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  • ISSUE 17:
  • 家・家族

時代とともに変わりゆく家族のかたち

「共働きが進んだ」というのは本当か?

筒井 淳也産業社会学部 教授

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家族のかたちは時代とともに変化する。現代を象徴する変化の一つとしてしばしば挙げられるのが、「共働き世帯の増加」だ。内閣府の『男女共同参画白書』(令和元年版)によると、1990年代初めに共働き世帯数が専業主婦世帯数を上回り、2018年にはその差が2倍にまで開いた。

ところがである。「『共働きが進んだ』という言説には、実は大きな誤解があります」。そう指摘するのが筒井淳也だ。筒井は、家族社会学、計量社会学を専門に、家族と労働のあり方、特に女性の就労やワーク・ライフ・バランスについて多くの研究を行っている。

令和二年版『男女共同参画白書』には、筒井の提言によって新たに「妻の就業時間別共働き世帯数の推移」が記載されている。それを見ると、共働き世帯といっても、そのうちの682万世帯は妻がパート(週35時間未満)の世帯で、妻がフルタイム(週35時間以上)労働の495万世帯を大きく上回っている。それどころか妻がフルタイムの共働き世帯数は、1993年をピークにむしろ減少傾向にあることがわかる。「総務省の『労働力調査』(2018)でも、妻が25-34歳で夫がフルタイム雇用の『夫婦と子どもから成る世帯』のうち、フルタイムの共働きは18%しかない一方で、専業主婦世帯は38%にのぼります。現実には、いまだ日本は男性稼ぎ手社会であり、『共働きが進んでいる』という社会の認識とは大きな隔たりがあります」と筒井は言う。

1986年にいわゆる男女雇用機会均等法が施行されてから35年以上、なぜフルタイムの共働きは増えないのか。その理由を筒井は「働き方が変わっていないからだ」と見る。日本の多くの企業では、長らく残業や転勤も当たり前とされ、専業主婦のサポートがあって初めて家庭が成り立つ仕組みが常態化してきた。こうした「男性的な働き方」が今、家族のあり方にも課題を突き付けているという。

例えば少子化もその一つだ。筒井によると、日本において少子化の直接的な原因は未婚化・晩婚化だが、結婚・出産すると女性がフルタイムで働くのが難しくなるため、十分な世帯年収が得られないことも関係している可能性がある。現に、出生率が高い経済先進国のほとんどは「共働き社会」である。「もし本当に少子化を解消したいなら、産休や育児休業といった制度が充実するだけでは不十分です。『男性的な働き方』そのものを緩和しなければ、本当の意味での男女共同参画は難しい」と語る。

ここ数年、国を挙げて「働き方改革」が進められ、大企業を中心に残業や転勤も減少傾向にある。「共働きが増えればそれによる弊害も起こり得る。共働き社会化することは手段であって、決して目的ではない」としながらも、「出生率向上という社会にとって極めて重大な観点から考えると、日本ではもう少しフルタイムの共働きを後押しする働き方にシフトすべきだと考えています」と見解を述べた。

家族を巡る一般認識と現実のギャップについて、筒井はもう一つ興味深い例を挙げた。それは「現代は昔より家族関係が希薄になっている」というものだ。「昔は子どもの数が多く、三世代が同居する大家族も当たり前。家族関係も密だった」。そう思っている人は少なくないだろう。しかし歴史を振り返ると、三世代世帯の割合は相対的に少なかったという。父系社会である日本では、父母や祖父母と同居するのは家督を継ぐ長男とその妻子のみで、その他の子どもは家を出る。きょうだい数が多ければ、おのずと三世代世帯の割合は小さくなるためだ。加えて平均寿命が短かったため、現実には同居期間も極めて短かった。さらには情緒的関係も濃密とはいいがたかった。「乳幼児死亡率が今より高かった江戸時代までは、子どもに対する親の愛情は現代よりずっと淡白だったと考えられています。私の祖父母世代でも、子・孫の数が多いため、一人ひとりへの関心は必ずしも高くありませんでした」と筒井は説明する。

こうした家族経験、成人親子関係に大きな変化をもたらしたのは、出生率の低下と長寿化だった。「特にきょうだい数の減少が与えるインパクトは想像以上に大きいものですが、それが正しく認識されていません」と筒井。人口動態の変動による「家族のかたち」の変化は、介護や家墓の維持など多様な問題を生む。それに加えて現代では成人親子どうし、また祖父母と少数の孫とが長ければ30年以上も心身ともに近しい関係を持つ。これほど長期にわたって濃密な親子関係が続く社会は、歴史上初めてだという。

さらに今後大きなインパクトになると筒井が予測するのが「家族が形成されないこと」だという。生涯未婚の割合が増えており、独居世帯は急激な勢いで増えていくだろう。「万能の解決策はないが、男性的働き方を緩和し、共働きしやすい体制をつくっていくとともに、家族観も現実に合わせアップデートしていく必要がある」とした筒井。思い込みによる事実誤認は、誤ったあるいは効果の薄い政策や施策につながる危険をはらむ。日本の社会、そして家族の行く末にとって筒井の研究の意義は大きい。

筒井 淳也TSUTSUI Junya

産業社会学部 教授
研究テーマ

結婚、家族、女性の労働力参加等に関する計量社会学的研究

専門分野

社会学