯のように美味しい。
天雄散は烏頭を散薬として用いる処方で、極めて危険であるから臨床に携わっている者は通常は使わない。白井教授に臨床経験のなかったことも、この不幸な事件の一因であったのかもしれない。有名な八味地黄丸にもトリカブトが入っているが十分に減毒加工され、使用量も少ないため、通常の用法・用量では、中毒が起こる心配はほぼない。
漢方通は、トリカブトは新陳代謝が衰えた状態に使うので薄暗い陰地に植生している、としたり顔で言う者もいるが、現場を知らない間違いだ。実際には日当たりには関係なく、必ず水辺の湿地に生えている。湿った柔らかい土に生えているので簡単に引き抜けて根を確認できる。
大黄䗪虫丸
張仲景が著した『金匱要略』に収載されている処方で、ゴキブリの仲間やアブ、ヒルを用いた漢方製剤である。象形薬物学の観点から考えると、アブやヒルは血を吸うため、血液凝固を妨げ、瘀血を除く作用を持つと想像できる。ゴキブリといっても台所でみるものとは違い、丸みを帯びたゲンゴロウのような姿をしており、薬用として養殖されたものである。河南省安国生薬市場を見学した際には乾燥したものが山積みにされていて圧巻だった。
原典には「乾血」と記載されており、固着した瘀血を改善する究極の駆瘀血剤である。重症の血行障害を伴う疾患には試す価値がある。中国ではポピュラーで安価な薬で、北京空港の同仁堂にもあるが、日本では虫などが含まれているためか薬として認められていない。しかし朱砂(水銀)や雄黄(ヒ素)が入っている薬に比すれば、妊娠中など禁忌となる場合を除き、適切に用いれば比較的安全性の高い薬であるため普及すると助かる人も多いのではないだろうか。
紫雲膏
原典は中国の潤肌膏だが華岡青洲(1760-1835)が当時オランダ医学で流行ったマンテイカ(豚脂)を加えて紫雲膏と名前を変えた。当帰・紫根・ゴマ油・蜜蠟・豚脂から成り、痛み・痒みなどに広く適応がある。当帰の属性はAngelicaでエンジェルのような素敵な薬効があるのだろう。ムラサキ科のラテン名はBoraginaceaeである。その名はボラギノールを連想させるが、痔にもよく効く。美顔にも良い。
生薬を厳選し、製法を工夫すると良いものができる。しかし現在の局方製剤では当帰と紫根の分量が極端に少ない。江戸時代には現代の数倍の分量を使っていたし、多いほうが効果的である。紫雲膏の鎮痛作用や痒み止めの効果は当帰によるところが大きいが、現在の局方製剤では、ゴマ油1Lについて当帰はわずか60gである。効果を良くするには良質の当帰を200gは使用すべきであろう。紫根も同様に200gはほしい。また従来の製造法では、「当帰→蜜蠟→紫根の順番に入れて、攪拌しながら固める」となっているが、蜜蠟を入れるのは最後のほうが良いし、泡立ちが少ないので吹きこぼれの心配もない。蜜蠟の量はゴマ油1Lに380gとなっているが、これは後に練り直すための分量である。華岡青洲の使用量は200g程度で、攪拌もせず、練り直しもしない。たぶんハマグリの貝殻に流し込んでそのまま固めたのであろう。この方法でやると空気が入らないので劣化が少なく、蜜蠟の量が少ない分、軟膏中に占める薬効成分の割合が高くなる。
一方、当帰膏は『和剤局方』収載の神効当帰膏であり、当帰一味のみを用いた軟膏である。紫雲膏の色や臭いを嫌う人にはお勧めである。ゴマ油1Lにつき当帰を500g以上使用する。局方の紫雲膏の当帰の分量が60gであるからいかに多量の当帰を使うかがわかるだろう。色も臭いもほとんど感じず、痛みや痒みには紫雲膏よりも効果的である。
さて良質の当帰とは何だろう。今後の課題であるが、私は大深当帰の湯揉みが少ないタイプを使っている。伝統的な調製は湯揉みを行うが、根の間の土砂を取り除き、形を整えるためのものと思われる。不必要な精油の損失はできるだけ避けるほうがよいだろう。現在使用の当帰はツムラの製品であるが、実際に軟膏を造って比較してみると、色も匂いも濃いものができる。
ゴマ油も昔から良いものを模索していて、30年ほど前から小野田製油の玉締めゴマ油に定着した。料理にも手放せなくなった逸品だ。良い材料を使い、良い作り方をすると美味しいものができる。生薬は良品を使うのが臨床の要である。
生薬と食物
北京の大きなスーパーでは20種類ほどの生薬が陳列されており、料理に使うのが普通のようだ。日本でも多くの生薬が食品としても取り扱われている。七味唐辛子がそうで、唐辛子・山椒・陳皮・胡麻・麻子仁は日本薬局方にも収載されていて医薬品にもなる。
ヨモギは、葉だけを刻んだものが医薬品となり、茎も含めた全草を刻んだものがヨモギ茶となる。ドクダミも、葉だけを刻んだものが医薬品の十薬となり、全草を刻んだものはドクダミ茶となる。いずれも医薬品のほうが品質は良い。
ただ当帰のみが日本では食品として認められていないので(特区の宇陀市を除く)、韓国料理の参鶏湯に入れる際にも注意が必要となる。
まとめ
漢方薬で効果を出すには良い生薬を使う必要がある。良い生薬とは、手に取ると、充実して油分が多く、口に含んでは、濃厚な味と香りがして、五感で判断するものである。見た目で白くきれいな物が尊重されるのか、不必要な漂白などの加工がされていることも多くあるので注意したい。料理も食材を吟味して作ると良いものができるが、加工食品はどういう食材を使っているかは分からないので不安を感じる。
漢方薬は現在ではエキス製剤が主流だが、メーカーによっては効果的な良い生薬を使っているか疑問である。一方煎じ薬では生薬の良否を確認して造るので安心ができる。
南利雄(みなみ としお)
壺中天薬局 南鍼灸院院長。鍼灸師 薬剤師。江戸時代の治療を参考にしつつ古典を盲信しない、腹診中心の臨床を築く。「繁用生薬と『増補薬能』」(『漢方の臨床』57巻5号、2010年)、「漢方と薬剤師の果たす役割(14)調剤生薬について」(『漢方と最新治療』18巻4号、2009年)、「インフルエンザと類似風邪の漢方鍼灸治療」(『漢方の臨床』55巻4号、2008年)など。