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  • ISSUE 21:
  • 脱炭素

京都議定書とパリ協定に見る環境条約をいかに遵守するか

多数国間環境協定の変遷を追う

西村 智朗国際関係学部 教授

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地球環境問題に取り組むため、主権国家間のルールとしてつくられた国際環境法。西村智朗は、中でも京都議定書とパリ協定という二つの多数国間環境協定の遵守手続に着目し、その変遷を明らかにした。

厳しい義務を課した京都議定書の遵守手続

カーボンニュートラル社会の実現は、世界中が協力して努力しなければ到底望めない課題である。「こうした人類共通の課題に対応するため、主権国家間のルールとして国際環境法がつくられてきました」。そう説明した西村智朗は、国際法の研究者、環境NGOの一員として多数国間環境協定の締約国会議に参加し、京都議定書やパリ協定の採択をその目で見ながら気候変動に関する国際条約の形成過程やその課題を研究してきた。その一つとして多数国間環境協定が設置する「遵守手続」に注目。その変遷を詳らかにするとともに、京都議定書とパリ協定という二つの多数国間環境協定の遵守手続を比較分析している。

「『遵守手続』とは、平たく言えば条約の義務を締約国が守っているかをチェックする手続きのことです」。西村によると、今日ほとんどすべての多数国間環境協定には何らかの遵守手続が設置されている。その中で最も顕著な例外が、京都議定書の手続だという。

1992年5月9日、国際連合の下で開催されたリオ会議の直前に、「気候変動に関する国際連合枠組条約(気候変動枠組条約)」は採択された。この基本条約(枠組条約)をもとに、1997年に京都議定書、2015年にパリ協定が採択されることになる。「京都議定書が異例といわれるのは、先進締約国に法的拘束力のある温室効果ガス削減の数値目標を設定し、この不遵守に厳しい措置を科したところにあります」と西村は言う。

歴史を振り返ると、普遍的な多数国間環境協定として遵守に関する規定が初めて置かれたのは、1987年に採択されたモントリオール議定書である。同協定は、オゾン層の保護を目的としたウィーン条約を枠組条約としている。それ以降いずれの環境条約でも、義務の不遵守に対して制裁を科すような対応は取られてこなかった。もし厳しくすれば、条約に参加しない国が出てくる可能性があるからだ。不参加の国が増えれば、環境条約の普遍性が損なわれてしまう。「それでも京都議定書の厳格な遵守手続は一定必然だったと私は評価していますが、結果的にアメリカは参加せず、カナダは途中脱退。日本やロシアも途中から削減義務を受け入れませんでした」

加えて西村は、京都議定書が直面した問題として、遵守強制措置が課される義務が先進締約国のみに固定された点を指摘する。「気候変動枠組条約が採択された当時、開発途上国は現在ほど大量に温室効果ガスを排出しておらず、『共通に有しているが差異のある責任原則』に基づいて先進締約国だけが削減義務を負うことに合理性がありました。しかし京都議定書発効後、中国やインドなどいわゆる新興国の温室効果ガスの排出量が大幅に増加しました。京都議定書は、こうしたグローバル社会の変容に十分対応できなかったと言わざるを得ません」

京都議定書とパリ協定の比較

参加国増加に力点を置いたパリ協定の課題は実効性

こうした反省を踏まえてつくられたのが、京都議定書を事実上継承するパリ協定である。「京都議定書との違いは、パリ協定はすべての締約国に各々の削減目標を設定させ、それを記した『国が決定する貢献(NDC:Nationally Determined Contribution)』の提出を求めるのみに留めた点です。たとえ目標を達成できなくても、協議の上促進的な措置が取られるだけで、国際法上の責任は問われません。狙いは、京都議定書の最大の問題点だった、温室効果ガス削減量の多い国の不参加を阻止すること。狙い通り、現在195カ国が締約国となり、そのほとんどがNDCを提出しています」

パリ協定は、採択されてから11カ月という異例の早さで2016年11月に発効した。アメリカや中国、インドなどの排出大国を削減行動の枠内に入れた点は大きな成果といえるが、削減行動に法的拘束力がないため、実質的な効果を担保する点では課題が残る。それに対し西村は「透明性の確保と市民参画が必要です。協定の現状と課題について市民社会に開示する一方で、国際機関や市民社会も高い関心と監視の目を注ぐ必要があります」と述べている。

緩和策を重視したパリ協定
人権も尊重・考慮

「気候変動対策には、温室効果ガスの排出削減などの『緩和』と、すでに起こっている問題への『適応』という二側面から取り組む必要があります」と続けた西村。京都議定書が緩和策に重点を置いたのに対し、パリ協定は、緩和も重視しつつ適応策も積極的に導入した点に双方の違いが見て取れる。西村は、適応策が必要な領域として人権法にも関心を寄せる。気候変動問題はよりぜい弱な人々の生命や生活基盤を危険にさらすという点で、深刻な人権問題でもあるからだ。「京都議定書と異なり、パリ協定は長い前文を置いています。そこでは、気候変動が『人類の共通の関心事』であることを確認しつつ、締約国が気候変動に対処するための行動をとる際に、それに影響を受けやすい状況にある人々の権利を尊重・考慮すべきであることが詳しく記されています」。そのことを反映して、パリ協定発効以降、日本を含め各国で気候変動訴訟が増加しているという。「気候変動問題が基本的人権に大きな影響を与えることを認識し、人権法からのアプローチの重要性を再確認する必要があります」と西村。地球環境保護や人権など、国際社会が直面する課題を解決する上で理想と現実のギャップをいかに埋めるか。今後も探究していく。

西村 智朗NISHIMURA Tomoaki

国際関係学部 教授
研究テーマ

持続可能な発展に関する法、生物多様性条約における遺伝資源へのアクセス及び利益配分の現状と課題、気候変動条約制度の成立プロセス

専門分野

国際法学、国際環境法