『アジアと日本 アジア伝統医学の旅』(研究者エッセイ・シリーズ)連載一覧

0511-02ロゴ

第5回 病を未然に防ぐには――伝統医学の未病と公衆衛生の予防医学

写真1

松木宣嘉(岡山大学医学部 客員研究員)

 病気にならない、病気を未然に防ぎたいという願いは、時代や地域を越えて共有されてきた。現代では、その願いは公衆衛生による予防医学として体系づけられている。中国や日本の伝統医学には「未病」という概念があり、病気が明確に現れる前に養生や治療によって先に対処しようとする考え方がある。

 未病と現代予防医学は、いずれも病気の発生や進行を防ごうとする点で共通している。現代中国では古典に記載される未病を三つに分類しており、この考えは現代予防医学の一次予防(健康増進、特異的予防)、二次予防(早期発見、早期治療)、三次予防(重症化予防、治療およびリハビリテーション)と一見類似しているように見える。しかし、これらの考えには異なる点がある。

中国古典における未病

 現代の中国で実践される伝統医学中医学の教科書では、中国医学古典にある記載をもとに、未病を1.未病先防(病気になる前に防ぐ)、2.既病防変(病気になった後に進行することを防ぐ)、3.愈後防復(病気が治った後に再び病気になるのを防ぐ)の三つに整理している。

 未病先防は『素問』四気調神大論にみられ、四季の陰陽の変化が万物の根本であり、これに明るい人は病気になってから治療するのではなく未病のうちに予防ができるとして、四季の陰陽の変化にしたがうことの重要性を記している。

 既病防変は『難経』七十七難や『金匱要略』臟腑経絡先後病脈証第一にみられる。『難経』では、未病とは例えば肝に病がある場合、それが脾に伝わるであろうことを予測してあらかじめ脾を治療することと記されている。この肝の病が脾に伝わることを予測することは、五行の法則に基づいている。『金匱要略』の記載も同様である。

 愈後防復に通じる記載は『素問』熱論にみられ、熱病の際に、熱が少し下がってきたときに、肉を食べると再発すると記されている。

 このように中国古典の記載からは、陰陽五行という中国の自然哲学の考えを背景に病気を予防する考えがみられる。

日本近世医書における未病

 このような未病の分類は江戸時代の日本の医書からも確認できる。浅井貞庵(1770-1829年)は『金匱口訣』(成立年未詳)で、未病を治すには二つの意があると解説している。『素問』四気調神大論に書かれている未病は、普段から養生をして病気にならないように予防すること、『難経』に書かれているものは、一つの臓に病がある時に他臓に病が移る前に治療せよということである。これは現代中国の三分類のうち、未病先防と既病防変に相当するものが近世日本でも認識されていたことを示すものである。

 また、永富独嘯庵(1732-1766年)は『吐方考』(1763年)において、すでに病んだ人にも未病があり、その機を知ることが大切であると記している。これは既病防変の病の変化を捉えることを示しているようにも読めるが、ここでは『難経』や『金匱要略』にあるような五行を用いた解説を採用していない。

 吉益東洞(1702-1773年)は『医事或問』(1769年)「上工治未病」問答の中で、未病の考えを五行で説明することを批判したうえで、発病していない段階でも、腹診をすると毒がある人が多く、鎮まっているうちに毒を取り去ることが未病を治すことであると説いている。畑道雲(1767-1809年)も『金雞医談』(1800年)で、未病であっても腹には毒があると説明しており、『金匱要略』の五行に基づく病の伝変については空論であり、臨床の役に立たないと強く批判している。

吉益東洞『医事或問』(京都大学附属図書館所蔵)吉益東洞『医事或問』(京都大学附属図書館所蔵)
畑道雲『金雞医談』(京都大学附属図書館所蔵)畑道雲『金雞医談』(京都大学附属図書館所蔵)

 江戸期には陰陽五行を医学に用いることを批判した古方派が生まれ、吉益東洞はその代表的な医家である。未病において中国古典にある陰陽五行を用いた説に批判的なのも、古方派らしい内容である。

 近世日本の代表的な養生書である貝原益軒『養生訓』(1713年)にも未病は記載され、益軒は未病を発病前の養生として、欲を慎むことと、外邪(風・寒・暑・湿など、当時病因と考えられた外的条件)に注意するよう記している。

貝原益軒『養生訓』(国立公文書館所蔵)貝原益軒『養生訓』(国立公文書館所蔵)

 このように近世日本では、中国古典に由来する未病の考えが受け継がれる一方、その解釈には変化もみられ、陰陽五行による病の伝変を批判し腹に存在する毒という独自の身体観から未病を捉え直した。それでも、これらの未病論が主に個々人の身体状態や生活を対象としていた点は共通している。

公衆衛生での予防医学

 これに対して公衆衛生の予防医学は、集団を対象として発展した点が特徴的である。

 西洋にも個人の健康を保つための養生論は存在した。『サレルノ養生訓』はその代表であり、13世紀頃に書かれ19世紀まで広く読まれ、食事に関する養生法が多く記されている。しかし近代以降に予防医学として大きく発展した方向は、個人の養生論よりも集団を対象とする公衆衛生であった。

 例えば、17世紀、ロンドンのジョン・グラントは、都市の死亡率が高いことや、季節によって死亡率が異なることなどを指摘した。18世紀、ドイツのヨハン・ペーター・フランクは、国家行政による衛生、生活環境、医療などの管理を体系化した。19世紀、イギリスのエドウィン・チャドウィックは大衆の健康を排水・給水・廃棄物処理など衛生環境を改善することで達成しようとし、ジョン・スノウは疫学的な分析によって、汚染された水とコレラ流行との関係を示した。これらのことは疾病を個人だけでなく人口集団と環境の問題として捉える近代公衆衛生の予防医学形成に寄与した。

 現代では、この特徴がさらに明確になっている。ジェフリー・ローズは疾患を発症しやすい高リスク者を選別して介入する「ハイリスク・ストラテジー」だけでなく、対象を一部に限定しない集団全体への「ポピュレーション・ストラテジー」を提唱した。ポピュレーション・ストラテジーの目的は、集団全体におけるリスク因子の分布をリスクが減る方に動かし、疾病の発生率を低下させることにある。ポピュレーション・ストラテジーの考え方が当てはまる例として、東京都のディーゼル車規制がある。都内を走行するディーゼルトラックやバスの排出基準を規制し、住民全体の大気汚染曝露を下げようとした政策により、東京都23区を対象とした研究では、ディーゼル車規制後に大気汚染濃度が低下し、脳血管疾患死亡率の低下が報告されている。

 これらの歴史的展開を踏まえると、近代公衆衛生の発展は健康を個人の養生や治療だけに委ねるのではなく、健康を政治や行政が主導し、住民全体を対象としていく過程でもあったといえる。例えば、健康的な食事を個人が実践するために野菜をたくさん食べようとしても、手に入る食材や料理が衛生的でなければ感染症にかかりやすくなる。このようなことを防ぐためには国家や自治体が制度をつくり、衛生的な食物が人々の手に行き渡るようにする必要がある。近代公衆衛生は、このような政治や行政的な介入によって集団の健康を改善する方向へ発展したのである。

予防医学と未病

 近代以降、病気を防ぐ方法は大きく変化した。個人を対象としていた伝統医学の未病や養生から、近代公衆衛生は、水や住環境、社会制度などを整えることで、個人の努力だけでは防ぐことのできない病気を集団全体で予防する道を発展させてきた。その成果は大きく、現代の私たちの健康もこうした仕組みに支えられている。

 しかし、集団の健康を改善することができるとしても、その集団を構成する一人ひとりの身体や生活が同じわけではない。そのため公衆衛生では、集団全体の健康利益を追求すると同時に、個人の自由をできる限り尊重し、利益と負担を公平に分配することが求められる。

 このような集団全体の健康を目指すと同時に、個人の身体的状態、生活背景、価値観に応じた対応が求められる場面では、伝統医学が歴史的に蓄積してきた個別的な身体観や疾病観をあらためて検討する余地があるかもしれない。未病を含む伝統医学は、主として個人の身体や生活に目を向けながら病を防ぐことを考えてきた。こうした伝統医学の歴史は、集団の健康と個人への対応をどのように両立させるかを考えるための、一つの歴史的な視点となる可能性がある。

 

謝辞
貴重なご意見を賜りました岡山大学 学術研究院医歯薬学域 疫学・衛生学分野 研究准教授 松本尚美先生に深謝いたします。

 

主な参考文献
岸玲子監修(2018)『NEW 予防医学・公衆衛生学(改訂第4版)』南江堂.
鄭洪新・楊柱主編(2021)『中医基礎理論(新世紀第五版)』中国中医薬出版社.
向静静(2023)『医学と儒学:近世東アジアの医の交流.』人文書院.
George Rosen(1974)『公衆衛生の歴史』小栗史郎訳,第一出版.
川喜田愛郎(1977)『近代医学の史的基盤(上・下)』岩波書店.
Geoffrey Rose(1998)『予防医学のストラテジー:生活習慣病対策と健康増進』曽田研二・田中平三監訳,医学書院.

 

(2026年09月25日)
〈プロフィール〉
松木宣嘉(まつき・のぶよし)
岡山大学医学部疫学・衛生学分野客員研究員、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科総合内科学非常勤研究員。専門は鍼灸、統合医療、医史学など。主な著書論文に“Symptom Trends Among Evacuees Treated with Acupuncture and Moxibustion in Shelters Located at the Epicenter of the 2016 Kumamoto Earthquakes in Japan”(共著, Medical acupuncture 38(4), 2026)、「藤井秀孟の新出史料『鍼術伝授之巻』を用いた『鍼法弁惑』の内容検討」(『日本東洋医学雑誌』77巻3号、2026年)、「粕谷流の流儀書について」(大形徹ほか編『東アジア伝統医療文化の多角的考察』臨川書店、2024年)など。