プラスチックは日用品から電化製品、建材、産業資材までありとあらゆるものに使われ、いまや我々の社会になくてはならないものとなっている。だがそれらが役割を終えた後どうなるのかについては、これまでほとんどの人が無関心だった。
プラスチックは大量生産が始まった1950年頃から2015年までに全世界で累計83億トンも生産され、そのうち63億トンが廃棄されたと推計されている。それらは埋め立てや投棄によって自然界に蓄積され続け、一部は河川を経て海へと流れ込んでいる。環境資源の管理問題を研究する上原拓郎によると、それらは年間(2010年当時)で約6,200万~1億300万トンにのぼると推計されるという。
「海洋プラスチックごみのやっかいなところは半永久的に分解されないことに加え、時間が経過するにつれ、回収が困難なほど小さく細分化されてしまうことです。この『マイクロプラスチック』は生態系に深く浸透し、生物や環境、さらに人にも影響を与える可能性があります」と指摘した上原。世界各国で捨てられ海に流入したプラスチックは潮流に乗って国境を越え、いまや人の手が入らない僻地を含む全世界に到達しているという。さらに現在も毎日プラスチックが生産され続けており、当然のことながら海への流出量を上回る量を回収しなければ今後も累積し続けることになる。
こうした問題に対し、2019年6月に大阪で開催されたG20では、世界共通のビジョンとして2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにすることを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が示された。だが現実にこれほど大量に廃棄され続けている海洋プラスチックごみをゼロにすることなどできるのだろうか?
対策を講じるためには実態把握が欠かせない。そのため現在世界中で海洋プラスチックごみを定量的に捉えようとする研究が進められている。しかしそのほとんどが局所的、現象的な推計に留まっていることに上原は懸念を抱く。「生態系への影響や削減効果、実現可能性が不確かなままで効果的な施策を講じることはできない」と考える上原は、生態系と社会経済システムとの関係を考慮し、社会生態系システムの文脈で海洋プラスチックごみ問題に迫ろうとしている。そこで共同研究者であるフランスのMateo Cordierと構築したのが、システムダイナミクスの手法を取り入れ、人口動態、プラスチックの使用量や廃棄量、海洋に流入する量など社会や自然環境の変容する要素を組み込んだ動的なモデルである。世界規模の社会生態システムという大きなシステムに位置づけ、海洋プラスチックごみを定量的に評価する世界初のシミュレーションモデルを開発。このモデルを用いて海洋プラスチックごみの削減目標や施策、費用負担などからなる削減のシナリオを分析し、より効果的な対策とそこへ至る道のりを明らかにしようとしている。
海洋プラスチックごみを定量的に評価するシミュレーションモデルを開発。システムダイナミクスの手法を取り入れ、人口動態、プラスチックの使用量や廃棄量、海洋に流入する量など社会や自然環境の変容する要素を組み込んだ動的なモデルで、海洋プラスチックごみの削減シナリオを検証、提案する。
図:Cordier, M., & Uehara, T. (2019). How much innovation is needed to protect the ocean from plastic contamination?. Science of The Total Environment, 670, 789-799.
上原らはいくつかの海洋プラスチックごみ削減シナリオについて2030年までの見通しを検討している。まずこのまま何の対策も取らずに経済成長に任せた場合、2030年には2010年比でおよそ1億8,300万トンも海洋プラスチックごみが増えると推計されるという。一方、清掃によるごみの回収、不適切な廃棄の削減、代替製品の利用、それらを組み合わせた場合の4つの削減シナリオを想定し、シミュレーションを行った結果でも、個々の施策を打つシナリオでは現状維持が精いっぱいで海洋プラスチックごみを減らすまでには至らないことが明らかにされた。「唯一削減効果があると推計されたのは、三つの施策を組み合わせて実施する場合です」と上原。このシナリオでは、2030年に世界の海洋プラスチックごみを2016~2017年比で1億1,100万トン減らすことができると推計された。
上原らのシミュレーションのもう一つの特長は、施策にかかる費用の推計を行っていることだ。それによると2030年までに2010年比で海洋プラスチックごみを25%削減するには4,920億~7,090億ユーロもの費用がかかると推計されている。これは実に2017年の世界のGDPの0.7~1%にのぼるという。実現するには相当革新的な施策が必要だということがわかるだろう。
上原らは今後、モデルをさらに発展させ、G20大阪サミットで掲げられた目標である2050年に海洋プラスチックごみ汚染ゼロを達成することが可能なシナリオや削減スピードや、費用負担のあり方が社会と生態系に与える影響についても検討していくという。「単に現状を捉えるだけでなく、社会、生態系への影響を考慮した、実行力のある施策につながる成果を見出し、海洋プラスチックごみ問題の解決に寄与したい」と使命感を新たにしている。