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トップアスリートの競技力向上に寄与するメンタルトレーニング。

笹塲 育子SASABA Ikuko

スポーツ健康科学部 准教授
研究テーマ

1. 競技力向上を目的としたメンタルトレーニングの効果
2. スポーツにおける対人援助
3. トップアスリートのセカンドキャリア

専門分野

スポーツ心理学

研究概要をお教えください。

笹塲:スポーツ心理学を専門に、スポーツ心理コンサルタントとしての実践と、研究者・大学教員としての研究・教育の両輪で取り組んでいます。実践では、オリンピックアスリートやプロアスリートといったトップアスリートのパフォーマンスを最大限発揮させるために、メンタルトレーニングをベースとした心理的サポートを行っています。

近年、トップレベルのアスリートの競技力向上には、技術や身体のトレーニングだけでなく、心理面の強化が欠かせないと認識されるようになっています。そのための手段の一つが、メンタルトレーニングです。オリンピックや世界選手権などで国を代表して戦うアスリートが受ける心理的なプレッシャーや緊張は、計り知れません。そうした一生に一度の大舞台にベストな状態で臨めるよう最善の心理的な準備をお手伝いしています。また、パフォーマンス発揮を最大限化するためには、土台となるメンタルヘルスの側面も非常に重要になってきます。丁寧なアセスメントでアスリートの抱える課題を見出し、それぞれに適したメンタルトレーニングを提供しています。

一方研究面では、メンタルトレーニングの手法や効果について実証研究を行って科学的根拠や研究知見を蓄積し、それを再びアスリートのサポートにフィードバックしています。

これまでに取り組んだ実証研究についてお聞かせください。

笹塲:オリンピック出場を目指すトップアスリートを対象に、長期的な支援プログラムを提供し、メンタルトレーニングの効果を段階的に検証しました。従来のメンタルトレーニング研究では、アスリート本人やコンサルタントの主観的・経験的な分析・評価に留まるものが多く、定性的・定量的両側面から効果検証した例はあまりありません。とりわけ日常では誰も経験しないような極度の緊張にさらされるハイレベルな競技場面で、どのようにメンタルトレーニングが効果を発揮し、競技力向上に寄与したのかを確かめた研究は極めて少ないのが現状です。

本研究では、「本番で実力を発揮する」ことを目標に据え、数年間にわたる長期的な支援プログラムを作成してメンタルトレーニングを実施。本番までの各フェーズでトレーニング効果を定性的・定量的に測定・可視化しようと試みました。

本研究では、対象のアスリートへのアセスメントからパフォーマンスを阻害する心理的課題を抽出し、リラクセーションスキルとして呼吸法を選択しました。過度のプレッシャーで過緊張状態にあるアスリートは、心拍数が増加し、また呼吸も通常より多く、浅くなります。その中で、本人が意図的に調整でき、身体に直接働きかける腹式呼吸は、セルフコントロールスキルとして効果的であることが実証されています。

どのような研究経過、及び結果となりましたか。

笹塲:最初に実験室で呼吸法トレーニングを実施し、その前後で心拍数や呼吸のリズム・呼吸数などを測定。トレーニング効果を数値で可視化するとともに、すぐにそれをアスリートにフィードバックし、その効果を認識してもらいました。その後、呼吸法トレーニングを継続するとともに、心拍数・呼吸数などを測定し、トレーニング効果を定量的に検証しました。最終段階では、可能な限り実際の大会に近い状況を設定して試技会を実施。本番さながらにパフォーマンス直前に呼吸法を行い、競技場面でも呼吸法が最善の集中状態を維持することメンタルヘルスの維持に効果を発揮することを実証しました。

対象のアスリートは、実際にセルフコントロールスキルとして呼吸法を身につけ、最大の目標だったオリンピック出場を果たしました。

また個人競技だけでなく、集団競技においても心理的な要素が重要であると考えられています。とりわけチームパフォーマンスに多様な影響を及ぼすことが明らかになっている「集団効力感」に着目。集団効力感を向上させる心理的介入プログラムの効果検証も行っています。

現在の取り組み、今後の展望をお聞かせください。

笹塲:現在は、2024年のパリオリンピックを見据え、代表選考などに挑戦しているアスリートやそれを支える周囲のスタッフへの心理的サポートに神経を集中しています。

アスリートのパフォーマンス向上を支えることに加えて、もう一つ重要だと考えているのが、アスリートのキャリア支援です。トップクラスのアスリートであっても、全員が夢を叶えられるわけではありません。人生を賭けて競技に打ち込む分だけ、夢が途絶えた時や競技人生を終える時、深い挫折感や力不足を感じたり、アイデンティティ崩壊の危機に直面します。そうしたアスリートを支え、スムーズにセカンドキャリアに移行できるよう支える仕組みが日本にはまだ少ないところに課題を感じています。全身全霊をかけてスポーツに取り組んできた人たちが、各々の結果を受け入れ、その先の人生を笑顔で、幸せに歩いていけるよう後押しすることにも、今後さらに力を注いでいくつもりです。