気候変動などの地球規模の課題に対処するために巨額の資金が必要とされている。炭素税や排出量取引といった各国のカーボンプライシングの取り組みに加え、望月爾は国際連帯税としてのグローバル・タックスの可能性を追究している。
地球規模で税金を集めるグローバル・タックスの仕組み
グローバル化によって経済や産業が発展する一方で、貧困や人権問題、感染症の拡大、教育格差、食料や水の不足など、さまざまな地球規模の課題が深刻さを増している。気候変動など地球温暖化を巡る問題もその一つだ。「こうしたグローバルな課題に対処するためには、巨額の資金が必要です。その額は年々増加しているにもかかわらず、その資金の調達は全く追いついていない現状があります」と、国際課税を専門に研究する望月爾は指摘する。とくに、国際的な試算によると、気候変動問題に取り組むために必要とされる資金は、年間8,000億ドルにものぼるという。これは「極度の貧困」「国際保健」「初等・中等教育」「食料安全保障」「安全な水と衛生」といったSDGsの他の課題に対処するために必要な資金の総額をはるかに上回る。
このように地球規模で必要とされる資金を調達する新たな手段として、望月らが着目しているのが、「グローバル・タックス(global taxes)」である。「グローバル・タックスは、国境を越える経済活動やグローバルに保有される資産に課税する仕組みです」。望月によると、グローバル・タックスに相当するアイデアは、19世紀後半にはすでに提唱されていたという。しかしその実現には高い壁がある。「課税権はもともと国家主権に属しているため、国際的に必要な資金も各国が課税権を行使して税金を徴収し、その税収をODA(政府開発援助)などのかたちで拠出する方法でしか、グローバルに資金を調達する手段はありませんでした。」
2000年代に入ると、グローバル・タックスの構想が具体化して、革新的資金調達方法が登場する。「それが『国際連帯税(International Solidarity Levy)』です。国際航空や国際金融などグローバル化によって恩恵を受けている分野に課税し、その税収を地球規模の課題を解決するための基金にしようというものです」。その一つ「航空券連帯税」は、航空料金に上乗せするかたちで課税し、その財源を国際医薬品購入機関「ユニットエイド(UNITAID)」を介して発展途上国に医薬品を提供するなどの支援に利用するものだ。2006年にフランスが先陣を切って導入し、現在10数か国が導入している。
カーボンプライシングと並行し
国を越えた課税による資金調達で脱炭素へ
一方、地球温暖化に対処するための経済的手法として、現在すでに各国で導入が進んでいるのが、「カーボンプライシング(Carbon Pricing)」である。カーボンプライシングとは、温室効果ガス(GHG)の多くを占める炭素(二酸化炭素)に価格をつけ、それを排出する企業に経済的負担を求める仕組みだ。「これには主に二つの方式があります。一つは『排出量取引』で、企業・国などが排出できる炭素量を定め、その枠を超えて排出した場合、排出枠に余裕があるところから購入できる制度です。もう一つが『炭素税』で、各国が排出される炭素に価格付けし、排出量に応じて課税するもの。」。いずれも企業や人々に脱炭素に向けた行動を促すことが狙いだ。
しかし、これだけでは十分な資金調達はおぼつかない。「各国がカーボンプライシングで脱炭素を推進しつつ、国を越えて資金を調達する仕組みをつくる努力も続けられています」。例に挙げたのが「緑の気候基金(GCF :Green Climate Fund)」だ。GCFは、開発途上国のGHG排出削減への取り組みを支援する国際基金で、アメリカ、イギリス、日本などの先進国をはじめ南アフリカやパキスタン、ケニアなどの途上国から構成される。また、途上国支援の新たな基金の創設の議論も進んでおり、「国際炭素税」や「CDM(Clean Development Mechanism)税」といった国際連帯税の構想も検討されているという。
EUが国境炭素税導入
目標はグローバル・タックス
さらに最近、環境問題への取り組みにおいて世界をリードする欧州連合(EU)が、新たな施策に着手したという。それが「国境炭素税」だ。「2022年、EUは『国境炭素調整措置(CBAM)』の導入を決めました。これは環境規制の緩い国からの輸入に事実上の関税をかけるものです。まずは鉄鋼、セメント、アルミニウム、肥料、電力、水素の6品を対象に、輸入企業に報告義務を課すことからスタートしています。主な目的は、EU域内の企業が厳しい環境規制を逃れるために他の国に拠点を移す『カーボンリーケージ(Carbon Leakage)』を防ぐことですが、それに加えて、EUが主導する脱炭素の取り組みを世界に広げていきたいという目論見もあると考えています」と望月は解説する。
日本でも2012年に地球温暖化対策税が導入されるなど、環境への取り組みが進みつつある。企業にESG投資の考え方が浸透するなど、少しずつ脱炭素の取り組みへの理解は進んでいるが、まだ入口の段階にある。
「開発途上国も含めて世界中が足並みを揃えて脱炭素を進めていくには、やはりその財源調達のため国際連帯税としてのグローバル・タックスが必要になるでしょう」と強調した望月。理想は、国際機関や基金を創設し、国家を越えて国際連帯税の徴収や運用を行っていくことだ。「それにはより多くの国が参加できるガバナンスの仕組みなど、さまざまなルール・合意が必要になるでしょう。実現まではまだ長い道のりです」。その目標を見据え、研究を続けていく。