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  • ISSUE 16:

音を制御し、騒音を消す

音響信号処理で騒音やノイズ、エコーを低減する。

岩居 健太情報理工学部 助教

    sdgs03|sdgs09|

心地良い音や美しい音楽は心を癒してくれるが、騒がしい音や耳障りな音は人を不快にしたり、ひどい場合は健康に害を及ぼすこともある。工場内の騒音や交通騒音など、社会には騒音に起因する問題が多く存在する。

岩居健太は、こうした騒音を低減する手段として、「アクティブノイズコントロール(ANC)」という手法を研究している。騒音に同じエネルギー量を持つ逆位相の音波をぶつけることで音を軽減する、いわば「音を音で打ち消す」のがANCだ。「騒音を減らすにはパッシブノイズコントロール(PNC)のように、耳栓や防音壁のように音を遮断する方法もありますが、この方法で周波数の低い音を制御するのは非常に難しい。それに対し、信号処理技術を用いるANCは、低周波数帯域の音をコントロールでき、PNCと組み合わせることで広い帯域の音をコントロールできるというメリットがあります」と岩居は説明する。最近の研究で岩居は、ANCの一つであるフィードフォワードANCシステムについて、従来にない斬新な手法を提案した。

「フィードフォワードANCシステムは、騒音を計測する「参照マイクロホン」と騒音の低減量を計測する「誤差マイクロホン」、そして騒音を打ち消す擬似騒音を放射する「二次音源スピーカ」からなります。騒音源の音を参照マイクロホンで収音し、システム内部にあるコントローラで生成された擬似騒音を二次音源スピーカから出力し、騒音を低減します。この時、騒音を消したいポイント(制御地点)で騒音源からの音(誤差信号)を誤差マイクロホンで取得してコントローラに送ることで、制御信号の相関を導き出します」と岩居は仕組みを説明する。制御地点でぶつかる騒音と擬似騒音の因果律が満たされないと、騒音低減性能は著しく低下する。問題は、参照マイクロホンから誤差マイクロホンに騒音が到達するまでの伝播時間が遅れると、コントローラでの演算時間が短くなり、因果律を満たすのが難しくなることだ。

この問題を解決するために岩居が提案したのが、参照マイクロホンに光レーザマイクロホンを用いるというこれまでにないシステムだ。「光レーザマイクロホンは、音の発生源である物体表面に光レーザを照射し、その反射光から物体の振動速度を計算することで間接的に音を測定するものです」と岩居。音波より圧倒的に速いことがレーザ光の強み。レーザ光を利用すれば、騒音を誤差マイクロホンに届ける伝播時間を短縮し、因果律の制約を緩和できるという。

しかしこれには課題もある。光レーザマイクロホンで取得できるのはあくまで物体の振動速度であり、音の信号とは周波数特性が異なることだ。その解決策として岩居が考え出したのが、光レーザマイクロホンで取得した速度信号を一階微分し、加速度信号に変換するフィルタを挟む方法だった。

岩居は実際に光レーザマイクロホンを用いたANCシステムで同定した経路を使って計算機シミュレーションを実施。通常のフィードフォワードANCシステムとほぼ同等の騒音低減性能を達成できることを確かめた。

この成果は国際学会でも大きな反響を呼んだ。今後は、フィルタの信号処理法を改善することで、さらに性能を上げる方法を検討していくという。

一方で岩居は、スピーカの音質改善に関する研究も進めている。スピーカで話す時、話した声がエコーのように戻ってきて話しづらいことがある。こうした拡声通話時に発生する音響エコーを抑えるのが音響エコーキャンセラだ。「適応フィルタを使ってエコーの経路を推定し、エコーを打ち消す成分をぶつけることで音響エコーを抑圧するのがその仕組みです。しかし従来の音響エコーキャンセラでは、音割れなどが起きている場合、十分エコーを抑えられません。音割れなどの非線形歪みをモデル化できないためです」と岩居は指摘する。

この解決策として一般には適応Volterraフィルタが用いられている。「しかしVolterraフィルタは非線形歪みを算出するための演算量が膨大で、処理に時間がかかるという弱点があります」として岩居が提案したのが、従来の音響エコーキャンセラに非線形2次IIRフィルタを組み合わせるという方法だ。

「非線形2次IIRフィルタは動電型スピーカの非線形歪みを低減するためのディジタルフィルタです。これを使って非線形歪みをモデル化できれば、あとは従来の音響エコーキャンセラでエコーを抑えられます」と岩居。この方法なら、Volterraフィルタに比べ、演算量を大幅に減らしてより速くエコーを打ち消す歪みを出力することが可能になるという。計算機シミュレーションで検証した結果でも、従来システムと同等以上のエコー抑圧量を低演算量で実現できることを明らかにした。

不快な音を減らしたり、音質を改善して心地良い音を増やしたり、「音」を制御することで社会や暮らしはより快適になる。研究成果の社会への実装を目指し、岩居はさらなる研究を進めていく。

岩居 健太IWAI Kenta

情報理工学部 助教
研究テーマ

アクティブノイズコントロールによる騒音の不快感低減に関する研究、非線形ディジタルフィルタによる音響再生機器の音質改善に関する研究、非線形再帰フィルタによる音響エコーキャンセラの性能改善、聴覚マスキング

専門分野

知覚情報処理、機械力学・制御、制御・システム工学