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性別による賃金格差は解消されたのか?

性別職域分離が男女の経済格差に与える影響を研究

髙松 里江総合心理学部 准教授

    社会科学|心理学|教育|
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以前に比べて性別による雇用の不平等は少なくなったといわれているにもかかわらず、依然として男女の社会的経済的格差は小さくなっていない。髙松里江は、性別職域分離に着目し、男女の賃金格差について研究し、格差解消の道筋を探っている。

性別専攻分離が男女の賃金に与える影響を研究

一昔前に比べ、性別による雇用格差はずいぶん解消されたとみられている。しかし男性と女性が「同じ労働者」として平等に扱われるようになったにもかかわらず、依然として男女の社会経済的格差は小さくなっていない。

「平等化が進み、属性から自由になったはずの社会で『見えにくいジェンダー問題』が浮上しています」と言う髙松里江は、とりわけ性別職域分離に着目し、男女間の社会経済的格差について研究している。髙松によると、性別職域分離とは、職業、職務などの仕事に関わる範囲を意味する「職域」に男女で偏りがみられることを指す。「先行研究によると、アメリカでは、女性に多い職種で賃金が低いことが示されており、性別職域分離は男女間の賃金格差の直接の要因になると指摘されてきました」と言う。髙松はこれまでの研究で、日本において性別職域分離が賃金に与える影響やそのメカニズムを分析してきた。

その一環で、大学卒業後初の就職にみられる男女間の雇用格差について、大学の「専攻の偏り」に着目した研究を行った[図1]。女性の大学進学率が上昇し、男女の学歴格差が縮小する中で、新たに重要な指標として関心が高まってきたのが、男女の専攻分野の違い(性別専攻分離)だという。「日本の大学生男女の専攻分野を確認すると(内閣府、2015)、2014年度の統計分布では、男女とも『文系』は約半数ですが、女子は人文科学、社会科学ともに選択している一方で、男子は多くが社会科学を選択していました。また男子は、理学・工学・農学などいわゆる『理系』が多いのに対し、女子では薬学・看護学や教育などの専攻分野が多いこともわかりました」。この違いが男女の雇用格差に影響を与えるのか、髙松は三つの全国調査を統合したデータを用いて検討した[図2]。

[図1]性別と専攻分野

図1:男女別の大学学部の分布。『男女共同参画白書平成27年度版』より学部の分類を一部加工した。もとの学部の分類は「人文科学」「社会科学」「理学」「工学」「農学」「医学・歯学」「薬学・看護」「教育」「その他等」である。また、もとの調査は文部科学省「学校基本調査」である。『男女共同参画白書平成28年度版』以降、男女別の専攻分野が掲載されていないため、『男女共同参画白書平成27年度版』を引用した。

[図2]性別専攻分離と雇用格差

図2:2005年に実施された「社会階層と社会移動調査」(Social Stratification and Social Mobility: SSM2005)、2009年に実施された「日本版総合的社会調査」(Japanese General Social Surveys: 2009JGSS-LCS)、2015年に実施された「社会階層と社会移動調査」(Social Stratification and Social Mobility: SSM2015)を統合して検討。

まず女性比率が高い専攻分野に人文科学(73.1%)が、逆に女性比率が低い専攻には自然科学(11.2%)、社会科学(21.0%)が示された。また「典型雇用(常時雇用されている一般従事者)」と「非典型雇用(パート・アルバイト、派遣社員、契約社員、嘱託、臨時雇用など)」の比率をみると、専攻分野別の非典型雇用率は、人文科学(20.1%)、社会科学(11.4%)、自然科学(7.4%)、医学・看護(8.0%)、教育(19.0%)となり、女性比率の高い専攻分野が上位を占めた。

「分析の結果、性別が雇用形態に与える直接効果に有意性はみられなかったものの、女性は男性に比べて非典型雇用になりやすい専攻分野を選択する傾向にあることがわかりました。つまり専攻分野を介して間接的に性別が雇用形態に影響を与えていると考えられます」。女性が高学歴になっても、社会経済的地位が低くなりやすい専攻分野を選択する限り、男女間の経済格差は埋まらない。「男女の『選択の差』を是正すること、とりわけ女性の自然科学分野への選択を増やすことが重要です」と髙松は考察している。

高校生の進路選択と出身階層・ジェンダーとの関わり

続いて髙松は、大学で専門性を身につける前段階の高校時代にも視座を広げ、高校生がどのような社会空間のもとで進路選択を行うのか、その選択は階層やジェンダーとどう関連するのかについても検討した。

高校生とその母親を対象に実施した「高校生と母親調査、2012」のデータを用いて対応分析を実施。多元的な要因によって形成されている進路選択を捉えようと試みた[図3]。まず高校生の進路選択は、出身階層要因によって形成される縦軸(アカデミック・トラック)と、性別の偏りを要因とする横軸(ジェンダー・トラック)の2軸が交差した社会空間で捉えられることを示す。「トラック」とは、学力やカリキュラムの違いが、進路にまで及ぶ道筋を形成している状態を指す。

次いで進路選択を五つに分類し、それらを2軸上に配置してみせた。「その結果、左上に医療系専門職、左下に教育系専門職、つまり女性職的な進路が形成され、一方右上には、科学系専門職、右下にはブルーカラー職や未定者と、男性職的な進路が付置されました。分析の結果、アカデミック・トラックは、高校生の大学進学率や母親の学歴と対応しており、ジェンダー・トラックは、性別の偏りに対応していることがわかりました」。つまり高校生においても、医療系・教育系の専攻分野が女子の選択を特徴づける進路であることが明らかになった。

[図3]高等教育機関での進路選択(n=1,070)

賃金が上がれば幸福度も高まるのか

では賃金が上がれば、すべての課題は解決するのだろうか。髙松は「幸福度」という観点からも賃上げについて分析している。

「一般に所得増加は幸福感を上げると思われますが、それにブレーキをかける他者比較のメカニズムがあります」。髙松によると、他社比較の概念に「準拠集団」がある。これは、自己評価の基準となる集団のことで、自分が所属している集団の場合もあれば、異なる集団の場合もあるという。

髙松は2012年に行われたインターネット調査のデータを分析。その結果、基本的に所得が上がれば幸福感も上がることが示された一方で、準拠集団の所得と本人の所得との差が大きいほど、幸福感が下がることを明らかにした。つまりどれほど所得が高くなっても、他人と比較する限り幸福感は高まらないということだ。

社会経済的格差を縮小し、誰もが幸福に生きる社会にするためにはどうすべきか。研究を通じて髙松は問い続けている。

髙松 里江TAKAMATSU Rie

総合心理学部 准教授
研究テーマ

仕事とジェンダー

専門分野

ジェンダー、労働、家族