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  • ISSUE 19:
  • 地域/Regional

地域特有の未利用資源に新たな価値付けとビジネス創出を

日本の海洋環境問題・磯焼けを解決する! 藻場を荒らす駆除魚イスズミをドッグフードとして資源化

光斎 翔貴立命館グローバル・イノベーション研究機構 准教授

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近年、製品が作られる過程から終わりを迎えるまで、ライフサイクル全体を通して環境負荷を評価する「ライフサイクル思考」という考え方が浸透しつつある。製品の一生(ライフサイクル)の一部だけを切り取っても、全体を正しく把握することはできない。例えばガソリン車に替えて電気自動車に乗れば、CO2を排出しないから環境問題を解決できるといえるかといえば、そうではない。確かに電気自動車を運転中はCO2を排出しないが、原料調達や製造・流通過程、さらに廃棄処分する際には多くのエネルギーが使われ、膨大なCO2が排出されているからだ。

光斎翔貴はエネルギー・資源に焦点を当て、ライフサイクル思考でその環境影響を評価するとともに、有効利用の方法を研究している。エネルギー・資源の安定供給、使用時の環境負荷低減、使用後の効率的なリサイクルシステム、さらには将来にわたってシステム全体で使われる資源の低減など、ライフサイクルの局面ごとにテーマは多岐にわたる。

地域分散型エネルギーの効果検証やコスト分析、地域レベルでリサイクルシステムを構築するための技術開発・環境影響評価など、「地域」に関わる研究実績も多い。とりわけ最近、地域に関わる資源として光斎が注目しているのが、「食」である。

「世界的な人口増加に伴って、食資源の確保は人類にとってますます重要な課題になっています。中でも私が関心を持っているのが、これまでさまざまな理由で利用されてこなかったものをうまく資源化し、地域で有効利用することです」と言う。その一つとして現在長崎県五島市を拠点に取り組んでいるのが、駆除魚のイスズミをペット用飼料として資源化しようという試みだ。背景には、日本各地の浅海で深刻化している「磯焼け」という環境問題がある。

光斎によると磯焼けとは「浅海の岩礁などで、海藻が群生する藻場が著しく衰退・消失して貧植生状態となる現象」だという。「藻場は『海のゆりかご』ともいわれるように、さまざまな魚や貝類の産卵・育成に欠かせない場所で、その消失は漁業にも大きな打撃を与えます。水産庁も『磯焼け対策全国協議会』を立ち上げて対策に乗り出すなど、国を挙げた解決課題になっています」。そうした磯焼けの原因の一つと目されているのが、藻を食い荒らすイスズミだ。

イスズミは高タンパクで栄養価は高いものの、傷みやすく処理に手間がかかる上に食味にも課題がある。そのため長らく食用にはならないと考えられてきた。光斎が五島市役所にヒアリング調査を行ったところ、同市でも補助金よりイスズミ駆除を促しているが、駆除範囲が限定されているなど、広域的に藻場の再生を目指すには未だ課題が多い現状がある。

イスズミ
五島列島福江島における漁港の様子

そこで光斎が提案するのが、ヒト用ではなく犬をはじめとしたペット用飼料としてイスズミを資源化することだ。「近年、ペットフードの質に対する消費者のニーズは厳しくなっています。栄養価の高いイスズミがそれに応えられる可能性は十分あります」。そう語る光斎は、イスズミをペット用飼料として資源化、産業化した場合にもたらされるメリットを次のように想定する。一つには漁業事業者へのインセンティブが挙げられる。これまで廃棄するしかなかったイスズミを販売し、収益を得られるようになれば、捕獲のモチベーションも高まるはずだ。二つ目には、事業化の取り組みや研究で得た知見から、適正な補助金額の設定や駆除枠組みの策定につながる政策提言が可能になることだ。三つ目は、何よりイスズミの捕獲が進むことで、そもそもの課題である磯焼けを食い止め、環境保全に貢献できる。さらに四つ目として光斎は「人とペットの食材の競合を防ぎ、将来の食資源の確保にも貢献できるのではないか」と語る。先に述べたように、ペットフードにも「ヒューマングレード」の食材が要求されるようになっている一方で、世界的な食糧不足が懸念されている。ペット産業の興隆は著しく、将来は人とペットの食糧が競合することになるかもしれない。イスズミの飼料化は、そうした人と動物が食を奪い合うような未来を防ぐ一手にもなり得るというのだ。

五島市役所、及び九州地域の漁業仲卸企業と連携し、2022年4月、イスズミの飼料化に向けたプロジェクトをスタートさせた。現在はペットフードメーカーの協力を得て、イスズミの処理加工法を模索しながらドッグフードの試作に取り組んでいる。

「在九州の自治体・企業で連携し、捕獲から製造、供給までサプライチェーンを地域で完結させることで、ライフサイクル全体の環境負荷やコストを抑えることが可能になります」と光斎。イスズミの漁獲から処理、ペットフードの製造、販売まで各段階にかかるエネルギーやコストを算出し、事業化を実現するための最適解を模索している。

「研究だけで終わらせるのではなく、事業化して収益を上げ、実社会に貢献するところまでやり遂げたい」と社会実装にも力点を置く。光斎の取り組みが磯焼け解決に光明をもたらすか、成果が待たれる。

加工会社の方、五島市役所の方と
ペットフード会社の方、共同研究者と

光斎 翔貴KOSAI Shoki

立命館グローバル・イノベーション研究機構 准教授
研究テーマ

資源エネルギーの安定供給性評価、分散型リサイクルシステムの確立、製品の資源強度評価

専門分野

循環経済、エネルギーセキュリティー、ライフサイクルアセスメント、産業エコロジー