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  • ISSUE 19:
  • 地域/Regional

滋賀県産ホエイで造る機能性醸造酢

ホエイを有効活用し、湖国ブランドの新商品を開発

若山 守生命科学部 教授

    sdgs11|

滋賀県は琵琶湖の水資源と豊かな土壌に恵まれ、稲作をはじめ農業が盛んに行われてきた。畜産業では日本三大和牛の一つに数えられる「近江牛」がよく知られているが、実は広大で良質な土地を利用した酪農の歴史も古く、生乳生産量は年間約2万2,000トンにのぼるといわれている。「乳業メーカーの中には、酪農だけでなく自社で生乳やチーズ、アイスクリーム、ヨーグルトなどを加工・販売する、いわゆる6次産業を展開している牧場もあります」。そう説明した若山守は、滋賀県下で酪農と乳製品加工販売業を営む牧場との産学連携で、地域ブランドになるような新しい加工品を生み出し、地域産業の活性化につなげようと取り組んでいる。

着目するのが、チーズの製造工程で生じる「ホエイ」だ。ホエイとは、牛乳から乳脂肪分などを取り除いた後に残る成分を指す。かつては産業廃棄物として扱われ、環境中に垂れ流されていたが、近年それが河川の富栄養化の原因になっていることが指摘され、厳しく規制されるようになった。

一方でホエイ溶液中には、タンパク質やミネラル成分など多くの栄養分が含まれている。「近年そうした栄養価が注目され、健康補助飲料やサプリメントなどに利用されるようになってきているものの、今のところその量はごくわずかに留まっており、依然として余剰ホエイの利用法の開発が強く望まれています」。その中で若山らが進めているのが、ホエイを原料としてこれまでにない機能性を持った新しい「酢」、その名も「ラクトー酢」の開発だ。

若山は、有用な酵素や微生物を探索し、健康増進・維持に役立つ食品や医薬品の開発につなげる研究を行っている。ホエイの原料である牛乳は生産調整が難しく、しばしば余剰処理が課題になることから、若山も牛乳の有効利用法を探ってきた経験がある。「牛乳を基本成分とする醤油風の発酵調味液『酪醤(らくしょう)』を開発したのもその一つです。こうした研究知見を活かして、新しい機能性醸造酢を作れないかと考えています」

一般に酢を作るには、まず米を蒸し、麹(酵素)と水を加えてデンプンを糖(グルコース)に変え(糖化)、そこに酵母を入れて糖をアルコール発酵させて酒を造る。続いてその酒に酢酸菌を加えると、酢酸発酵によってアルコール成分が酢酸に変わり、酢ができあがる。

若山らはこの糖にホエイ(乳糖)を使用して新しい醸造酢を作ろうと試みた。ホエイの基質濃度、発酵の温度や時間、殺菌のための熱処理の温度や時間などを検討して最適な醸造条件を導き出し、「ラクトー酢」の開発に成功した。

「最大の課題は、実際に『ラクトー酢』を製造することになる牧場で生産可能な醸造法を見出すことです」。牧場では、研究室に備えられている高度な設備や醸造技術は使えない。加えてホエイの中には乳酸菌などの微生物が存在していることが知られており、フレッシュなホエイを使用するには殺菌処理も必要になる。牧場でも大規模な設備投資なしに実践できる醸造法で、かつ商品を安定して生産できる体制を構築するにはどうしたらいいか、検討を重ねている。「例えば研究室では、醸造前にオートクレーブ(高圧蒸気滅菌器)を使って70~80℃の高熱でホエイを殺菌処理しますが、牧場にこのような設備はありません。その代わりに低温で長時間をかけて殺菌処理する方法を検討しています」。現在は研究室で150~300mlのスモールスケールで醸造しているが、徐々に醸造スケールを大きくし、生産スケールに近づけていくという。

また若山らはこれまでにない機能性を持った付加価値の高い醸造酢を作るべく、原料なども検討している。その一つとして、ホエイ溶液を糖化するための麹の原料として菜種と小麦ふすまを比較した研究がある。

菜種麹とふすま麹を使用してホエイを糖化。アルコール発酵にはZymomonas mobilis(ザイモモナス・モビリス)という微生物を使用した。「醸造した『ラクトー酢』の成分を分析した結果、いずれも市販の酢よりもはるかに高いアミノ酸含有量、抗高血圧活性、抗酸化能を持っていることがわかりました。とりわけ菜種麹を使用して作った『ラクトー酢』の方が、ふすま麹を使用したものよりアミノ酸含有量、抗高血圧活性、抗酸化能のいずれも優れていることが明らかになりました」。その他にも、ホエイに含まれる乳酸菌が酢酸発酵に寄与するかなど代謝に関する研究も進めている。

目標は「ラクトー酢」を商品化し、湖国・滋賀県のプライベートブランドに育てること。滋賀県を代表する新たな食品が誕生する日が待たれる。

若山 守WAKAYAMA Mamoru

生命科学部 教授
研究テーマ

酵素および発酵を利用した有用物質生産法の開発および発酵に関わる微生物の特性解析

専門分野

応用微生物学、応用生物化学、食品科学