現在取り組んでいる研究についてお聞かせください。
森田:知覚心理学を専門として、これまでは、絵画や写真といった二次元の対象を三次元として知覚する「奥行き知覚」などをテーマに研究してきました。現在は視覚以外の知覚情報処理に関心を広げ、VR空間における「融合身体」について研究しています。
「融合身体」とは、VR空間で複数の人が共同して一つのアバタを操作するシステムのことです。二人が同時に身体動作を行うと、両者の動きを平均した動きがアバタに反映されます。
先行研究で、VR空間で二人が一つの身体アバタを共有する場合、一人で身体を動かす時よりも、二人で動かした時の方が効率の良い身体運動が可能になることが報告されています。しかし一体どのような要素がアバタに融合したときの運動パフォーマンスに影響を与えるのかは不明でした。そこで私たちは、アバタを一緒に操作する二者の相互作用に焦点を当て、その効果を検証しました。
どのような実験を行ったのでしょうか。
森田:実験では、二人の実験参加者に、VR空間に表示される標的に向かって腕を伸ばし、アバタの指で触れるというリーチングタスクを課しました。その際、三つの条件を設定。①他者とは融合せず、自己の動作のみがアバタの動作に100%反映される「ソロ条件」、②自己の手の動きと他者の手の動きをリアルタイムで50%ずつ融合したアバタを操作する「リアルタイム条件」、そして③自己の手の動きと、事前に記録された他者の手の動きを50%ずつ融合したアバタを操作する「プレレコーディング(プレレコ)条件」で、比較検討しました。「リアルタイム条件」の場合、二人はアバタの動作に応じて各々の動きを調整することが可能ですが、「プレレコ条件」では、他者側は全く調整してくれないという違いがあります。
この三つの条件で実験を行ったところ、リアルタイム条件の方が、プレレコ条件に比べてリーチング軌道の直進性が有意に優れ、またリーチングにかかる時間も短いことがわかりました。この結果は、アバタを操作する参加者同士が相手に合わせて自分の動作を調整しており、融合しているときの効率的な動作を実現していることを示唆しています。
また実験参加者に、各融合条件における自身の「行為主体感」や「身体所有感」について質問したところ、リアルタイム条件において最も低いという結果になりました。つまり参加者は、主観的には自分だけでアバタをコントロールしているとは感じていないにもかかわらず、融合身体を用いた際の効率的な動作が可能になっていると考えられます。
続いて行った研究は、これまでの成果をより強固に裏づけるものになりました。先と同様に、三つの融合条件で融合身体アバタを使った実験を実施。ただし今回は、実験参加者にあらかじめ融合条件を告知する際に工夫を加えました。ある実験参加者のペアには、正しい情報を告知し、別の実験参加者のペアにはリアルタイム条件への参加時に「プレレコ条件」と、またプレレコ条件への参加時には「リアルタイム条件」と、実際とは異なる条件を教示しました。
結果は、どちらの参加者においても、リアルタイム条件でタスクを行った方が動作効率が高くなりました。つまり事前知識に関係なく、参加者はアバタの腕に反映された他者の動作に対応して、自らの動作を調整していることが明らかになりました。
最新の研究についてもお聞かせください。
森田:融合身体アバタを使うと、動作効率が向上することはわかりましたが、果たしてそれは、他者と「身体(アバタ)を共有」するからなのか、それとも「動作を共有」するからなのか、新たな疑問が湧いてきました。そこで最近の研究では、アバタを使った実験で、「身体共有」と「動作共有」それぞれの効果を比較検討しました。
VR空間で、二人の参加者がアバタの左右の腕を操作し、球の載った棒を持ち上げるリフトタスクを実施。「身体共有」条件と「動作共有」条件で、タスクを課した結果、「動作共有」条件の場合にのみ、達成成績が向上することがわかりました。このことから、融合身体による動作パフォーマンスの向上は、「動作共有」に要因があるのではないかと推察しています。
今後の研究計画をお聞かせください。
森田:VR空間での融合身体という新しい技術を用いた研究で得た知見を「他者理解」の探求につなげたいと考えています。心理学において、「自己とは何か」を身体的・行動的・社会的・心理的に定義する「自己理解」に関する研究蓄積は数多くありますが、一方で「他者とは何か」を定義することは、非常に難しい課題です。
実世界において「身体」は、自己と他者とを物理的に隔てる明確な境界であり、「自分ではない他者」を認識する上で極めて重要なものといえます。融合身体が可能になるVR空間を用いた研究を通じ、「動作」という視点から、「他者らしさ」を捉えることを試みたいと考えています。