近年多くの大学で「サービス・ラーニング」をはじめとした地域を基盤とした学習が導入されている。こうした学習が、学生への教育効果だけでなく、受け入れる地域にもメリットをもたらすのか。秋吉恵は、担当授業での実践を通じて、大学教育が地域の人々の「Well-being」に寄与する可能性を探っている。
大学の「サービス・ラーニング」は地域に何をもたらすのか
地域でのボランティア活動や社会貢献活動に取り組み、実践を通して学びと社会課題の解決を結合させていく「サービス・ラーニング」。日本でも多くの大学・高校で教育に取り入れられるようになっている。「こうした地域を基盤とした学習は、それを受け入れる地域に果たして何をもたらすのでしょうか」と問いかけるのは、秋吉恵だ。
秋吉は、地域社会に視点を置いて、人々が主体的に「Well-being(より良い状態)」を達成していくプロセスを研究している。これまで日本やアジアの農村地域をフィールドに、NPOやNGOによる地域社会開発の効果を検証してきた。それに加えて近年、地域活動の一つとして高等教育における「サービス・ラーニング」にも関心を広げている。その一つに、自身が担当する立命館大学のサービス・ラーニング科目「シチズンシップ・スタディーズ」での実践を通じた研究がある。
地域活動を通じて学生と地域の人々の関係性が変化
「シチズンシップ・スタディーズ」は、立命館大学教養教育科目で、NPO・NGOや市民団体、行政機関と協働し、身近な社会の課題を地域の人々と一緒に考え汗を流し、解決することを通じてシチズンシップを養成するプログラムである。その一つとして大阪府茨木市の北部地域で「自然に寄り添う暮らしと原風景を次世代につなげていく」活動に2015年度から取り組む「北部地域協議会(ほくちの会)」と連携し、サービス・ラーニングを実施してきた。プログラムでは、「ほくちの会」が提示した実施計画書に従って、学生が北部地域に赴き、農業支援や耕作放棄地の草刈り、里山管理・古民家整備の手伝いなどを行っている。
秋吉が注目したのは、学生と地域の人々が関係性を変化させていく過程だ。「地域活動を通じて学生と地域の人々が関わる中で、最初は『学生さん』と無個性に声をかける関係性だったのが、個々の名前を呼ぶ関係になり、さらに『彼ならこれを任せられる』(地域の人々)、『頼られて嬉しい。もう少し頑張ろう』(学生)と信頼し、それに誠実に応えようとする関係に変わっていきます。人と人が相互に作用することで互いに親密さが増し、相手に対する誠実さ、公正さといった姿勢が関係に反映されるのです。最初は事業を依頼する側と働く側という関係だったのが、最終的には互いに信頼し合い、共に地域の問題を解決していく関係へと、進展が認められました」
一進一退の関係性の「ゆらぎ」が学生・地域双方の成長を促す
また秋吉は、関係性がポジティブに前進するだけでなく、前進と後退を繰り返す「ゆらぎ」が見られる点にも焦点を当てる。「2018年度は、北部地域が地震と台風による洪水という大きな災害に見舞われたため、『ほくちの会』から、途中でテーマの変更が提示されました。被害を受けた農家が、それを契機に持続的な暮らしに向けた活動へと方向性を転換するのは当然です。しかし北部地域の被害状況を正確に把握していなかった学生たちの中には、それまでテーマに沿って準備を進めてきた企画の変更に疑問を感じる人もいました」と言う。「ほくちの会」メンバーにも学生にも、それぞれに親密さや誠実さ、公平さの異なる個人がいて、個々の関係性は多種多様だ。そうした中、いくつかの関係性の変化が累積する過程で、前進と後退を繰り返すゆらぎが起こると秋吉は分析する。
「特筆すべきは、こうした『関係性のゆらぎ』が、スムーズに関係が進展した時以上の成長をもたらすことです」と秋吉。地域住民と一度築いたポジティブな関係性が後退を経て前進する関係性のゆらぎを経て、ほとんどの学生が教室や地域での態度や、地域課題に関わる姿勢を変化させた。それだけでなく地域住民側も、学生との対話の中で自らの考えを言語化する機会を経て、相手への態度を変化させていったというのだ。「こうした関係性のゆらぎが、学生の学習に対する態度や他者と関わるスキル、責任ある市民性などの成長を促しただけでなく、地域組織や地域住民の他者と向き合う姿勢や価値観を変化させ、信頼を認識する能力の向上に役立ったことがわかります」
これらの結果から、秋吉は「大学と地域の関係性の変化とゆらぎを経て起こる個々の能力や態度・価値観の変化が、個人そして地域の社会関係資本を醸成するのではないか」と指摘する。「社会関係資本」とは、人と人の関係性を資本として捉える考え方だ。すなわち「サービス・ラーニング」という学生の地域活動が、「地域づくりや地域の人々のWell-beingに役立つ資本になっていく可能性がある」と秋吉は見る。
現在、大学の「サービス・ラーニング」がどのように社会関係資本を醸成していくのか、そのプロセスを詳らかにしようと、さらに研究を進めている。地域を基盤とした大学教育が、地域に真の価値をもたらすものになり得るのか。秋吉の研究は、貴重な一石を投じている。