地方創生では、高校卒業者の域外流出を背景に、高校が地域の担い手育成や関係人口の創出等の核となる「機能強化」を推進している。峯俊智穂は14年間通い続ける歴史的な観光地・和歌山県田辺市において、県立高校「総合的な探究の時間」に関わり、地域連携による観光教育をとおした将来的な担い手づくりの研究に取組む。
田辺市におけるインバウンド誘致の立役者と喫緊の課題
峯俊智穂には、調査で訪ねるたびに「おかえりなさい!」と声をかけてくる「人」がいる地域がある。そこは、和歌山県田辺市本宮町(以下、旧本宮町)。紀伊半島の中央部に位置し、面積の大部分は森林が占める。有史以前から自然崇拝の地であったと伝えられており、平安時代には後白河・後鳥羽上皇らをはじめ上級貴族による「熊野詣」の目的地となった。
熊野本宮大社や熊野参詣道・中辺路は、2004年に世界遺産リストに記載された文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産でもある。また、湯治でも知られる湯峰温泉を含む熊野本宮温泉郷(他に川湯温泉と渡瀬温泉)が所在する等、日本有数の歴史ある観光地として知られている。近年は外国人観光客が増えており、とりわけ欧米豪からの観光客で賑わう。
旧本宮町を含む和歌山県田辺市は、インバウンド誘致の先駆モデルとなっている。市は2005年の市町村合併により誕生した。観光振興は世界を視野に入れて展開しており、2014年、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ市と観光交流協定を締結している。当該市はキリスト教の聖地の一つであり、田辺市と共通して世界遺産の「巡礼道」を有していることから、相互に連携した観光交流事業を行っている。この「共通巡礼」が功を奏し、欧米豪をはじめとした海外からの観光客が多く訪ねてくるようになった。
田辺市のインバウンド誘致には、市町村合併の翌年に設立された田辺市熊野ツーリズムビューローの活躍がある。現在では全国の観光地域づくり法人(DMO)から注目を集める存在にある。2023年には観光庁による「世界的なDMO」形成を目指す事業の「先駆的DMO(Aタイプ)」に選定されている。だが、インバウンド受入地である旧本宮町の熊野本宮観光協会による活躍も見逃せない。「私が旧本宮町を初訪問した2010年の外国人宿泊者数は1,600人ほどでしたが、2019年には3万人超となりました。この間、観光協会や地域の方々の奮闘を間近でみてきました。しかし、人口減少は著しく、高齢化率も50%を超えています。そのため、地域の担い手不足が喫緊の課題となっています」と峯俊は指摘する。
世界文化遺産保護と観光振興に関わる「人」との出会い
峯俊が初めて旧本宮町を訪ねたのは、立命館大学でポスドク研究員をしていた2010年のことである。きっかけは、和歌山県世界遺産センター長(和歌山県教育委員会)との出会いであった。学部・修士の学生時代に世界遺産条約研究をしていた繋がりで、センター長が講演する会議のコメンテーターとして招聘されたという。「当時の研究テーマは『世界文化遺産保護と観光振興の両立』でした。センター長は文化財保存の専門家ですから、活用する観光振興には否定的な話をされると思い、構えていました。しかし、地域のなかで世界文化遺産の保護と活用を循環させることを前提に考えられていたのです。そこで、センターが所在する旧本宮町での取組みに興味が湧き出て、会議から1週間後には訪問していました」と振り返る。
和歌山県世界遺産センターが入所する施設・田辺市「世界遺産 熊野本宮館」では、同じフロアに熊野本宮観光協会が隣合う。「初訪問で、館長、センター長、観光協会事務局次長(田辺市本宮行政局)という世界文化遺産保護と観光振興に携わる各キーパーソンと同時に出会えたことで、地域を広く知り学ぶことができました」と峯俊。それから旧本宮町へ通い続けること14年、その間に熊野本宮大社、氏子青年会、熊野本宮女将の会、熊野本宮語り部の会、本宮町茶業生産組合、伏拝地区婦人会、みくまの農業協同組合などさまざまな人との出会いがあったと話す。「多くの人と出会うことにより、地域には『住まう人』があり、世界遺産周辺地域や歴史的な観光地は、その人々の日常生活として形づくられたものであることが再認識できました」
観光教育による高校卒業後も地域へ関わり続けるマインド醸成
また峯俊は、2018年より和歌山県立田辺高等学校1年生の授業「総合的な探究の時間」に関わり、高校教諭と協働して観光教育の実践を試みている。
きっかけは、和歌山県世界遺産センターに出向していた高校教諭と2017年に再会したことにあったという。「互いに『田辺市のことをよく知らないまま市外へ流出する若者が増えている』という問題意識がありました。そこで、探究の時間で観光教育をやってみようとなりました」。観光教育と聞くと、ホテルや旅行会社等への就職を目的とする観光ビジネス教育のイメージが強いが、峯俊は観光を学習素材とした地域教育の側面もあるという。「そこで高校ではスタディツアーの企画づくりをすることになりました。生徒は地域を調べるために資料を読み、聞き取り調査を行います」。これはいわば、地域の魅力や課題を知る機会づくりだ。これにより、将来的に田辺市へ関わり続けるマインド醸成を試みるという。
「観光教育は未成熟ですが、地域連携やプログラム内容次第で担い手づくりへつながると考えています」と力を込めた峯俊。その際重要な役割を果たすのが、基礎自治体(市町村)だという。「近年は市町村が県立高校の経営支援や授業運営へ関わる事例が増えています。そのため、田辺市における観光教育に反映できるよう、文部科学省『地域との協働による高等学校教育改革推進事業』指定校の高校を訪ね、市町村の役割、地域連携の構築プロセスを調査し、観光教育へ展開できるよう研究しています」
2024年、世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」は世界遺産リスト記載から20周年を迎える。一方、周辺住民は減少を続ける。峯俊は「これまでに出会った地域の方々と連携し、そして共創により、観光教育を実装していきたい」と抱負を語った。