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  • ISSUE 18:
  • ゲーム・遊び

「ゲーム」とは何か。根源的な意味を探る

「ゲーム」は、人間の根源的な部分と結びついている

井上 明人映像学部 講師

    sdgs04|sdgs16|

「ゲーム」という言葉は、遊びやスポーツはもとよりビジネスや人間関係など、さまざまな場面で使われる。しかしそもそも「ゲームとは何か?」という根本的な問いに対する答えは、いまだ明確には定まっていないという。井上明人は、哲学やメディア論など学際的な視点からこの大きな問いを追究している。

「ゲームという概念は非常に曖昧で、多様な論じられ方をしています。その中でもルールやゴールがあること、競争を含むものであることなど、いくつかの共通性がよく指摘されます」。井上はこれらの共通するサブ概念を深掘りし、ゲームという「現象」をどのように記述できるか探っている。

「『ゲーム』という現象は、人間の認知のかなり根源的な部分と関わっていると考えています」と井上は言う。「『ゲーム』に近い概念に『遊び』がありますが、『遊び』の重要性は、太古の昔から多くの哲学者や思想家によって言及されてきました。古代ギリシアの哲学者プラトンやその弟子のアリストテレスも『遊び』について論じています。こうした人々を引き合いに出すまでもなく、『ゲーム的なもの』が生活や社会に深く関わっていることは、容易に想像できます。それにも関わらず、『ゲーム』を考えることの重要性は人類史の中でいつしか忘れられ、『不真面目』なことや『不謹慎なこと』といったネガティブな概念と結びついていきました。そのプロセスは興味深いものだと思います」

井上によると、それにはいくつか仮説がたてられるという。一つは、宗教の登場である。キリスト教や儒教など多くの宗教で「勤勉」という概念が大きな価値を獲得している。「ドイツの政治・経済学者マックス・ヴェーバーも『近代のプロテスタンティズムの倫理が『勤勉』という概念を拡大させた』と述べています」と言う。また他の仮説として「農業の定着」を挙げる研究者も少なくない。「狩猟採集と違い、農業では定住して毎日規則正しく作業することが生産性の向上につながります。そこから『真面目』や『勤勉』が重要であるという認識が発達した可能性は否めません」。さらには時計の発達などさまざまな要因によって「ゲーム的なもの」の価値や意味は変遷してきた。「つまり社会的な眼差しやテクノロジーの発達に伴う価値観の変化によってゲームや遊びのあり様は変容していきます。『ゲームは不真面目だ』という認識も、決して普遍的なものではないのです」

「『ゲーム』と認識されている現象は、20世紀後半にさまざまな分野で語られた『物語』の概念と多くの点で共通しており、さまざまな場面で変換可能なものではないかと考えていました」とも井上は指摘する。

「因果的に世界を理解する仕組みとして、『物語』はしばしば語られますが、『ゲーム』もまた、因果的に世界を理解する仕組みの一つです。『物語』を『ゲーム』に置き換えても似たような文脈で議論できるのではないかと考えています」

ダニエル・カーネマンによってよく知られるようになった「システム1」「システム2」の思考を巡る議論もゲームに関わるという。人間の脳は、意思決定する際に「システム1(速い思考)」と「システム2(遅い思考)」の2つの思考システムを使い分けているという考え方がある。「システム1」は直感的で自動的に行われる速い判断で、「システム2」は、計算を伴うような論理的でじっくり行われる判断を指す。井上によると、「ゲーム的なもの」は、「物語」と同じくとりわけ「システム1」の思考領域に働きかけるテクノロジーとして、非常に大きな役割を果たしているというのだ。その例として2008年のアメリカの大統領選挙で資金集めに貢献したオバマの選挙支援SNSサイト「マイバラクオバマ・ドットコム」を挙げた。

このSNSサイトに「システム1」の思考に働きかけるゲーム的な仕掛けが組み込まれていたことは、よく知られているという。SNSに何回アクセスしたか、オバマを支援するブログを何回書き込んだかなどによって、サイト内でのステイタスが上がり、それが可視化される仕組みになっている。利用者は熟考の末にオバマ支持に至るというより、競争心や達成欲を刺激され、ゲームを楽しむような感覚で直感的に取り組んでいるうちにオバマを支持することになる。

「この例のようにゲーム的なものが政治的な決定に影響を及ぼしたり、場合によっては、労働の搾取などネガティブな活動に利用される危険性もあります。それを防ぐためには、何らかの制限のようなものが必要になります。ゲーム的な構造を明らかにし、ゲームという現象を捉えることで、少なくとも『議論のテーブル』に並べられる材料を提示していきたいと考えています」。「マイバラクオバマ・ドットコム」の例だけでなく、ゲームに使われている構造を応用する「ゲーミフィケーション」は、いまやビジネスの世界でも大きなインパクトをもっている。それだけに井上の研究の意義は、今後ますます大きなものになる。

井上 明人INOUE Akito

映像学部 講師
研究テーマ

ゲームの現象論、デジタルゲームのアーカイブ

専門分野

エンタテインメント・ゲーム情報学