『アジアと日本 アジア伝統医学の旅』(研究者エッセイ・シリーズ)連載一覧

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第7回 同じ処方、異なる眼差し――台湾の中医学と日本漢方をめぐる知の往還

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莊 明仁(台湾・台中市 瑞聯中醫クリニック)

 台湾で中医師として診療していると、日本の先生方から「台湾では中医学はどのように行われているのですか?」と尋ねられることがある。

 日本にも漢方薬があり、漢方医学の二大原典である『傷寒論』や『金匱要略』を読む医師も多い。台湾と日本で同じ処方名が使われることもあるので、外から見るとよく似ているように思われるかもしれないが、実際には、医療制度も、医師の養成も、患者の診方もかなり違う。

 私は台湾で中医学を学び、現在も中薬と鍼灸を用いて診療している一方、日本の漢方にも以前から関心を持ち、文献を読み、研究会や学会にも参加してきた。東亜医学協会が開催する漢方治療研究会でも長年にわたり症例を発表し、その内容を『漢方の臨床』に報告するなど、日本の先生方との交流を続けている。その経験から感じるのは、台湾の中医学と日本の漢方は、同じ古典や処方を共有していても、そこに至るまでの道筋はかなり異なるということである。

 まず、現在の台湾で中医学がどのような位置にあるのか、そこから書いてみたい。

台湾の中医学は日常の医療

 台湾には、西洋医学の医師とは別に、中医師という国家資格がある。中医師は中医学の理論にもとづいて診察し、中薬を処方し、鍼灸も行う。国民健康保険にも組み込まれており、台湾では中医学は特別な医療ではなく、日常的に利用されている一つの医療体系である。

 2025年末の統計では、台湾には4,284軒の中医診療所があり、このほか中医病院や病院附設の中医部門も存在する。私が診療している台中市西屯区でも中医診療所は多く、街を歩けばコンビニエンスストアと同じくらい日常的に目にする存在である。体調を崩したときには、西洋医学の診療所を受診する人もいれば、中医に行く人もおり、症状や病気によって両方を使い分ける人も珍しくない。

 現在の中医診療では、濃縮中薬製剤が広く用いられている。こうした濃縮製剤は服用や保存がしやすく、外来診療でも扱いやすいため、台湾では中医診療の中心的な剤形となっており、現在、複方約280種類、単味生薬約266種類が健康保険の対象となっている。一方、煎じ薬も現在なお重要な治療手段であるが、煎じ薬に用いる生薬、いわゆる飲片は健康保険の適用外であり、煎じ薬による治療はすべて自費診療となっている。

 台湾では、中医師と西洋医学の医師は、基本的には別の資格である。両方の資格を持つ医師もいるが、制度としては二つの医学が並んで存在している。この点は、一人の医師が西洋薬と漢方薬の両方を処方することができる日本とはかなり異なる。

台湾・台中市の瑞聯中醫クリニック。調剤棚には濃縮中薬製剤が並び、手前の台には煎じ薬に用いる生薬(飲片)が置かれている。台湾・台中市の瑞聯中醫クリニック。調剤棚には濃縮中薬製剤が並び、手前の台には煎じ薬に用いる生薬(飲片)が置かれている。
中医学は診療所の外にもある

 台湾の中医学を理解するには、医療制度だけを見ていても十分ではない。中医学的な考え方は、日常生活の中にもかなり深く入り込んでいる。台湾では現在も街中に伝統的な中薬店が見られ、生薬や食養生に使う材料を購入する身近な場所となっている。

 季節や体調に応じて食べ物を選び、当帰(トウキ)、黄耆(オウギ)、枸杞(クコ)、生姜、紅棗(ベニナツメ)などを料理やスープに使うことは、ごく普通に行われている。台湾では「食補」という言葉もよく使う。寒くなると、十全大補湯をもとにした薬膳、 薑母鴨ジャンムーヤー(アヒル肉鍋)、 羊肉爐ヤンロールー(ヤギ肉鍋)などを食べる人が増える。身体を温め、体力を補おうという発想である。

 また、出産後には「 坐月子ズオユエズ」と呼ばれる養生期間がある。出産によって消耗した身体を休ませ、温かい食事をとり、身体を冷やさないようにするという習慣である。現在では「坐月子」を専門に支援する施設もあり、形は変わっても、この考え方は台湾社会に広く残っている。

 こうしたものは、必ずしも専門的な意味での「薬膳」ではない。普段の食事の中に、身体を温める、冷ます、補う、といった考え方が自然に入っているのである。中医学を勉強したことのない人でも、「これは身体を冷やす」「これは産後によい」「これは疲れているときに食べる」といった話をよく知っている。母親や祖母から聞いたという人も多い。

 もちろん、家庭で行われる食養生と、中医師が診断して行う治療は同じではない。ただ、中医学的な身体観が診療所の中だけにあるのではなく、食事や生活習慣の中にまで根づいていることは、現在の台湾の中医学を考えるうえで重要だと思う。

中医学は身体をどのように見るのか

 台湾には大学の中医学系と学士後中医学系があり、中医師を養成するための教育課程がある。そこで学ぶのは中医学だけではない。解剖学、生理学、病理学、薬理学、内科学などの西洋医学を学ぶ一方で、本草学、方剤学、『黄帝内経』『難経』『傷寒論』『金匱要略』、温病学、中医診断学、中医内科学、鍼灸学なども履修する。つまり、中医師になる前から、西洋医学と中医学の両方を学ぶことになる。

 この点で、台湾の中医師養成は比較的体系化されている。ただし、同じ教育を受けたからといって、臨床が同じになるわけではない。実際にはかなり多様である。古典を重視する医師もいれば、現代中医学の弁証論治を中心に診る医師もいる。経方を多く使う人もいれば、温病学を得意とする人もいる。西洋医学の検査所見や病理学的な理解をかなり参考にする医師もいる。処方の組み方にも個性が出る。同じ患者を診ても、選ぶ方剤や加える生薬が異なることは珍しくない。

 教育は比較的共通していても、臨床は決して一つではないのである。

 日本では、まず西洋医学を学んで医師となる。現在では医学部教育の中でも漢方を学ぶ機会があるが、さらに深く漢方を勉強しようとすれば、卒業後に大学病院や漢方診療を行う医療機関で経験を積んだり、学会や研究会に参加したりして研鑽を続けることになる。

 台湾では最初から中医学と西洋医学の双方を学び、日本では西洋医学の医師としての教育を受けたうえで漢方を深めていく。この養成過程の違いは、実際の診療の考え方にも自然に表れてくるように思う。

台湾の中医師は何を学ぶのか

 中医学と西洋医学の違いを考えるとき、単に「使う薬が違う」と考えるだけでは足りない。両者が診ている身体は同じであるが、その身体を理解し、病態を記述するための言語は同じではないのである。西洋医学では、解剖学、生理学、病理学、血液検査、画像検査などを通して身体を見るが、中医学では、寒熱、虚実、気血津液、臓腑などの概念を使って、患者の状態を組み立てていく。

 例えば、同じ「慢性の咳」であっても、中医学では咳という一つの症状だけを見るわけではない。身体が冷えるのか、熱感があるのか。痰は多いのか少ないのか。口が渇くのか。疲れやすいのか。食欲はどうか。睡眠や排便はどうか。そうしたものを一緒に見ていく。そのため、西洋医学では同じ病名の患者でも、中医学では処方が異なることがある。逆に、西洋医学では異なる病名がついていても、中医学的には似た病態として捉える場合もある。

 私は中医学と西洋医学の違いを患者に説明するとき、MacとWindowsにたとえることがある。少し乱暴なたとえではあるが、基本となるOSが違う、という意味である。中医学を西洋医学の用語だけで還元しようとすれば、その固有の視点が消えてしまうことがあり、逆もまた同様である。

 二つの医学は同じ人間を診ていながら、異なる窓から身体を見ているのである。

私の診療所に来る患者

 中医というと、肩こりや軽い体調不良のときに行くところ、という印象を持たれることがあるが、実際には、それだけではない。

 私の診療所にも、西洋医学でさまざまな検査や治療を受けた後に来院する患者が少なくない。たとえば免疫・リウマチ疾患、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、インフルエンザなどの感染症、月経痛、不妊症など、実際に来院する患者の病態は幅広い。慢性疾患を長く抱えている人もいれば、いくつもの症状が重なっている人もいる。

 西洋医学を否定して中医を選ぶというより、西洋医学の治療を受けながら、なお残る不調の改善を求めたり、症状や病気に応じて両者を使い分けたりしている患者が多い。こうした患者を診ていると、中医学の身体観が役立つ場面がある。

 検査では大きな異常がみつからないが、本人は明らかに調子が悪い。そんなときは、一つ一つの症状を別々に見るよりも、冷え、食欲、睡眠、便通、疲労、発汗などを一緒に見たほうが、その患者の状態を理解しやすいこともある。

 もちろん、中医学ですべての病気を治療できるわけではなく、救急医療や手術、重症感染症など、西洋医学が必要な場面は多い。その一方で、「中医学にしか見えない」というより、中医学という別の言語で見ることによって、患者の状態が違って見えてくることがある。私はそこに中医学の臨床的な意味があると思っている。

新型コロナウイルス感染症で感じたこと

 新型コロナウイルス感染症の流行は、台湾の中医学にとって大きな出来事だった。

 台湾では生薬を用いた治療薬「台湾清冠一号」が開発され、感染拡大期には多くの中医医療機関で処方された。それまで中医を受診したことのなかった人まで中薬に関心を持ち、一時期、中医学への関心が非常に高まった。

 私自身も当時、多くの新型コロナウイルス感染症の患者を診療した。清冠一号を使う場合もあったが、すべての患者に同じ処方を使ったわけではない。発熱、咽頭痛、咳、痰、倦怠感、食欲不振など、症状の出方は患者によって違う。そこで、その人の状態を見ながら、自分で処方を組み立てることも多かった。実際の診療では、症状が比較的早く改善していく患者も多く経験した。

 もちろん、一人の臨床医の経験と、科学的な研究による効果の検証は別に考えなければならない。それでも、あの時期に多くの人が中医診療を実際に経験したことは、台湾社会における中医学の位置を大きく変えた出来事だったと思う。それまで中薬をほとんど服用したことがなかった人が中医診療を受け、中医学が感染症の場面でも使われ得ることを知った。私自身にとっても、中医学が現代の感染症の中でどのような役割を持ち得るのかを考える、大きな契機となった。

台湾と日本の鍼灸

 鍼灸の制度にも、台湾と日本では違いがある。

 台湾では鍼灸は医療行為であり、主に中医師が行う。所定の鍼灸教育を受けた西洋医学の医師などが行う場合もあるが、日本のように、はり師・きゅう師という独立した国家資格があるわけではない。台湾の中医師は、中薬と鍼灸を同じ教育課程の中で学ぶのである。そのため、実際の診療でも一人の患者に中薬と鍼灸を併用することがある。その点、日本では事情が異なり、漢方を扱う医師とは別に、鍼灸師が独自の分野を発展させてきた。

 私は日本の鍼灸界に接して、その古典研究の深さに驚くことがある。例えば日本内経医学会では、『素問』『霊枢』を中心に、本文だけでなく、版本、注釈、医古文、医学史なども含めて研究している。原典を丁寧に読み、その言葉が本来どのような意味で使われていたのかを考える姿勢には、学ぶところが多い。

 台湾のように一人の中医師が中薬と鍼灸の双方を担う体制とは異なり、日本ではそれぞれが独立した道を歩んできた。その結果、鍼灸や古典研究そのものを専門的に深めてきた人々も多い。制度の違いが、臨床や学問の発展の仕方にも表れているように思う。

台湾と日本の間にあった交流

 台湾と日本の伝統医学の交流は、最近になって始まったものではない。台湾では早くから日本漢方に関心を持ち、その書籍や雑誌を読んで学んだ中医師がいた。日本の漢方家とのあいだで書簡を交わし、臨床経験や考え方を伝え合うこともあった。

 台湾の伝統医学の歩みは、中国大陸からの影響だけで形づくられたわけではない。その一例が、台湾漢方医学の先駆者の一人である朱木通先生(1904–1977)である。嘉義に生まれた朱木通先生は、『傷寒論』『金匱要略』を重視して臨床を行い、日本漢方からも多くを学んでいた。日本漢方医学会の会員でもあり、日本の漢方界との交流を続けていた。私は2012年の日台伝統医学研討会で、「朱木通先生――台湾漢方医学の先駆者」という題で発表している(莊 2012)。

 現在の台湾の中医学教育は、現代中医学を基礎として比較的体系化されている。しかし、その歴史を振り返れば、日本漢方の書籍を読み、その臨床から学び、日本の医家と交流した台湾の中医師たちもいたことが分かる(向 2023)。

 こうして見ると、台湾の中医学と日本の漢方は、それぞれ別々に発展してきたというより、人や書物、書簡を通して行き来しながら影響し合ってきたと言ったほうが実情に近い。現在、私自身が日本の漢方を学び、日本の先生方と交流していることも、その流れの延長にあるのかもしれない。

朱木通『中医臨床二十五年』(1989)と、大塚敬節から朱木通に宛てられた葉書。台湾と日本の漢方医学の間に実際の人的交流があったことを示す貴重な史料である。筆者所蔵。朱木通『中医臨床二十五年』(1989)と、大塚敬節から朱木通に宛てられた葉書。台湾と日本の漢方医学の間に実際の人的交流があったことを示す貴重な史料である。筆者所蔵。
日本漢方から学んだこと

 日本の漢方を学び始めたころ、まず面白いと感じたのは、台湾の中医学とは処方に至る考え方がかなり違うことだった。

 台湾では、『黄帝内経』『難経』『傷寒論』『金匱要略』といった古典だけでなく、後世の温病学や歴代医家の理論も含め、一つの大きな体系として学んでいく。

 一方、日本で発展してきた伝統的な漢方、とくに古方派の流れでは、方証や腹診を重視し、患者に現れている具体的な徴候と処方との関係を細かく見る。私は以前から大塚敬節先生の著作を好んで読んできたが、その症例記録である医案には、患者のどこを見て、何を手がかりとして処方を決めたのかが具体的に書かれている。理論だけではなく、臨床家が患者をどう見ているのかが伝わってくるところが興味深い。日本の研究会で症例報告を聞いたり、自分でも症例を発表したりする中で、このような考え方から学ぶことは多かった。

 ただ、日本の漢方は決して一つではない。伝統的な日本漢方を学ぶ人もいれば、中国の現代中医学に近い方法をとる人もいる。さらに、どちらにもそのまま属さず、新しい考え方を作ろうとする人もいる。この多様さは、日本漢方の面白いところだと思う。

日本漢方から学んだ多様な視点

 日本の漢方を学ぶ中で、私は経方医学にも関心を持つようになった。とくに江部洋一郎先生の診療を見学し、研究会で講義を聴く機会があり、その考え方に直接触れることができた。

 江部先生の経方医学は、『傷寒論』『金匱要略』を基礎としながら、その内容を生理、病理、薬理の面から組み立て直そうとするものである(江部 2002)。従来の日本古方をそのまま踏襲するわけでもなく、現代中医学の理論をそのまま当てはめるわけでもない。古典の条文を病態の構造として読み直すことで、それまで断片的に見えていた記述がつながって理解できることがあり、私自身の古典の読み方や処方の考え方にも影響を与えた。

 また、山本巖先生の第三医学のように、現代医学の病態認識や検査所見を重視しながら、生薬の薬能や東洋医学的な考え方を取り入れる方法もある。日本漢方には、伝統的な古方、中医学に近い方法、経方医学、現代医学との融合を試みる方法など、複数の流れが共存している。

 同じ古典を読み、同じ処方を使っていても、台湾の中医学と日本の漢方では、患者を見る視点や処方に至るまでの考え方が異なることがある。私はその違いを、どちらか一方に合わせる必要はないと思っている。違いがあるからこそ、自分にはなかった見方に気づくことができる。

 台湾の中医学と日本の漢方は、近いようでいて、決して同じものではない。しかし、その違いは、互いに学ぶための入口にもなる。これからも台湾で臨床を続けながら、日本の漢方から学び、また台湾の中医学について日本の先生方に伝えていきたいと思っている。

 

参考文献
大塚敬節(2001)『漢方診療三十年』創元社.
朱木通(1989)『中医臨床二十五年』林白出版社.
江部洋一郎(2002)『経方医学:傷寒論解説』東洋学術出版社.
向静静(2023)『医学と儒学:近世東アジアの医の交流』人文書院.
莊明仁(2012)「朱木通先生:台湾漢方医学の先駆者」『2012台日伝統医学学術交流研討会論文集』.

(2026年10月09日)
〈プロフィール〉
莊 明仁(そう・めいにん / CHUANG Ming-Jen)
台湾・台中市の瑞聯中醫クリニック院長。中医師。中国医薬大学学士後中医学系卒業、同大学中医学研究所修士課程修了。中医学と鍼灸の臨床に従事する傍ら、日本漢方の理論と臨床にも関心を持ち、東亜医学協会漢方治療研究会、日本医史学会などで症例発表や学術交流を長年にわたり続けている。専門は中医内科学、医学史、経方医学。