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  • ISSUE 15:
  • 宇宙

月面の地盤を探査する

探査機着陸、月面基地建設、これからの宇宙探査には地盤工学が欠かせない。
©NASA

小林 泰三理工学部 教授

    sdgs09|

アポロ計画以来の人類月面着陸、月周回有人拠点「Gateway(ゲートウェイ)」の建設、さらには人類の火星到達を目指す。そんな壮大な宇宙探査プロジェクトが今、アメリカ航空宇宙局(NASA)を中心に日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)やカナダ、欧州各国の国際的な協力のもと進められている。月や火星が人類の生活圏となる。そんなSF映画のような世界が現実になるのもそう遠い未来ではないかもしれない。

こうした宇宙探査の進展に不可欠なのが、地盤工学である。「月や惑星の地表がどのような地盤か分からなければ、建物を建設することはおろか探査機を着陸させることもままなりません。1969年7月、人類初の月面着陸に成功したアポロ着陸船の脚部は、コンクリートに秒速3mで衝突しても、また深さ60cmまで沈下しても耐えられるよう設計されていました。この事実からも未知の地盤を知ることがいかに重要かがわかります」。そう説明するのは、地盤工学の研究者である小林泰三だ。小林はこれまで月面土の力学挙動を予測する研究で宇宙探査計画に貢献してきた。

月・惑星の表面はレゴリスと呼ばれる土で覆われている。月の場合、隕石や塵が衝突した時の破砕物が堆積したものと考えられている。小林は月レゴリスの物理的・化学的特性を人工的に再現したシミュラントと呼ばれる模擬土を用いた実験で、月表面の土が地球の土とは大きく異なる挙動を示すことを明らかにしている。

また地盤の力学挙動を知るには周囲の環境も考慮に入れる必要がある。月面の重力は地球の1/6。そうした低重力場では探査機はどのように挙動するのか?それを確かめるため、小林は航空機の放物線飛行(パラボリックフライト)を利用して低重力環境を実現し、地上と月の地盤の支持力の比較実験を試みた。航空機を加速上昇させ、十分な速度になったところでエンジンをアイドリング状態にして推進力を断つと、航空機は放物線軌道を描いて落下するが、その間の数十秒、機内は低重力場になる。この低重力状態の機内で、剛体ブロックを地上の砂(豊浦砂)と月シミュラントに貫入させて荷重と沈下量を測定し、地盤がどのくらいの荷重まで耐えられるかを比べた。「その結果、豊浦砂では古典的な支持力理論通り、立ち上がりの勾配とピーク強度ともに明確な重力依存性が見られました。一方月シミュラントではそれが見られず、土の種類によって支持力に及ぼす重力の影響の現れ方が違ってくることが明らかになりました」と言う。

続いて小林は月面での惑星探査ローバーの走行を予測するため、月シミュラントの上で直径150㎜、幅80㎜、質量10kgの剛性車輪を走らせる実験を行った。「まず地上(1G場)で車輪荷重を1/6にして車輪を走行させると、スリップすることなく約60cmの走行区間を最後まで自走しました。しかし航空機実験内で重力場を1/6Gにして走行させるとすぐにスリップし、車輪が沈下して走行不能に陥いりました」と小林。次に地上で車輪荷重を2倍にすると、車輪は深く沈下し、ほとんど前進できなかったが、航空機内で2G場を作って走行させると、同じ車輪荷重にもかかわらず、ほとんどスリップせずに走行したという。この実験で明らかになった地上と航空機で相反する走行特性は、地盤内の重力条件の違いに起因する。このように、探査機の挙動が土質材料や重力条件に大きく影響を受けることは間違いない。「レゴリスの特性をよく知り、時と場合によって“敵”にも“味方”にもなりうる低重力環境をうまく利用することが月・惑星探査成功のカギになる」と小林は語る。

月面の模擬土(月レゴリスシミュラント)。月レゴリスの鉱物組成、比重、粒径、粒度などを人工的に再現した砂。
放物線飛行する航空機に持ち込んだ車輪走行実験装置。探査ローバーの走行性に及ぼす重力の影響を調べる。
走行開始15秒後のキャプチャ画像。車輪の走行性は重力条件によって大きく異なった。
ドリルで削孔した孔に挿入して月レゴリスの深度方向の硬さ・強さを調べるための地盤調査ツール
探査ローバーに搭載して月レゴリス表層の硬さ・強さを調べるための地盤調査ツール
国際宇宙ステーションで実施したHourglass(砂時計)実験。低重力場における粒状体の堆積・流動特性を調べる。

また小林は、月や惑星で地盤を調査するツールの開発研究も行ってきた。その一つがJAXAの月探査プログラム(SELENE-2)で搭載候補機器となった月面地盤調査装置(LSM)だ。LSMは、着陸船の自重を反力として地盤をドリル削孔し、ボアホールカメラによる観察と孔壁に対する土の変形・強度特性計測、地盤の弾性波試験を行うシステムとして開発された。「残念ながら打ち上げプロジェクトの中止により実用には至りませんでしたが、他のプロジェクトへの搭載も念頭に入れ、開発を続けています」と小林は先を見据える。その他、2020年代前半に打ち上げ予定のJAXA火星衛星探査計画(MMX)の着陸船の設計支援や2019年11月に国際宇宙ステーションの日本実験棟で行われた惑星表面の柔軟地盤の重力依存性調査「Hourglass(砂時計)」などにも参画している。

「いまや月探査は『未知なるものを探る』段階から『月を利用する』という新たな段階へと進もうとしています」と小林。月面に人が降り立ち基地などを建設するには、資材や水、エネルギーが必要になり、月の資源利用も重要な課題になる。ますます重要になる地盤調査に貢献するため、小林は今後もJAXAや企業などと共に調査装置開発を進めていく。

Hourglass関連サイト

小林 泰三KOBAYASHI Taizo

理工学部 教授
研究テーマ

ICTを活用した建設施工・維持管理技術、住民の暮らしを守るための斜面防災技術、月・惑星地盤工学の創成と宇宙探査への貢献

専門分野

土木工学・地盤工学