第9回未来への対話:AJI若手研究者へのインタビュー

Dr.望月葵インタビュー

future_09_header  フィールドワークのなかで自分を変えていく
~~シリア難民の人々とともに世界に向き合う研究~~

―― 望月先生は、学位をお取りになって、研究者としてキャリアを歩んでいらっしゃいますが、そのような道に進むきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

望月:大学進学時は元々は企業に就職するつもりでした。そのため、学部3回生から4回生にかけて就活もしていました。ただ同時に、平和構築や多文化共生という課題に取り組みたいという気持ちを強く持っていたこともあり、大学院に進学しようかと大いに悩みました。大学院への志望を決意したのは、学部時代のゼミでの学びが非常に刺激的で面白く、自分の問題意識に研究という側面からアプローチすることに惹かれたためです。進学した大学院が5年一貫制だったこともあり、大学院入学時から研究者をめざすことは念頭にありました。大学院の入学式後の懇親会で、指導教員である恩師に「『研究者になりたい』ではだめなんだ、『研究者になる』んだよ」という激励の言葉をいただいたことは強く印象に残っています。その後、自分なりに苦労を重ねて博士号を取得しましたが、標準年限で修了できましたので、今から振り返ると恩師の言葉通り、研究者になる覚悟を早くから持つことは私にとっては必要なことでした。

――確かに、「なりたい」と「なる」の間には現実感の点で大きな違いがありますね。望月先生のご専門は、中東地域研究とシリア難民研究ですね。なぜこれらの地域と問題を研究テーマとして選んだのでしょうか?その経緯をお聞かせください。

望月:2001年の9.11同時多発テロ事件とその後のイラク戦争がなければ、現在の研究テーマを選ぶこともなく、研究者を目指すこともなかったと思います。当時、私は小学校低学年でしたが、テレビ越しで見たテロ事件の映像と、戦争が始まっていく過程を目の当たりにして衝撃を受けました。小学生の私が抱いた「なぜ戦争は起こるのか」、「平和とは何か」、「戦争に巻き込まれた人々の生活はどうなるのか」という疑問が、今の研究テーマにつながっていると思います。

――当時は小学校低学年でいらっしゃいましたか。もしかしたら、望月先生の世代あたりが9.11という世界的な出来事を経験や記憶として鮮明に持っている世代のリミットかもしれませんね。それが戦争と平和という大きな問題に結びついていった、と。また、望月先生は、幼少期に海外生活の経験をお持ちですね。そちらの経験は現在の研究活動にどういう影響を与えていますか?

望月:そうですね、父親の仕事の関係で子ども時代の約10年間をヨーロッパで過ごした経験も、私の研究に大きな影響を及ぼしています。日本人ではありますが日本のことをほとんど知らず、だからといって現地社会に溶け込んでいるとも言えない状態だったため、子ども時代の私は常に「どの社会にも所属していない」感覚に悩んでいました。この感覚を的確に言い表している研究に学部時代に出会い、自分の体験が移動を経験した人々にとっては共通のものであることを知りました。自分の経験を活かせるのではないかと、そこで強く移民・難民研究に関心を持つようになり、博士論文ではシリア難民の生存基盤の再構築と帰属問題について取り組みました。中東地域を研究対象に選んだのは、私にとっての学問の入り口がイラク戦争だったことと、世界の難民の主要な出身地域が中東だからです。大学院の指導教員の先生と最初に面談をした時に、シリア難民を研究対象とすることに決めました。

――なるほど、戦争と平和の問題だけでなく、先生ご自身の「所属」や「アイデンティティ」に点で経験した困難がシリア難民問題に結びついていったのですね。ご研究では、ヨルダンやヨーロッパでフィールドワークをされたとのことですが、フィールド先での思い出や、印象に残っている出来事などはありますか。

望月:やはり一番心に残っているのは、ヨルダンでシリア難民の家庭に居候させてもらったことでしょうか。シリアでの生活のこと、イスラームのこと、アラビア語の言い回しなど沢山のことを教えてもらいました。ホストマザーの手料理は本当に素晴らしく、毎日の食事がとても楽しみでした。難民としての生活の苦労も傍で垣間見ることがありました。私が彼らの家に泊まり宿泊費を払っていることも、彼らにとっては重要な収入源なのだと痛感したとき、自分が研究対象地域の社会に組み込まれていっている感覚を持ちました。今でもこのホストファミリーとは頻繁に連絡を取り合っています。

――単なる観察を超えた現地社会の人々とのふれあいの経験があるのですね。とても面白いです。その意味では、フィールドワークが研究者を育てるのですね。ヨーロッパでは、いかがでしたか。

望月:ヨーロッパではシリア難民とコンタクトを取ることに非常に苦労しました。現地の人から見れば、アジアから来た一介の研究者は相当怪しく見えると思いますので、仕方がないですね。その時に助けてくれたのは、モスクや宿泊していたドミトリーなどで知り合ったムスリムの人々です。彼女たちは私の研究テーマに興味を持ってくれて、フィールド調査の手伝いをしてくれました。ヨーロッパで感じたのは、イスラームのウンマ(イスラーム共同体)の持つ力の大きさです。イスラームや中東に関心があると言うと、街で会っただけの人でも調査の伝手を探してくれました。ヨルダンでもヨーロッパでも、大勢の人々に助けられて、私の調査は成り立っています。本当に感謝しています。

——独力ではどうにもならないご苦労があるのですね。それと同時に、日本とはきわめて異なる場所で生活する人々の伝手を一つ一つたどって研究対象に深く入り込んでいく研究はとても刺激的に聞こえます。日本でもこの先、多文化共生がたいへん重要な問題になってくると思いますが、シリア難民の研究の観点から、多文化共生へのヒントであるとか、何かお考えがあればお聞かせください。

望月:私が常々感じていることは、自分とは文化的、宗教的背景が異なっていても同じ人間であることを「知る」ことが、多文化共生への第一歩になるということです。ドイツに住んでいた時に、差別を受けたことはありますが、大抵の人々は当たり前のようにドイツ語で話しかけてきたり、道を尋ねてきたりと、私を「アジア人」や「外国人」という色眼鏡で見ずに接してくれました。2019年のヨーロッパでのフィールドワーク中にも、外国人の私に道を尋ねる人が頻繁にいました。髪の色や肌の色は何も関係なく、すべての人が同等の人間であることを、私は幼少期からずっとたくさんの人から教えてもらいました。また、移民や難民の人々の生活の背景を知ることも、多文化共生が進展するきっかけとなると思います。シリアで何が起きているのか、シリア難民が難民キャンプや都市部でどのような暮らしをしているのかを知ってもらいたいという気持ちが、研究を進めるモチベーションにもつながっています。

――なるほど、文化的・宗教的な差異を当たり前のように受け入れる振る舞いや、具体的に起きている全く異なる現実やそれを経験している人々がいるということへと目を向けていくことのどちらも、多文化共生社会には不可欠でしょうね。また、ジェンダー平等の点でも質問をさせてください。本大学では、研究における男女共同参画を推進していますが、日本の学術界でのこの問題をめぐってお感じになっていることは、ありますか。

望月:現時点で、私が女性であることを理由に研究遂行上で不利なことが生じたことは特にありません。大学側の取り組みも活発なものであるように感じます。しかし、先輩の女性研究者たちのお話を伺っていると、子育てなどをめぐってまだまだ女性研究者の前に立ちはだかる壁というのは確かに存在しています。このまま性別に関係なく健やかに研究ができる環境が発展してほしいと思っていますし、それが、これから私たちの世代が担っていくべき課題であるとも感じています。

――そうですね。確かに、望月先生が属する若手研究者世代や、あるいはこれからの若手世代の女性研究者がもっと活躍していく土台が整ってきていますね。ところで、ご著書も刊行されました。ご著書との関連で最近の研究テーマについて教えていただけますか。

望月:ありがとうございます。2023年に刊行された拙著では、シリア難民の宗教的・文化的帰属に着目して、難民の生存基盤の再構築過程について論じています。最近では、個人の支援者やNGOなどを含む多くの人々が、シリア難民への支援のみならず社会統合の促進に関わっていることに注目して、研究を進めています。シリア難民がどのように自身の帰属(法的地位、民族的紐帯、部族的紐帯、宗教的連帯など)を活用して、ホスト社会に足掛かりを築いているのかという問題の追究も続けています。シリア難民とオールドカマーの移民との連帯についてまだまだ研究が少ないので、明らかにしていきたいです。また、ウクライナ難民問題の発生によって難民問題の解決の重要性が増したとともに、「誰を難民として受け入れるのか」という課題が日本では再浮上しています。そこで、移民、難民、非正規移民などを定義する境界についての理論的な問題にもあらためて取り組んでいます。

——ウクライナ人難民の受け入れが日本のニュースで取り上げられた際にもその課題が浮き彫りになりましたね。改めてお話を伺うと、非常にアクチュアルな問題にアプローチしているように思います。最近感じていらっしゃる研究の面白さは、どんなところですか。

望月:学べば学ぶほど、世界が多角的に、立体的に見えてくるようになるところです。また、関心領域が近い皆さんと議論を交わすことができるのは、研究者にとって最も面白い時間だと思います。また、新型コロナウイルスの流行によって長い間フィールドワークに行けていませんでしたが、ようやく2023年になって渡航が叶いました。やはり、現地を訪れることができると新しい研究のアイデアや取り組みたいテーマが浮かんでくるので、仕事のモチベーションが上がります。私にとってフィールドワークは自分のものの見方を問い直す時間です。シリアの人々との対話によって多様な価値観を知ることができる調査期間は、非常に贅沢なものであり、これからも大切にしていきたいです。

――「フィールドワークは自分のものの見方を問い直す時間」とは言い得て妙ですね。その時間が新型コロナウイルスの流行で一時失われたというのは、大きな困難であることがよくわかります。最後の質問となりますが、これから、どんなプランを立てていますか。

望月:英語論文をコンスタントに発表していきたいと思っています。ヨーロッパで調査をしていて、世界への発信力をもっと身につける必要があると痛感したためです。また、グローバルに通じることの多い英語で研究発信することによって、私の調査に協力してくれたシリアの人々に少しでも恩返ししたいという気持ちがあります。ゆくゆくは、日本と中東、ヨーロッパをつなぐ国際的な難民研究のプラットフォームの形成に関わりたいと思っています。

――望月先生が、難民研究というアクチュアルな問題の研究を、より広い研究コミュニティのなかで展開されていくことを大いに期待しています。頑張ってください。

(2023.12.1)
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