第12回未来への対話:AJI若手研究者へのインタビュー
Dr.角田燎インタビュー
―一人旅で訪れた資料館から戦争の意味を問う社会学者へ―
――研究の道に進もうと思った、最初のきっかけはどのようなものだったのでしょうか? 現在の研究テーマと合わせてお教えください。
角田:私は、旧日本軍関係者が設立した戦友会などの研究をしています。修士に進学するまでは、研究者の道を考えていなかったのですが、修士課程で博士課程の先輩や先生方の仕事に触れたことが大きかったと思います。博士論文を執筆し、書籍化していく先輩たちを間近で見ていて、自分も本を書きたいと強く思うようになりました。
――なるほど。もともと書籍に対する関心は高かったのですか?
角田:何か自分の名前が残る仕事をしたいとは漠然と思っていたと思います。ただ、自分が本を書く未来はなかなか想像できなかったのですが、先輩方や先生方が積極的に書籍を刊行している姿を見て(自分が院生であった6年間で指導教官は4冊の単著を出していました…)、自分もやってみたい、この研究を続けて本を書きたいと思うようになりました。
——研究を本の形にしたいとのことですが、角田先生は、旧日本帝国陸軍の関係者団体の戦後史をご専門にしていますね。なぜそうした
研究テーマを大学院の研究対象として選んだのでしょうか?その経緯を具体的にお聞かせください。角田:元々は特攻隊の表象に関心があり、新聞報道などを集めていました。そうした中で、当事者、戦争体験者たちは、どういった発言をしているのか気になりました。修士1回生の夏休みに靖国神社にある靖国偕行文庫という戦友会関連の資料が多くある場所で特攻隊の慰霊団体の会報を読んだことがキッカケです。読んでみると、戦争体験者から非体験者にその団体が引き継がれていることや、戦争体験者内部で「特攻」の意味づけが微妙に違かったりしており、非常に面白く、これで修士論文を書くことになりました。その延長線上で、じゃあ陸軍や海軍はどのような戦友会があり、どういった議論が行われているのか気になり、博士論文では陸軍将校の親睦互助組織である偕行社の研究を行いました。
――確かに、考えてみれば、戦争体験といっても一枚岩ではなく、ましてや「特攻」などの意味合いも体験者の間で違ってくるというのは直観的にも理解でき、とても興味深いことです。戦争関連のことについては、もともと関心があったのですか?
角田:そうですね。ただ、元々は親から旅費を得る大義名分でした。夏休みに一人旅に行きたいとただ言うより、「原爆資料館に行きたい」「特攻隊の資料館を見たい」といった方がウケが良いし、出資してくれるので(笑)。ただ、そうした資料館巡りの過程から彼らがなぜ死ななければならなかったのか、その歴史に我々はどのように向き合ってきたのかに関心が向くようになってきました。
――最初の動機はどうあれ、訪れなければ生まれない関心ってありますね(笑)実際に資料館に言って生まれた関心から現在のご研究につながっていることがよく分かりました。親御さんにも感謝しなければなりませんね!角田先生のご研究では偕行社の史料だけでなく、関係団体の方々へのインタビュー調査などもされていますが、印象に残っていることはありますか?お話しできる範囲で構いませんので、お聞かせください。
角田:最初にインタビュー調査をした特攻隊の慰霊団体の事務所は当時、靖国神社の遊就館の地下にありました。インタビューをしたいとお願いしても、もう戦後生まれの元自衛官の方が中心になっていますから、「自分たちが喋ることなんてないよ」という感じであまり乗り気ではなく、場所も場所ですから非常に緊張したのを覚えています。ただ、お会いしてみると、とても優しく、元自衛官ということでキビキビしていて、とても有意義な時間になりました。
――遊就館の地下にそのような場所があるのですね。知りませんでした。そのような場所で元自衛官の方とお話とは、緊張しそうですね。そういった方々に、どういう質問を投げかけ、どういう話を聞くのでしょうか?
角田:だいたいそうした組織の機関誌など資料を一通り読んで、資料では分からない内情についてお伺いします。ただ、資料を読み込んでいる自分の方が組織に詳しくなっていることがありますが、それ以上に、そうした組織の運営を行なっている方々との出会いが次の研究関心につながっているのだと思います。
――資料の読み込みと実際の関係者の方々との出会いの相乗効果から研究を発展させているのですね。角田先生は、昨年(2024年)に『陸軍将校たちの戦後史:「陸軍の反省」から「歴史修正主義」への変容』(新曜社)を上梓しましたね。以前、アジア・日本研究所のHPでも紹介させていただきました。反響はいかがですか?
角田:おかげさまで、新聞等での紹介、学会等での書評がいくつか出ています。また、どの書評でも拙著について一定の評価をいただき、これまで研究をしてきて、出版まで漕ぎ着けてよかったなと心から感じることができました。
――それは素晴らしい。ご著書を読むにあたって、どこに注目して読んでもらいたいというようなことはありますか?
角田:元陸軍将校たちは、戦後に色々な論争、時に悪口の応酬のようなやり取りをしているんですよね。それは、単なる悪口の応酬ではなくて、背後には戦時中から続く何らかの対立構図などがあるんです。そうした部分を楽しんでいただけたらと思います。また、そうした話を注に多く書いているので、その辺りも読んでいただけると嬉しいです。
——それは興味深いですね。対立があるにしても、その場かぎりでの感情や考えだけでなく、歴史的な文脈がある、と。次の質問ですが、角田先生は、現在、専門研究員としてアジア・日本研究所で研究活動をされています。国際的な環境のなかでご自身の研究活動に起きた変化などはありますか?
角田:国際的な文脈で自分の研究や、日本の歴史をどのように説明するのかといったことを考えるのは自分の研究を見つめ直すきっかけになりました。また、日本を研究対象としている研究者との繋がりも国際ワークショップを通じてできたのですが、その点も非常に有意義でした。
——昨年(2024年10月)、国際ワークショップ “The Paradoxes of Postwar Japan: Japan’s ‘Peace Constitution,’ the JSDF, and the Society”を角田先生が中心となって開催しましたね。今後の国際的な研究の発信について、角田先生はどのような見通しをお持ちですか?
角田:単著を刊行した後によく聞かれるのが、日本の元軍人の話は、アメリカやドイツと比較してどのような特徴があるのかといったことです。こうした点は私自身も気になっていますし、アメリカは退役軍人に関する研究が活発なので、比較研究を行えれればと思っています。
——確かに、国際比較することで、日本の旧軍人の戦争・戦後体験に新たな意味が見出せそうですね。最近感じていらっしゃる研究の面白さは、どんなところですか。
角田:研究を発信することによって新たな繋がりが広がっていく点に面白さを感じています。書籍として成果を発信したことで自分のことを多くの方が認識していただき、歴史学、軍事史、社会学といった様々な研究者の方とお付き合いが増え、自分の研究ネットワークが着実に広がっていることを感じます。そうした方々の成果から刺激を受けるのと同時に、自分も負けないように成果を出したいと最近は思っています。
――出版することで次の研究へ向けた相乗効果が生まれるものですね。これから、どんなプランを立てていますか。
角田:本を出版するやりがい、楽しさを非常に実感したので、書評などでいただいた拙著の課題を踏まえて、次の書籍に取り掛かり、数年以内に次の本を書きたいと思っています。戦後、戦争体験の継承が議論されてきましたが、そもそも日本社会は軍人や軍隊をどのように認識していたのか、元軍人たちはその社会でどのように生きていったのかについて引き続き研究していきたいと思います。
――なるほど。戦争体験の記憶だけではなく、そもそもの軍へのイメージについて研究していくと。大変興味深いです。次のご著書を楽しみにしています。本日はありがとうございました。