カテゴリーで探す
キーワードで探す
  • ISSUE 8:
  • こころ

心理学が解き明かす「おいしさの正体」

五感、文化、学習、嗜好、多様な要素を統合して味覚はつくられる。

和田 有史食マネジメント学部 教授

    sdgs02|

「おいしさ」というのは複雑なものだ。食べ物や人によって甘いものも苦いものもおいしく感じられるし、状況によっても変わる。また匂いや食感で好き嫌いが分かれたり、味はともかく見た目だけで嫌われる食べ物もある。例えばある果物の成分を分子レベルで分析して糖度の高さを明らかにしたとしても、それだけでは「おいしさの正体」に迫ることはできない。和田有史は、おいしさを人間が食品を味わった時に生じる「感情」として捉え、知覚心理学的なアプローチでそのメカニズムを解き明かそうとしている。

「分子生物学的に味覚の仕組みを説明すると、舌の乳頭中の味蕾の先にある味覚受容体で受容した化学物質に含まれる甘味、塩味、苦味、酸味、うま味の5つの基本味のシグナルが中枢神経を通って脳で知覚されることで人は『味』を感じます」と和田。人間にはこの基本味に対して生得的な感覚が備わっており、例えば生存に不可欠な栄養価と関係する甘味やうま味は、人間だけでなく多くの動物にとって生得的に好ましく感じられるという。一方、酸味や苦みは毒や腐敗のシグナルとして好まれないと考えられている。

「しかし人間の感じる味にはもっと複雑な仕組みが関わっています」と和田は続けた。

和田によると食の感覚には、視・聴・触・嗅・味の五感に加え、内臓感覚や咀嚼や嚥下といった運動感覚、さらには文化や学習、嗜好なども影響するといい、それらを統合した「多感覚知覚」として捉える必要があるという。

例えば味覚に影響を与えるファクターの一つに嗅覚がある。食品のにおいには鼻から吸って入るものと、一度食品を口の中に入れて噛んだり飲み込んだりした後、呼気とともに口の奥からこみあげてくるものの2種類あり、その両方が味覚の強度に大きく関わっているという。例えば、鼻をつまんでチョコレートを食べても私たちはいわゆる「チョコレート味」を感じられない。においによって得られるチョコレート特有の豊かな「風味」を感じ取れないからだ。この例が示すように嗅覚には主観的な食味を増強する効果があると考えられている。

視覚もまた食品の評価に大きな影響を与える。「果物や野菜の多くが赤や緑、黄色をしているためか、その反対色である青い色の食品は多くの人に『気持ち悪い』という印象を与えます」と和田。加えて食品の典型的な色は視覚的な食品の認識にとって大きな意味を持つという。かき氷のメロン味やレモン味のシロップの色が実際の果汁の色とは比べものにならないほど鮮やかなのもそのためだ。

食品の典型色は、印象だけでなく実際の味やにおいの感じ方にも影響を及ぼすという。赤みを帯びた色のショ糖溶液はより甘く感じられるという報告があるが、赤色が果物など赤い食品と連動性が強いため、甘味に増強効果が生じている可能性があるという。こうした例から味覚が嗅覚や視覚など多様な感覚と混ざり合って形づくられていることがわかってくる。「食感(触感)」もおいしさを形づくる感覚の一つだ。「九州でコシのないうどんが好まれたり、青森ではかたいリンゴのほうがおいしいとされたりします」と和田。しかも興味深いことに、こうした「おいしい」食感が他地域ではまったく異なることがあるという。

和田は「食品の『おいしさ』は文化や後天的な学習に依存するところも大きい」と説明する。納豆を食べたことのある人はそのにおいを「おいしそう」と感じるが、食べたことのない人には腐敗臭にしか感じられないかもしれない。その他にも「ブランド」といった情報もおいしさを左右するファクターになり得るという。

和田は最近、人によって嫌悪の対象となる食品に注目した研究に取り組んでいる。「例えばイナゴの佃煮は、食べたことのない人には『気持ち悪い』という印象を与えますが、食習慣のある人や身近に食べる人がいる人にとっては嫌悪どころかおいしそうな食品に見えます。また日本人にとってはおいしそうに見える食品であっても、外国人の中にはすった山芋や納豆に視覚的な嫌悪を感じる人が少なくありません」。和田はこうした「嫌悪感を催す食品」がどのようなファクターや契機によって「おいしい食べ物」へと認識が変わるのかを実験によって捉えようとしている。

味覚が五感や運動感覚、文化や学習などの情報を統合して作り出されていることは明らかだが、そのメカニズムはいまだ解明されていない。それを明らかにしたいという和田。未開拓の分野に切り込む面白さに目を輝かせる。

和田 有史WADA Yuji

食マネジメント学部 教授
研究テーマ

人における食の質感認知

専門分野

実験心理学、認知科学、知覚情報処理、食生活学、社会心理学