一般に金融リテラシーは、「良い投資」を促進したり、悪質商法や投資詐欺の被害を未然に防ぐ上で必要なものだと考えられている。しかし行動経済学を専門にする森知晴は、金融リテラシーの高さが必ずしも良い投資に結びつかない可能性を指摘し、金融教育のあり方に一石を投じている。
金融リテラシーの高さがマイナスの影響を及ぼす可能性を指摘
お金に関する知識や判断力、いわゆる「金融リテラシー」は、人が社会の中で経済的に自立し、より良い生活を送るために不可欠なものである。「日本人の金融リテラシーは、海外に比べると低水準で、政府や金融機関は、国民の金融リテラシー向上のために金融経済教育に力を注いでいます」と森知晴が解説するように、金融リテラシーは、概ね「必要なもの」「良いもの」と捉えられている。しかし実は、金融リテラシーと金融行動の因果関係については、いまだ追究されていないことが多いという。森は最近の研究で、金融リテラシーが高いと、過剰な借金やリスクの高い投機的投資が増えるという驚くべき結果を報告している。
森らは共同研究で、インターネット調査会社を介したアンケート調査をもとに、金融リテラシーと金融行動との関係について分析した。金融リテラシーの高さを計る10問の質問と、金融行動の指標として「投機的投資(FX・仮想通貨)」「リスク資産(株式・外国通貨建て金融資産)の割合」「過剰借り入れ」「ナイーブな経済行動(怪しい金融商品への興味)」「老後資金の計画」「ギャンブル」の6項目を設定。アンケート調査を実施し、5,949人から回答を得た。
「分析の結果、金融リテラシーの高い人は、老後資金の計画をしっかり立て、ギャンブルをしない傾向が高いことがわかりました。しかし同時に金融リテラシーの高い人は、投機的投資や過剰借り入れ、ナイーブな経済行動が多いという結果も得られました。これは、金融リテラシーの高い人が必ずしも望ましい金融行動をとらない可能性を示唆しています」
なぜ金融リテラシーの高さが不適切な金融行動につながるのか。森は考察で、自らの財務能力への過信や流暢性効果、偏った知識、文化的背景など、いくつかの理由を挙げている。「例えば金融リテラシーが高いと、自分の金融能力に対する自信が高くなり、それが大それた金融行動へと走らせる可能性が考えられます」と言う。日本は世界でも投資する人が少ないことが知られている。「経済の活性化には金融投資を増やすことが重要で、そのためにも金融教育は必要です。しかし何が良い金融行動なのか、どのような教育が必要なのかについては議論していく必要があります」と述べた。
オンラインゲームに親しむ青少年の「ガチャ」の実態を調査
また森は、青少年の金融行動にも着目している。その一つとして、日本の青少年がオンラインゲームにどれほど課金しているかを調査・分析した共同研究がある。
「青少年の課金行動が増えている現実がありながら、調査の難しさからその実態はこれまでほとんど明らかにされてきませんでした」と研究背景を語る。そこで森らは、2018年12月、近畿地方の三つの公立小・中・高校において、小学校6年生から高校1年生の498人にアンケート調査を実施。ゲーム課金行動を分析した。
「その結果、課金経験者は有効回答数中27.8%でした。また小中学生では、男性の方が女性より課金経験が多いことがわかりました。先行研究で、男性は競争に参加してより高い報酬を得ることを好み、女性は自分の仕事の出来栄えに応じた報酬を得ることを好むとが報告されており、児童・生徒の課金傾向も、これに沿うものといえます」
2023年にはさらに踏み込んで、青少年と若年成人を対象に、ソーシャルネットワークゲームの課金、いわゆる「ガチャ」と個人の特性との関係についても研究した。それによると、女性の場合、リスク回避型、損失回避型の人の方が、ガチャ購入経験が少ないことが明らかになった。「ガチャの購入(課金)は、一種の投資行動と見なすことができます。今回の結果は、ギャンブル行動と投資行動がリスク回避と損失回避の影響を受けるという先行研究に合致します」と森。「若者が一定の制約の下でガチャを購入する経験を通じて損失回避の意識を身につければ、将来自らの投資行動を適切にコントロールできるようになるかもしれません」と、金融教育の一つになる可能性にも言及した。
新たな経済行動を創出する地域通貨「いばくるコイン」の運用
森は研究のみならず、人々の経済行動を創出する取り組みにも挑んでいる。現在注力するのが地域通貨「いばくるコイン」の運用だ。
「いばくるコイン」は、立命館大学大阪いばらきキャンパスのある大阪府茨木市で流通を目指す地域通貨である。「茨木市を『くるくる』まわり、人と人をつなぐコイン」として命名された。森をはじめ立命館大学の教員・学生と、茨木市の商店が共同で運営を手がけている。
これまでにコミュニティ通貨プロジェクトを立ち上げ、いばくるコインの発行や地域に通貨を流通させるための仕組みづくりを模索してきた。「ボランティア活動や地域活動の謝礼として、いばくるコインを使用することで、地域連携や地域の人と人とのつながりを活性化する機能を果たすことが狙いの一つです。一方で、いばくるコインを地域の加盟店で使ってもらうことで、経済の活性化にも寄与できる。そうした仕組みをつくりたいと考えています」。今後、いばくるコインが地域にどのような役割を果たしていくのか、期待がかかる。