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  • ISSUE 10:
  • いのち

生命活動をつかさどる「体内時計」の謎に迫る。

ATP分解酵素が体内時計の24時間周期を決めている。

寺内 一姫生命科学部 教授

    sdgs03|

地球上に棲むほとんどすべての生物は1日24時間の周期に沿って生きている。ヒトも夜になれば眠くなり、朝が来ればたとえ周囲が暗くても自然と目が覚める。考えてみるとこれは非常に不思議なことだ。生物はなぜ昼夜を認識し、24時間という周期を把握できるのだろうか?

その答えは生物が体の中に持っている「時計」にある。

「生命は細胞内に『体内時計』を持っており、遺伝子発現や生理的反応など多くの生体活動は24時間の振動、すなわち概日リズムで刻まれています」。そう説明した寺内一姫は生物が持つこの時計の謎に魅せられた一人だ。彼女は体内時計の性質が備わった最も単純な生き物といわれるシアノバクテリアを用いて体内時計のメカニズムの解明に挑んでいる。

「シアノバクテリアはおよそ30億年前から地球に生息しているとされる最古の光合成原核生物です。このシアノバクテリアに概日振動があることが初めて観察されたのは、1986年のことです。研究が進み、1993年にはバクテリアのような単純な生物までもが『体内時計』を持っていることが証明されました。さらに1998年には、シアノバクテリアの細胞から『時計』をつかさどるタンパク質を作り出す3つの遺伝子が発見されました」と説明した。これらの遺伝子は発見した日本人研究者らによって回転の回を由来として、KaiA、KaiB、KaiCと名付けられている。さらに体内時計の研究において衝撃的だったのは、2005年、KaiA 、KaiB、KaiCを用いて、試験管内で体内時計の再構成が可能になったことだった。「ショウジョウバエなど他の生物でも体内時計の役割を担うタンパク質を作る遺伝子が突き止められていますが、試験管内でタンパク質の概日振動を再現できたのはシアノバクテリアだけです。これによって体内時計の研究が大きく進展することになりました」と寺内はその功績を語る。

3つの時計タンパク質のうちKaiCはリン酸結合部位を持ったATP分解酵素を含む六量体が二つ重なったような構造をしている。試験管内で時計タンパク質の活性を再現できるようになった結果、KaiCがATPを加水分解し、リン酸基を取り込んだり(リン酸化)、放出したり(脱リン酸化)を繰り返す24時間のリズムをつくっていること、そしてKaiAとKaiBはその働きを助けていることが明らかになった。「しかし何の刺激も与えないのに反応が24時間周期で繰り返されるというのは普通ではあり得ない化学反応です」。寺内はこの不思議を解き明かすことで体内時計のメカニズムに迫ろうとしている。

光合成を行う微生物の中でも最古の生物、シアノバクテリア。
約30億年前には地球上に存在したといわれる。
シアノバクテリアの細胞内にあるKaiC分子の模型。
まるで時計のように見えるこの形は、世界中の研究者を驚かせた。

これまでの研究成果として寺内は、シアノバクテリアの体内時計がKaiCのATP加水分解によって決定づけられていることを突き止めている。「3つの時計タンパク質の中でも中心振動体であるKaiCは、ATP加水分解によるエネルギーを使って概日振動しています。しかし時計タンパク質が使うエネルギーは極めて微量のため、ATP分解活性がエネルギー源となっていることは長くわかっていませんでした」。

そこで寺内は24時間周期より短い、あるいは長い振動リズムを刻むKaiCの変異型を作製し、シアノバクテリア本来のKaiCのATP分解活性と比較する実験を行った。「その結果、振動周期の逆数である振動数とATP分解の速さが比例することが判明しました」。これはすなわちKaiCのATP分解の速さが24時間という周期を決めていることを意味する。これにより概日リズムの発生機構の基盤がATP分解酵素にあることが明白になった。

「その他にも体内時計には『温度に左右されない』という性質があり、細胞周辺の温度が高くても低くても24時間という周期が乱れることはほとんどありません。加えて周囲の環境に概日リズムを同調させる同調現象も特徴的な性質です。外国へ行って昼夜の時間が変わると一時的に『時差ボケ』を起こしますが、やがて環境に適応し、体内時計は現地時間にリセットされます。これが同調現象です。こうした体内時計特有の性質についてもその仕組みを解明したいと考えています」と寺内。

その一方ではシアノバクテリアのような原始的な生物がなぜ地球の自転周期である『24時間』を細胞内に記憶するようになったのか、その理由も突き止めようとしている。「生命の存続に欠かせない光合成を効率よく行うために地球の自転に合わせて体内時計を発達させたのではないかと考えていますが科学的な答えはまだ出ていません」と言う。その答えに迫る研究として、光環境に応じてシアノバクテリアの細胞内で起こる変化を調べた実験で、光の強度が概日時計の周期の長さに関与していることを示唆する結果を得ている。

太古から現在まで生きてきた生物の『24時間の記憶』の謎を解き明かす研究が、我々人間を含めた生命を理解することにつながっていく。

寺内 一姫TERAUCHI Kazuki

生命科学部 教授
研究テーマ

シアノバクテリアの概日時計と生理学

専門分野

機能生物化学・植物分子生理学