立命館あの日あの時

<懐かしの立命館>学校新聞にみる戦後初期の立命館高等学校の自治活動 後編~学内協議会の誕生まで~

  • 2022年07月26日更新
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1)中高初の立候補公選制
 1948(昭和23)年11月30日、改正された規約に基づいて自治会の正副委員長選出の公聴会は、狭い運動場に中高全生徒約2000名が集まり、立候補者の立会演説を聞いて投票しました。1905(明治38)年の学校創立以来初めての歴史的な全校選挙でした。こうして第四代自治委員長に村上一夫が選出されました【写真6】。村上は、この時の高等学校新聞部局長であり、京都新制高校新聞連盟(注14)の委員長でもありました。

高校自治活動6
【写真6】 立命館タイムス 第9号 
1948年12月17日発行
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 また、この規約によって4つの委員会が設置されました(注15)。
 このうち自治活動の中心となったのが企画委員会でした。全校自治委員長・副委員長の立候補公選制を採用していくこととし、自治会の権限を明文化した規約内容は軍政部からも優れていると注視されました。
 また、学校が日常行っている生徒管理の下請け的な任務を行ったのが風紀委員会でした。戦後急速に流行した野球の影響で狭い校庭でバットや棒切れを振り回してはならない。屋上で遊んではならない(喫煙場所にもなるため)。登下校の通学で下駄禁止。昼食後や休憩時間に校外への外出禁止などで、教師と共に管理する側の補助を行いました。敗戦からの社会的混乱や風紀の乱れは、中高生の学園生活にも大きく影響していたようで、喫煙や賭博から新聞記事になるようなことまであったため、学校側も指導に手を焼いていたような状態でした。
 このほかに事務室会計の代行などを行う事務委員会、困窮する家計をたすけるためアルバイト斡旋や募金、バザーを行う厚生委員会がありました。

 しかし、この自治会規約に従うと実際の活動や運用のなかで中高生徒に応じた課題を取り上げることが困難になりました。そのため中学校と高等学校の自治会を分離することと、自治会と学友会の併合(この形が現在の生徒会組織)が議論されるようになり、早くも12月にはこの分離と併合が全校で承認され、1949(昭和24)年度から新制度でスタートすることになりました。生徒たちは、自分たちの学校生活のなかに、しっかりと自治の考え方を実現しようとしていたのでした。

2)末川総長辞任問題と高校生
 1948年12月、末川博総長の辞表提出は、学園全体に大きな波紋となって広がりました。1月になって学園をあげて留任と総長公選制で動くなか、判断が未定であった高等学校自治会では、会議を開き「総長公選の選挙権獲得」と「学園民主化へ努力する」ことを決議し、今小路覚瑞校長理事(注16)を通じてこの決議文を理事会に提出しました【写真7】。学園の理事会評議員連絡会から提示された総長公選に関する選挙規定では高校生徒代表が1名でしたが、立命館神山高等学校、立命館夜間高等学校を加えた高校生たちは、圧倒的多数の賛成により三校を通じて選挙人3人が適当であると理事会に申し入れました。その結果、申し入れ通りに選挙規定が修正されることになりました。高校生たちにとっての末川総長復帰運動は、総長を再認識すると共に、学園民主化には自分たち高校生も積極的に参加していかねばならないということを学んだのでした。

高校自治活動7
【写真7】立命館タイムス 第10号 
1949年3月5日発行
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3)立命館高等学校学内協議会の誕生
 立命館高等学校では、末川総長復帰への運動が盛り上がるなか、「学友会」と「自治会」を併合させる機構で「生徒会」が1949年4月に誕生しています(注17)。
 創刊から「立命館タイムス」はほぼ隔月で発行されていましたが、1949年の一年間には第10号(3月5日)と第11号(12月15日)の2号しか発行されず、9か月もの空白がありました。新聞部内で問題発生による遅れが原因のようで、第11号にはその遅れを謝罪する記事が掲載されています。この空白のため、併合の経過や名称変更の理由を詳しく知ることはできません。ただ、代議会議長塚田照夫が投稿している「立命館タイムス」第11号の記事には当時の立命館高等学校の実情が書かれています。それによれば、
 「4月から新しい構想の生徒会が出発した。国際国内情勢の窮迫を告げている今日、その新しい自治意識の集中的な表れとして本校生徒会が着々とその建設的努力を怠らず誠実に前進していることは嬉しい。学園を明るくしようとする動きが見えてきた。学内協議会が結成され、文化祭の立案など文化的にもあらゆる点で先生、生徒を一丸とした学校生活の充実への努力がなされている。このように全校的に活動が軌道にのってきた感がある。」(注18)

 「自治会」と「学友会」が併合するかたちで誕生した立命館高等学校生徒会の初代会長には、それまで学友会会長であった阿蘇登が就くこととなりました。その後の生徒会は、9月には学内協議会規約草案委員会、12月には生徒側カリキュラム委員会立ち上げ、翌年1月には高校教員会議に生徒代表で生徒会役員が出席するなど意欲的に活動を展開していたことが「立命館タイムス」に紹介されています。その中心であったのが副会長の五十棲隆で、1950(昭和25)年1月には初めての生徒会長選挙で五十棲が第二代生徒会長に当選しました。五十棲は弁論部に所属していて2年生の10月に全国弁論大会で優勝を果たしたほどの雄弁な人物でした(注19)。

 五十棲会長は、「立命館タイムス」で次のような呼びかけをしています。
 「この1,2年の生徒会活動の低調さの最大の原因は以前の運動が知的な批判の上に行動されていなかったことで、一般会員と生徒会役員の間の溝を埋め打開し、学校側と常に協議し、学校全体が一致団結することが大切だ」(注20)
 この五十棲会長発言の力となったのが、「立命館高等学校学内協議会」(略して学内協)でした。この学内協成立には次のような経過がありました。
 1949年1学期の生徒大会の決議から、生徒会では生徒の学校行政参加に伴って職員会議、教学委員会等全ての学校側会議への生徒の出席を学校側に申し込みました。
当時、副会長の五十棲が職員会議にも教学委員会にも生徒代表として出席したのですが、この後に今小路校長は、「生徒を常に出席させることはできないが、先生と生徒の代表が互いに学園の進歩発展に対する諸問題について協議する会議を設けた方がより効果があるだろう」と前向きに回答し、実現することになりました(注21)。
 規約案作成のための原案会議が学校側(上田勝彦教頭、柳田暹暎教諭)と生徒代表(五十棲、林慶一の副会長2名)の4名が出席して、議論を重ねられました。この協議会の目的は規約の第二条に次のようにと明示されています。
 「本会は教職員生徒が互いに協力して学園の民主的な運営を通じて学校生活を刷新し、進歩的建設的な校風を樹立するを目的とする。」
 こうして誕生した学内協は、1951(昭和26)年の立命館高等学校要覧に規約が掲載され、平和と民主主義を教学理念にうたう立命館高等学校として対外的にも大きくアピールしていくことになりました【写真8】。この時の「立命館タイムス」第12号(タブロイド版8頁)には「発行部数1万部を数え、全国の高等学校と京都府下の中小学校へ贈呈する」との記事が掲載されています。末川総長、今小路校長らの座談会を「全国に誇る自由の学園立命」との大見出しで紹介した特集記事を含め、生徒会も新聞局も積極的に変わる立命館を発信しようとしていました。

高校自治活動8
【写真8】 1951年度 立命館高等学校 学校要覧
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 生徒達が自ら戦後民主主義の開拓者となろうと意欲的に活動した自治活動の大きな結晶がこの学内協議会だともいえるでしょう。この学内協では授業、クラブ活動、施設など学校生活全般にわたる内容を議論していますが、なかでも特筆できる議題には、学費、教学改善、生徒用水洗トイレ改修、自転車置き場増設、制服自由化、修学旅行復活などがあり、生徒会運動の歴史を物語る課題を取り上げてきました【写真9】。

高校自治活動9
【写真9】 立命館タイムス 第86号 1962(昭和37)年3月7日発行
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 この「学内協議会」は、教職員と生徒が互いに協力し、学校の民主的運営を通じて学校生活をよりよく充実させるために、立命館高等学校生徒会活動の支柱として現在も後輩たちに引き継がれています。

2022年7月26日 立命館 史資料センター 調査研究員 西田俊博


注14 京都軍政部CIEの後援を受けて1948年5月9日に結成。加盟は市内の高校で西陣、桂、中京、山城、桃山、堀川、桃山女、中京(女)、東山、大谷、立命館。
注15 「立命館タイムス」第8号 1948年10月23日発行
注16 国語教諭として1922年に立命館中学に勤め、戦前には第一、第二、第三、商業学校などの校長を務め、戦後も中学校・高等学校の校長を務めて退職。その後は大阪の学校法人学園長、大学長を長年務めた。
注17 自治会を生徒会と改称することになったのは、1949年に文部省が発表して生徒会 指導観の基調となった「新制中学校 新制高等学校 望ましい運営の指針」が出されてからである。次いで文部省は、1950年3月に「中学校・高等学校 管理の手引」を発表し、このなかで校友会(学友会)と生徒自治会との併存を解消し、生徒会にまとめられるべきであるとしている。
 1951年の立命館神山高等学校学校要覧には「本校における生徒会は旧生徒自治会を発展的に解消せしめたものであって、生徒自治活動を生徒自身の手で規律化し併せて生徒の福祉を図ることを目的としている」と書かれている。
注18 「立命館タイムス」第11号 1949年12月15日発行
 「躍進する自治活動」塚田代議会議長に聞く
注19 「立命館タイムス」第11号 
 東邦高等学校主催、中部日本新聞社などが後援の第七回全国高等学校優勝弁論大 会で全国から選出された74人の弁士が出場。「教育の危機と学生の覚悟」と題した演題で全国優勝を果たした。
注20 「立命館タイムス」第12号 1950年2月9日発行
注21 「立命館タイムス」第11号
 「学内協議会結成される」学園の進歩と発展の為に

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