第8回未来への対話:AJI若手研究者へのインタビュー

Dr.ホ・タン・タム インタビュー

future_08_header  持続可能な米農業の実現のために
~ベトナムと日本の架け橋となり、農家と政策立案者をつなぐ研究~

―― ホ・タン・タム先生、本日はインタビューのためにお時間いただき、ありがとうございます。最初の質問として、職業として研究者を選んだきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

ホ・タン・タム: インタビューをありがとうございます。そうですね、ベトナムの大学で学部を卒業したあと、教員として教育の分野で働く機会に恵まれました。キャリアで教育に携わっていくにあたって、この経験は大きなものでした。また、その後、ベトナムのノンラム大学の講師に着任し、学生に教える立場となりました。しかし、もっと知識を吸収し、意義のある研究がしたいという思いがあり、さらに専門的研究を追求することを決心し、岡山大学の修士課程に進学しました。この経験は、私の研究意欲を高め、知識の発展に貢献したいという思いをさらに強くしましたね。修士課程を終えたあとは、立命館大学の博士課程に進み、私の専門分野をさらに追求していきました。これらの経験のなかで、研究者になるという思いを固めていきました。

―― ノンラム大学で講師をされていたんですね。それは初めて知りました。そこから、ご自身の研究を追求するために日本に来られた、と。非常に強い思いですね。次に、日本での研究生活についてお聞かせいただけますか?博士課程から立命館大学に所属していますが、なぜ日本で研究することを決められたのでしょうか?また、日本に初めて来た時の生活はいかがでしたか?

ホ・タン・タム: 学生時代から日本とその文化が大好きで、特にアニメが好きでしたからね。学部2年の時には日本語も学んでいました。でも、その時は、日本で研究するなんて思ってもみませんでした。1年間、日本語を学びましたが、その後は、研究と大学院での論文執筆に専念しました。先ほども言いましたが、ベトナムで学士号を取ったあと、教員になり、教育補助の仕事をする機会に恵まれましたし、ノンラム大学で講師をして、学生と接する機会にも恵まれました。これらの経験の中から、海外留学への思いが湧いきて、そこで最初に自然に思い浮かんだのが日本でしたね。そこで、フエ大学と岡山大学の間で行われている国際プログラムに応募したところ、幸運にも8名の中の1人に選ばれたんです。そこで、ベトナムでの1年半の講師の経験を経て、修士課程で研究するために来日しました。岡山大学での生活は、最高の時間でしたよ。実験室での毎日のおしゃべり、また、セミナーやパーティなどを通して、日本人学生との素敵な時間を過ごしました。なかでも忘れられないのが、実験室メンバー是認で島根県の隠岐諸島に行くフィールドワークでした。

―― おお、隠岐諸島ですか!私は行ったことはありませんが、とても美しい景色を写真で見たことがあります。その旅ではどんなことをしたんですか?

ホ・タン・タム:現地の人々へのインタビュー調査を行いました。これが私にとって初めての日本のコミュニティとの交流の経験でしたね。この経験はとても大きかったです。岡山大学で環境学の修士号を取得した後、ベトナムに帰国して、日本で博士号を得る別の道を模索しました。当初は岡山大学で博士号の奨学金を申請する予定でいましたが、そのための研究計画の申請書の作成に没頭しているときに、友人たちが立命館大学の博士課程のプログラムを紹介してくれました。そこから、文部科学省の奨学金制度(国費外国人留学生制度)に応募し、採用されました。その支援のもと、最終的に立命館大学で博士号の取得を目指すことになりました。

――修士から、とても刺激的な研究者としてのプロセスを歩んでこられたことが想像できます。ところで、Dr.タムは持続可能な農学と環境経済を専門とし、特に米の生産に焦点を当てきましたね。なぜこれらの研究分野を選んだのですか?

ホ・タン・タム: はい。たぶんご存じかもしれませんが、ベトナムは世界最大の米生産国の一つです。

―― はい、ベトナムでは米の生産と消費が非常に高いですよね。

ホ・タン・タム:そうなんです。でも、それにもかかわらず、ベトナムにとって、輸出される米の付加価値が低いのが現実なんです。なぜなら、米製品の質が低いこと、さらに、化学肥料や農薬を過剰に使っているからなんです。それに、ベトナムの農村農家は低い収入に苦しんで、多くの課題を背負っています。私の研究では、こうした問題を視野に入れながら、気候変動と持続可能な農業における米生産のあり方について焦点を当てています。気候変動がお米の生産に与える影響について研究し、持続可能な農業の形について考えることで、輸出される米の品質とその価値を高めるための戦略と解決策を明らかにしたい考えています。

―― なるほど。ベトナムの米農家がそのような問題に直面しているとは知りませんでした。タムさんの研究は、この点で今まさに求められているものですね。

ホ・タン・タム: そう思いますし、このことが、ローカルな農家の人たちが直面する課題に向き合うことを支援することに私が興味を持っている理由です。私の研究が、ベトナムの米農業全体の持続性とレジリエンスを高めるものでありたいと願っています。そのために、農家の人々が向き合う課題に対処することで、ベトナムの米産業を活性化して、未来の持続可能な農業のあり方を提示したいと考えています。

――それは、意欲的な研究ですね!それって、ベトナムの農家の人たちだけでなく、アジアのすべての米農家にとっても重要ですねよ。ホさんの研究である持続可能な農業についてもっと詳しく知りたいのですが、研究の主眼だとか、課題だとかついて、もう少し詳しく教えていただけますか?

ホ・タン・タム:はい。私の研究は、経済発展、持続可能な農業、政策研究に焦点を当てるものです。持続可能な農業の実現のために、政策立案者と農家の双方の観点から、それぞれが示す条件であったり、課題であったりを調査しています。両者の視点を分析することで、持続可能な農業のための課題について、包括的な理解を得ることができます。それによって、最終的に、この分野で効果的な政策と農業実践の発展に役立ちたいと考えていますね。

――なるほど。農家の方々だけでなく、政策立案者も含めた研究をしているわけですね?

ホ・タン・タム:その通りです。私は、農業経済学者として、持続可能な農業のための政策と経済発展の相互作用に興味があり、それを研究しているんですね。そのなかで、政策立案者と農家の人々が直面している状況や課題の調査が必要です。こうした双方向的な分析を行うと、持続可能な農業がいかに複雑であるか、また、その状況の中にある潜在的な解決策について、より良い理解が得られると思います。要するに、エビデンス・ベースの政策と実践に関する研究を発展させ、持続可能でレジリエントな農業を促進することを目指す、というものです。

―― ありがとうございます。ホ先生の研究の重要性とアプローチ方法がより明確に理解できました。次の質問ですが、最近の研究トピックについてお聞きしたいです。ご研究では、さまざまな地元の関係者と協力する必要があるとおっしゃいました。具体的にどういった人と一緒に研究を進めるのですか?また、どの地域が対象ですか?

ホ・タン・タム: はい、まずは、私の科研費プロジェクトと海外の大学との共同プロジェクトを通じて、イギリスとベトナムの大学研究機関と研究を進めています。また、その中で、ベトナムと日本の地方自治体、農業協同組合、農家の方々とのネットワークを結んできました。こうしたネットワークは、農家の人々が持続可能な農業についてどのように考えて、動いているのかについて、現地調査やインタビュー調査を行う際に、とても重要です。ベトナムと日本の農家の方々から貴重なデータや視点を得ることができます。持続可能な農業について考えるためには、第一に地元の農家の人々の考えや実践を理解することが大切です。

――大学研究機関だけでなく、国際的に農家の人々と接しているんですね。それはすごい。ベトナムと日本の地元の農家の方々との関係は、どういったものですか?

ホ・タン・タム:ベトナムでは、メコンデルタの農家の方々と協力しています。この地域は、大きな米の生産量で知られていますが、同時に国内で最も気候変動に脆弱な地域の一つなんですね。この地域の農家の方々と連携することは、農業の具体的な実践、彼らの直面する課題などを知るうえで、とても重要です。日本では、海道や滋賀などの異なる県の農家の方たちと協力しています。これらの地域の農業にも、現地固有の特徴だったり、課題があります。だから、持続可能な農業を考えるにあたって、農家の経験、考え、実践方法などのデータを集めることができます。両国の農家の方々とのこうした連携を通じて、持続可能な農業の促進のための政策や戦略の開発に役立てています。

写真1:2022年11月、滋賀県の稲作農家を対象に持続可能な稲作に関するアンケート調査を実施
写真1:2022年11月、滋賀県の稲作農家を対象に持続可能な稲作に関するアンケート調査を実施

写真2:2022年9月、ベトナム・ロンアン省の稲作農家を対象に持続可能な稲作に関するアンケート調査を実施
写真2:2022年9月、ベトナム・ロンアン省の稲作農家を対象に持続可能な稲作に関するアンケート調査を実施

――地元の農家の方々とのやり取りのなかで、困難を感じたことはありますか?

ホ・タン・タム:そうですね、私の経験から言うと、日本の農家の人たちはとても友好的で歓迎してくれますので、彼らとのやり取りは非常に良好でしたね。でも、言語の壁があったので、コミュニケーションは非常に難しかったです。この壁を超えるために、私たちの研究をサポートしてくださる農家のリーダーの方や、農業協同組合(JA)の方々とつながりを持つことがとても重要になってくるんです。ですので、現地調査を行い、直接インタビューを行う前に、具体的な目標と明確な研究計画を立てる必要があります。具体的な質問を用意しておくことで、地元の行政や農業協同組合の人々とのファーストコンタクトがとてもスムーズになりますしね。

―― なるほど。単に訪問してインタビューを行うだけでないのですね。現地調査を行う前に多くの準備作業が必要のようですね。これらの人々にアプローチすることの重要性について、もう少し詳しく教えていただけますか?

ホ・タン・タム:はい。地方の行政と農業協同組合との連携は、研究の成功に不可欠です。というのも、彼らのサポートと協力は、農家の方々へのアクセスを容易にしてくれますし、農業コミュニティと強固な関係を作っていくために非常に重要です。しっかりと農村の実態とニーズに基づく研究は、こうした連携がなければ成り立ちません。それでも、地方の行政からのサポートがあってもなお、いろいろな理由でリーチできる農家の方々の数には制約があるのは確かです。

写真3:2022年7月と8月、日本の農家の方々へのアンケート調査を実施する全段階として、地方自治体や農業事務所とのミーティングを実施
写真3:2022年7月と8月、日本の農家の方々へのアンケート調査を実施する全段階として、地方自治体や農業事務所とのミーティングを実施


写真4: 2023年8月、ベトナムの米農家とのフィールド調査に際して、フォーカス・グループ・ディスカッションと情報発信を実施

―― よく分かります。制約があるとはいえ、可能な範囲で関係者にコンタクトすることは依然として重要ですね。実際に、農家の方々と協力して、これまでに具体的にどういった農業の改善や、見えてきた可能性がありましたか?

ホ・タン・タム:そうですね。現時点で具体的な農業の改善例を示すのは難しい面があります。というのも、現段階での研究は、農家の方々へのインタビューから農法の改善方法について有益な情報を集めるものだからです。その中には、例えば、滋賀の米農家の方々が化学肥料と農薬の使用を半分に減らし、有機農法の技術を採用するなどして、持続可能な農業の方法を実施した結果、経済および環境の点から利益をもたらした成功例があります。また、そういった日本における成功例が、ベトナムで実験的に導入されています。

——それは興味深いですね。実際に、異なる地域へと応用可能な事例を発見したわけですから。次の質問をさせてください。最近の研究での主な関心は何でしょうか?また、最近の研究での一番の醍醐味は何ですか?

ホ・タン・タム: 最近の研究では、「滋賀県における持続可能な農業実践と有機製品市場:実証的分析」と題した2年間の研究プロジェクトに取り組んでいます。このプロジェクトは若手研究者向けの科研費のもので、2022年4月に開始しました。また、2022年12月には、「機械学習ベースの詳細な気象データが持続可能な農業と融資にどのように貢献するか?」と題するプロジェクトがRENKEI(Research and Education Network for Knowledge Economy Initiatives)で採択されました。私は、このプロジェクトの研究責任者で、サウサンプトン大学とリバプール大学の若手研究者と協力して研究を進めています。現在の研究の内容としては、行政のデータを用いて日本の農業について研究し、特に、北海道での気候変動、米生産、持続可能な農業の政策を詳しく調べています。さらに、立命館大学から支援を受けて、2年間の国際共同研究プロジェクトのプロジェクトモデレーターも務めています。このプロジェクトでは、「アジアにおける米農業の持続可能性:経済と政策の側面」について、ベトナムのノンラム大学と共同研究を進めています。

—— 次世代の研究者として、幅広い国際ネットワークのなかで研究プロジェクトを運営されているんですね。こうした大きな研究プロジェクトを行うホ先生のモチベーションは何ですか?

ホ・タン・タム: はい、気候変動の影響によって、食品の安全を高め、環境への負荷を抑える政策が、ますます重要になっていることです。脱炭素化、気候変動の緩和、環境保全、経済パフォーマンスの改善を兼ね備えた解決策が各国で求められています。そのために、持続可能な米生産が重要となってきます。

だから、最近では、実践的なフィールド調査をデザインすることにとても興味があります。それによって、持続可能な農業方法がどのような結果をもたらすかについて、精確な結果を示すことができるからです。また、こうしたフィールド調査が農家の方々の習慣や行動に与える影響についても、大きな関心があります。こうしたフィールド調査の研究が基調なのは、持続可能な農業の実現可能性ですとか、利点ですとかが、よりはっきりと見えてくるからなんです。なにより、私たちの研究がしっかりとしたエビデンスのもとで、気候変動への対処策の実施に結びついていくことが動機となっています。

——確かに、ホ先生のご研究は、気候変動が深刻な影響をもたらしている現代世界において必要とされる研究のあり方を示すものですね。さて、最後の質問です。現在の研究計画と将来の目標について、どういった考えをお持ちですか?

ホ・タン・タム:はい。先ほど話した共同プロジェクトを通して、日本、ベトナム、および東南アジアの研究者との間で研究ネットワークを育ててきました。こういった国際的な研究者ネットワークや米農家の人々とのネットワークは、さらなる国際的な研究ネットワークを広げていくことに必要です。現在の目標は、こうした国際的な研究ネットワークを発展させること、そして、日本とベトナムの米生産の改善に貢献することですね。これからは、特に東南アジアの他の米生産国の若手研究者の方々とどんどん連携を取っていく予定です。また、立命館アジア・日本研究機構で専門研究員として研究するなかで、研究会の開催、論文の発表、研究冊子の編集など、様々なスキルを磨く機会がありました。これらの経験は、今後のキャリアパスにとっても貴重なものとなりました。今後は、優れた研究論文を書き、研究成果を学会で発信していくなかで、もっと研究を深めたいと強く思います。将来的には、日本の大学で教員になりたいと思っています。

—— ホ先生、とても貴重なインタビューをありがとうございました。インタビューのなかで、ホ先生のご研究の潜在的な意義と、何より研究への情熱が伝わってきました。個別の研究分野を超えて、多くの次世代研究者にとっても大いに参考になる研究者の道を歩んでらっしゃると思います。お話をどうもありがとうございました。ホ先生のご研究がさらに発展することを期待しています。

(2023.7.19)
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