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  • ISSUE 17:
  • 家・家族

快適、健康に暮らせる住まいを考える

室温、湿気を調整することで居住環境を改善する。

李 明香理工学部 准教授

    sdgs03|sdgs11|

暑さ、寒さをしのぎ、心地よく暮らすために人は昔から知恵を絞ってきた。風通しを良くしたり、断熱性や気密性を高めたり、扇風機やこたつ、エアコンを活用した空調まで、その方法は多彩にある。「環境意識の高まりに伴って、近年は快適、健康に過ごせることに加えて省エネルギーであることも重視されるようになっています」。そう説明した李明香は、さまざまな視点から居住性能を評価・測定し、住環境の快適性や健康性を「見える化」している。その一つに戸建住宅の断熱改修効果を検証した研究がある。

「法改正で住宅の省エネルギー基準が厳しくなったことから、近年、新築住宅の高断熱・高気密化が進んでいます。しかし既存住宅では、改修の費用対効果が不明瞭なこともあってそれほど普及していないのが現状です」と李は背景を説明する。そこで断熱改修を行った住宅と行っていない住宅で室温を測定し、断熱性能を比較検証した。

対象とした2棟の住宅は同時期に新築され、当初の断熱性能は同等。互いに徒歩10分圏内にあり、気象条件もほぼ同じと考えていい。片方の住宅は改修工事が行われ、天井、外壁、床に断熱材を入れ、窓ガラスには内窓が取り付けられた。「約1年間の実測調査で住宅内の温度分布を比べると、改修邸の最低温度はトイレで12.5℃だったのに対し、非改修邸では玄関ホールの10.2℃と、2℃以上も差がありました。床内表面温度も改修邸の方が常時2~3℃高い温度で推移していました。これらの結果から、断熱改修によって室内の保温性が高まったことは明白です」と李。冬期のリビングの単位面積当たりの暖房負荷の推移から、断熱改修によってエネルギー効率が高くなったことも確認された。

断熱性能の効果が実証されたとしても、実際に改修するとなると、費用対効果も重要な検討事項になる。そのため李は、どこから改修すればいいのか優先順位についても検討した。「数値シミュレーションを用いて天井、外壁、床、窓といった、部位ごとの断熱改修による冷暖房負荷削減効果を検証したところ、まず換気回数、次に窓、外壁の順に影響が大きいことがわかりました」。つまり部分改修を行うなら部屋の気密性を高め、次いで窓、外壁の順に断熱性能を上げるのが効率的だということだ。「既存住宅の改修に対する潜在ニーズは高いので、効果を可視化することで改修を後押しする一助になれば」と李は意図を語る。

外皮平均熱貫流率と年間冷暖房負荷の相関

また、李はエアコンを用いた空調についても検討している。「住宅のエアコン普及率はいまや90%を超えています。しかし住宅の多くは各室にエアコンを設置して個別空調するため、部屋によって温度差が生じがちです。とりわけトイレや脱衣室といった着衣が少なくなるところに空調機器が設置されることは稀で、冬場はヒートショックを招く危険があります」。それを防ぐために提案されているのが全館空調システムだ。特に断熱性能が高い住宅では居室間の温度差軽減に高い効果を発揮するという。しかし全館空調の導入には費用面に高い障壁がある。そこで李は、既設の家庭用エアコンと換気用ファンを活用し、あまり費用をかけずに全館を効率的に空調できる空気循環システムを考案している。

「実在する住宅で空気循環ルートを検討しました。蓄熱材のある天井裏空間を介して、エアコンのある部屋とない部屋に、換気用ファンで空気を循環させる仕組みです。天井裏空間は、夏期には夜間通風の冷熱、冬期には太陽熱を蓄熱して居室に放熱する役割を果たします」。夏期は、天井裏空間を通して夜間の冷えた外気を取り込んだ空気を循環させるため、冷暖房負荷削減に効果があり、冬期には太陽熱を効果的に取り入れ非空調室に空気を循環させることで、室間の温度差が緩和されることが数値シミュレーションによって明らかになった。

冷暖房負荷の削減効果に対する影響度

室内の快適性や健康に影響を及ぼす要因として、李は温度と並んで湿気環境をコントロールすることも重視している。そのことから提案するのが、全館空調に調湿性能のある断熱材を組み合わせ、湿度をコントロールする方法である。「現代の住宅は、石膏ボードなどのパネルを使った乾式工法で建設されることが多く、蓄湿性能のある土壁などを利用した湿式工法に比べ、温度や湿度が変化しやすい傾向にあります」と李。そこで着目したのが、吸湿性の高いセルロースファイバーを用いた断熱材だ。「セルロースファイバー断熱材を採用した住宅で実証実験を実施。自然エネルギーを駆動力として壁内部の通気層を利用した除湿システムと全館空調を組み合わせた結果、効果的に室内の湿気を調整できることが確かめられました」と言う。

今後は、こうした調湿建材をどこに設置すればより高い調湿効果を得られるかを検討し、費用対効果の最も高い導入法を探っていく。「住空間における生活者一人ひとりの快適性、健康性のメカニズムを解明し、すべての人が快適に感じる住空間を追求していきたい」。李の研究によって、新築はもちろん住み慣れた家でも、居住性能を高める選択肢が増えていくことが期待される。

李 明香Lee Myonghyang

理工学部 准教授
研究テーマ

自然エネルギーを利用した建築の省エネルギー、居住環境の快適性評価、建築系と人体系を考慮した居住性能評価

専門分野

建築環境・設備