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  • ISSUE 22:
  • 観光/ツーリズム

異境で自らの生き方を創造する海外ロングステイ

マレーシアに暮らす退職高齢者のライフスタイル移住を追う

小野 真由美文学部 准教授

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マレーシアには、定年退職後、「第二の人生を海外で」と希望して海を渡った日本人高齢者が数多く暮らしている。小野真由美は、そうした国際退職移住に焦点を当て、フィールドワークを実施。海外に定住する人々の生き方を探った。

2000年代に活性化した退職高齢者の国際移住

「仕事をリタイヤしたら、老後は海外で暮らしてみたい」。そんな憧れを現実のものとし、第二の人生を外国で送る人たちがいる。

小野真由美は、長期滞在型観光(ロングステイツーリズム)やライフスタイル移住、国際退職移住について、文化人類学の観点から研究を行っている。中でも退職後にマレーシアに移住・ロングステイを続ける日本人高齢者を約20年にわたって追い続けている。

「バックパッカーやワーキングホリデーといった、20代の若者の海外長期滞在に関心を持ったのが、研究の出発点です。研究を進める中で、若者と同じように、漠然とした憧れを持って海外に移住する高齢者がいることを知りました」と小野は振り返る。

小野によると、当時移民研究の領域では、経済的あるいは政治的な理由のない、個人の自発的な国際移動については、それまでほとんど検証されていなかった。“ライフスタイル移住(Lifestyle Migration)”という概念が使われ始め、国際退職移住が盛り上がりをみせたのは、2000年代からだという。「日本では『2007年問題』などといわれましたが、団塊の世代の人たちが定年退職を迎える頃を見据えて、2000年代の初期頃から退職高齢者をターゲットとした市場が拡大していきます。例えばクルーズ船や別荘など、豊かで健やかな生活を象徴するようなものが次々と商品化されました。海外に長期滞在する『ロングステイ』も、その一つでした」と説明する。

タイやフィリピンなど東南アジアの国々でのロングステイへの関心が高まるなか、受け入れる側で、外国人が移住しやすい制度を整えたのが、人気滞在国であるマレーシアだった。

1980年代末に『シルバーヘアプログラム』という名前でスタートしたとされるマレーシアの外国人退職者の受入制度は、その後、国籍や年齢などの移住条件が緩和され、2002年に『マレーシア・マイ・セカンド・ホーム・プログラム(MM2H)』が制定されます。日本は当初から欧州と並んで主要対象国とされたこともあり、多くの日本人高齢者が長期滞在や移住の行き先として、マレーシアを選びました」

マレーシアの日本人高齢者の国際退職移住の実態を探る

国内で高齢者の海外ロングステイ市場が拡大した経緯を明らかにすることに続いて、小野は、2006年から2009年にかけてマレーシアに滞在。その後も断続的に現地で長期フィールドワークを継続してきた。

最初の2年半の調査では、高原リゾートのキャメロンハイランドと首都クアラルンプールの2つの移住地に着目。とりわけ後者では、5年~10年間の滞在が可能なMM2Hビザを取得し、生活の拠点にする「定住」志向の日本人高齢者を対象に調査した。150人を超える人々へのインタビューを通じて、それぞれの滞在の動機や生活実態、人間関係、将来への思いなどを把握する他、移住者たちのネットワーク拠点になっている「クアラルンプール日本人会」に足しげく通い、さまざまな活動の参与観察を行った。

キャメロンハイランドという高原リゾートで、先住民の村落までトレッキング中の日本人移住者・長期滞在者。
キャメロンハイランドのゴルフ中の日本人たち。

日本人会を中心としたネットワーク型コミュニティの活動の中でとりわけ小野が注目したのが、長期居住者たちによる互助組織だった。新しくマレーシアに移住した人に生活や異文化理解の一助となるような知識や情報を提供したり、日常生活で困った時に助け合う相互支援の取り組みが活発に行われていたという。「日本人高齢者が、マレーシアで暮らしていくために必要な環境やサービスを自分たちで整備していく姿は、『ここで生きていく』と決めて、新しいライフスタイルや生き方を自ら創造していく運動に他なりません」と考察する。

「それに加えて興味深かったのが、介護が必要になってもマレーシアで暮らしていくことを考え、介護環境を整える取り組みを行っていたことでした」と小野。「老人介護研究会」を立ち上げ、介護の方法を学んだり、日本人向け高齢者介護施設や病院を訪問調査。自分たちで介護施設を設立したという。

「ご夫婦で介護施設に入居したある男性は、認知症を患っており、結局帰国されましたが、ここで看取られることを最後まで希望されていました。また医療保険がないために、75歳以降の定住継続を断念された方が、『もう5年マレーシアに住みたかった』と絞り出すようにおっしゃったことも心に残っています。結果的に帰国された方も含め定住志向の方々は、『海外で暮らしてみたい』という思いを全うし、自らの人生という物語を貫こうとされていることを感じました」と小野。「日本人高齢者にとって老後の海外移住とは、異境で死を迎えることまで含めた新しい生き方の創造だと感じました」と語った。

20年を経た今も、小野が調査対象としてきた高齢者が、マレーシアで暮らしている。今もそこで生きている移住者が、最後にどのような人生の選択をし、そこにどのような意味を見出すのか。これからも追い続けていくという。

日本人夫婦が内見でローカルのオーナーと面談している賃貸コンドミニアム室内のリビング。
クアラルンプール日本人会で開催された老人介護研究会に参加する移住者のみなさん。

小野 真由美ONO Mayumi

文学部 准教授
研究テーマ

国際退職移住、ライフスタイル移住、ケアの越境化

専門分野

文化人類学、観光人類学、東南アジア地域研究