第3回未来への対話:AJI若手研究者へのインタビュー

アシャデオノ・フィトリオ先生インタビュー

future_03_header  日本とインドネシアの現地農家の人々とともに生み出す研究
~~気候変動のもとでの持続可能な農業の追求~~

―― 職業的な研究者への道を歩むようになったきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

フィトリオ先生:研究をすることが好きで、他の仕事より自分に合っていると思ったので、この道に進もうと思いました。博士学位の取得後、いったんアカデミックな世界から離れ、会社勤めをしたこともありましたが、やっぱり厳しくても自分の好きなことをやりたいと思ったので、研究の道に戻りました。研究者の仕事の一部である教育することもとても好きで、若い世代に自分が学んできたことを伝え、彼らを精いっぱい応援するということは、他の仕事では得られない喜びだと思います。

―― なるほど。一直線に研究職に進まれたわけではないのですね。先生は、はじめ、APU(立命館アジア太平洋大学)に留学なさいましたが、日本留学を志したのは、どのようなきっかけだったのでしょうか。来日したての頃の留学生活はいかがでしたか?

フィトリオ先生:じつは10代の頃から日本のポップカルチャーが好きで、いつか日本に留学したいと思っていましたが、学部時代は親の反対もあって実現しませんでした。大学院の進学を決めたとき、シンガポールと日本の間で悩みましたが、ポップカルチャーが好きなことに加え、できるだけ自分の国とは違う文化の中で勉強したり、さまざまな経験を積んだりしたいと思い、日本を選びました。
日本に来た最初の頃は、大学院を修了したら帰国するだろうと思っていて、日本語も積極的に学ぼうとせず、勉強もそこまでまじめに取り組まなかった気がします。ですが、次第に大学院のアカデミックな環境の中で、色々な国から来た先生や友だちに出会って、自分の世界が広がることを実感すると、日本のアカデミックな世界でもっと自分の可能性を試したいという気持ちになりました。そこから研究はもちろん、日本語の勉強にも取り組み、日本社会についてももっと理解しようと努めてきました。

―― 日本の大学院の刺激的な国際的環境が、日本で滞在し、研究を続ける動機づけになった、と。大学院での留学経験後、日本で長年暮らしていらっしゃるわけですが、現代日本社会についてどんなことをお感じになっていますか?

フィトリオ先生:外国人として、日本はすごく住みやすい国だと感じます。街中は綺麗で都市開発は歩行者中心に計画されているように見えます。他の国だと歩行者がたくさんいることで道端にゴミもたくさん見られる傾向にありますが、日本ではほとんどゴミは見かけず、また公共の場のゴミ箱の数はびっくりするほど少ないという印象です。このように都市環境を綺麗に維持できるのも、利用者の環境衛生や環境保全の意識が高いからだと感じています。やはり日本社会では環境に対しての意識が若い頃から育てられていて、特に今の若い世代では、環境問題や気候変動への理解が年々高まっているように見えますね。

――フィトリオ先生は、気候変動への対策や、持続可能な農業をご専門とされていますね。そうしたご専門から見ての日本の都市環境への印象をお話しいただいたことと思います。ところで、なぜそうした研究テーマを選んだのでしょうか?その経緯をお聞かせください。

フィトリオ先生:これもAPUでの大学院時代の経験によるものですが、私はもともと工学部出身で、学部から修士課程まで、工学の視点からインドネシアのゴミ問題をどのように改善できるかについて研究してきました。つまり、今の研究テーマとは全然違っていました。ですが、APUの修士課程時代に、後に博士課程の指導教員となるモンテ・カシム先生から研究プロジェクトのメンバーに誘われ、気候変動と農業に関する調査活動に参加することになりました。
気候変動を防ぐための努力はもちろん重要ですが、実際起きている気候変動が農業にもたらすであろう影響を予測し、対策を講じる研究は、日本ではあまり行われていません。この課題に興味を持ち、博士課程の研究テーマとして取り組むことを決めました。具体的には、気候変動の影響から宇治地域の茶栽培をいかに守り、その質を維持することができるかというものでした。しかし、実のところ、宇治のような伝統的なコミュニティで調査をすることは、日本人にとっても容易ではないと言われています。ましてや「インドネシア人が宇治の茶を研究するなんて無理だ」というお声もたくさんいただきました。ですが、根気強くコミュニティと付き合い、現地における規範や文化を理解し、尊重する姿を見せることによって、僕は4年間宇治で研究を継続し、博士論文を完成させることができたんです。

――研究分野の大幅な転換もさることながら、フィトリオ先生の宇治茶研究にはそうした地域社会の人々との地道な付き合いが不可欠なのですね。非常に興味深く拝聴しました。最近の研究テーマについてはいかがでしょうか?

フィトリオ先生:現在の研究も、博士課程の研究と同じく、気候変動が農業にもたらす影響を予測し、その対策を講じるものですが、今はインドネシアのコーヒー農業に焦点をあてて研究しています。コーヒーは近年世界中で消費量が大きく増え、私たちの生活にもはや欠かせない農作物であると同時に、高い品質の維持が求められる嗜好品でもおります。

――そうですね。私も日常生活にコーヒーは欠かせません。インドネシアのコーヒー産業はどのくらい大きいものなのでしょうか?

フィトリオ先生:とても大きいです。インドネシアは、コーヒーの生産量が世界で四番目に高く、世界中のコーヒー文化に大きく寄与しています。しかし、気候変動の影響によって、2050年の生産量が80%まで減ることが予測されるという危機的な状況にあります。そんな母国の状況に少しでも役立ちたいと思い、現在、インドネシア現地の研究者や農家の方々、そして組合の方々とともに、インドネシアのコーヒーの高い質を守りながら安定的に栽培するために、気候変動の影響をどのように予測し、対策を講じることができるか研究を進めています。

――それは衝撃的な数字ですね。それと同時に、これまでの、宇治茶を対象とする気候変動対策に関する研究の知見が、母国でさらに発展していくことが期待できそうなお話でもあります。ところで、フィトリオ先生は政策科学部で助教をなさっていますね。日本の大学で実際に教育に関わってみて、何を感じましたか?

フィトリオ先生:日本の大学は、学問の蓄積の歴史が長く、インフラも整っており、世界中から留学生が集まるなど、勉学にはとても恵まれた環境であると思います。僕も日本の大学院に留学したからこそ、アカデミックな世界の面白さに気づき、この道へ進むことを決心し、やってくることができたと思います。

——先ほどお話いただいたフィトリオ先生が研究者を目指すきっかけとなった点ですね。

フィトリオ先生:はい。しかし、自分の経験に照らして考えると、日本の学生さんたちと接していて、少々思うところがあります。というのも、大学が就職のための単なるステップであったり、アルバイトなどと同等の経験のようにみなされたりしているのではないかと思うことがしばしばあり、それを見るにつけ、とても残念に思います。また、もちろん全員というわけではないですが、これまでの価値観から異なる世界へと一歩だけでも踏み出そうとする気持ちが弱いのではと思うこともしばしばあります。そういった学生さんたちにとって、大学はまず自分の世界から半歩踏み出して、異なる世界に踏み出す機会がたくさんある場所だということを強く伝えたいと思います。大学では、自分と違う出身国や出身地域、異なる価値観を持った教員や友達に簡単に出会うことができますし、各種プログラムも用意されています。ぜひこの環境を精いっぱい使ってほしいと思います。大きな夢でなくても、日々もっと自分の可能性を信じ、外の世界に関心を向け、新しいことに挑戦する気持ちを大事にしてほしいと思います。僕はそういう気持ちを持った学生たちを精いっぱい応援したいといつも考えています。

―― 学生さんたちが一歩でも半歩でも異なる世界に踏み出すのを後押しすることが、教育の根幹にあるとも言えそうですね。くわえて、日本の国際化、立命館大学の国際化についても、お感じのことがあれば、教えてください。

フィトリオ先生:僕が最初日本に来た時と比べると、日本社会は大きく変わったように思います。現に、日本に在住している外国人が増えて、道案内や看板等は多言語で書かれています。立命館大学でも現在、英語プログラムを持っている学部が4学部ありますし、コロナ前までは留学生数も年々増えていました。

――確かにそうですね。フィトリオ先生がご担当になっているクラスの状況はいかがですか。

フィトリオ先生:そうですね、僕が現在担当している科目のなかに、留学生とそうでない学生が一緒に学ぶクラスがあって、それぞれの研究目的を達成するためにお互いの協力が大事であることを理解させようと努めています。これからも立命館大学発の国際化が日本全体社会へ良い影響をもたらすだろうと思っています。

——なるほど、国際化といってもプログラムだけの問題ではなく、経験的に現場で協力関係を築くことの大切さを学ぶことに意味があるということですね。最近感じていらっしゃる研究の面白さは、どんなところですか。 フィトリオ先生のご研究の場合、海外での現地調査も行うと思いますが、パンデミックの影響なども含めてお聞かせください。

フィトリオ先生:パンデミックが少し落ちついた昨年の夏、約3年ぶりに日本の国外で調査を行うことができましたが、その経験を通して、改めて研究の面白さを噛みしめています。僕は気候変動の状況を正確に把握し、その影響を予測するために量的なデータを数多く扱います。その一方で、気候変動に向けた対策を講じる際は、歴史的に蓄積されたローカルの知恵や農家の現状と課題をより綿密に理解するために、半構造的インタビューや観察などの質的調査も積極的に行っています。とくに、現地へ直接足を運び、当事者の方々のお話を聞く質的調査は、決してデータの分析からわかりえない、現地の素顔と地域に蓄積された祖先たちの知恵に出会うとても貴重な機会です。また、僕は現地の方々と情報や知識を交換しながら、共に政策を立てていく過程を重視しており、僕と現地の人々が共に学び、変化していく過程を通して、研究をやってきてよかったと思います。

――データだけではなく、人との関わりのなかでこそ浮き彫りになる知恵のかたちがあるというのは、お話を伺っていて非常に共感できました。最後の質問となりますが、これから、どんなプランを立てていますか。

フィトリオ先生:これからも、日本のアカデミックな世界の中で研究と教育を続けたいと考えています。また今は、インドネシアのコーヒーをメインに研究していますが、ここで得た知見を、後にもう一度宇治茶や日本の農業に応用することもできると思うので、気候変動における農業の対策の視点から、インドネシアと日本の架け橋になりたいと考えています。

――インドネシアのコーヒー研究の知見が、さらに宇治茶に関するご研究にどう活かされていくのか、その化学変化が非常に楽しみですね。これからも、頑張ってください。

(2023.4.10)
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