立命館あの日あの時

<懐かしの立命館>昭和初期の立命館中学校・商業学校(Ⅵ) 「立命館禁衛隊」表紙に紹介された写真から

  • 2026年03月17日更新
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(1)第40号 表紙写真「国清殿聖像前に點ぜられた『消えずの燈明』」(昭和9年1月) 

禁衛隊Ⅵ1
【写真1】

 前回(Ⅴ)で紹介したように、立命館学園では明治天皇を学園の守護神として祀ることに決定し、1932(昭和7)年8月、その奉安所である国清殿を立命館大学(広小路学舎)の校地内に竣工しました。9月22日には西園寺公望公が大学を訪問していました。
 その後、中川小十郎総長は、国清殿正面に銅製灯篭一対を奉献しました。1933(昭和8)年12月31日、この灯篭に奈良の橿原神宮御神灯の齋火を頂くため、総長の孫である中川重一、草木英一(注1)、塩崎達人(注2)の3名が派遣されました。往復4時間以上をかけて提灯で持ち帰られた齋火は、梨木神社の宮司・神官らによって燈明点火の儀が執り行われ、「消えずの燈明」として灯り続けたのでした。


(2)第43号表紙  1934(昭和9)年6月発行
    表紙写真【写真2】の説明文はなし
禁衛隊Ⅵ2
【写真2】

 広報誌「立命館禁衛隊」の表紙を飾る写真はしばらく中断し、この1934(昭和9)年6月のものになります。写真は、まだ木造2階建て北大路学舎であった校庭中央に掲げられた大きな鯉のぼりです。当時の天長節(昭和天皇の誕生日)4月29日の日に、皇太子誕生の初節句を祝って立てられたものでした。本文中説明には「中央に五十間(注:1間は約1.8m)の杉丸太、五間の真鯉、三間の緋鯉は壮観な姿」とあります。写真から大きさが見てとれますが、五十間という長さは現実離れした誇大表示か誤植としか考えられません。
端午の節句の5月5日には全校教職員が校庭に整列して皇太子殿下万歳三唱が行われています。それが【写真3】です。
禁衛隊Ⅵ3
【写真3】(立命館 史資料センター所蔵写真)

 1937(昭和12)年には、立命館中学校商業学校の校舎改築のため掲揚できなかったため、大学(広小路学舎)の校庭で鯉のぼりが挙行されました【写真4】。鯉のぼりの風習はごく普通に見られた光景でしょうが、一般民家でもまだ二階建ての少なかった時代に、皇太子の節句を祝うための巨大な鯉のぼりは、人々の目にどのように映ったでしょう。
禁衛隊Ⅵ4
 【写真4】立命館大学「立命館学誌第200号」(立命館 史資料センター所蔵写真)

(3)第44号 表紙写真「東京見学旅行」(昭和9年7月)

禁衛隊Ⅵ5
【写真5】

 1934(昭和9)年5月、中学校商業学校2校各2組の4グループ(引率教員各3名)に分かれて二泊三日の行程で東京伊勢方面へ修学旅行を実施しています。急な決定であったようで、生徒の感想文(「立命館禁衛隊第44号」掲載)にも驚いたと書かれていました。
 それ以前には、遠足や飯盒炊爨を実施していましたが、修学(見学)旅行としては初めての行事でした。5月24日~6月7日に中学校(32、33名)商業学校(40、38名)の5年生たちが、2泊のうち1泊を夜行(寝台ではない座席車両)という強行日程で参加したのでした。
 
 第1日目 京都駅 8時20分発(蒸気機関車「櫻」号) 自由席で乗車時間約8時間(専務車掌は偶然にも先輩卒業生)~ 国府駅で電気機関車に乗り換え ~ 東京駅着 
 東京駅の混雑の中、禁衛隊中隊旗を先頭にゲートル姿で皇居へ行進
 東京でのガイドは立命館出版部の職員2名。(軍隊のような隊列行進に他の宮城参拝客らは唖然と見つめていた、と生徒の感想文に書かれていた)。
 第1泊目を中川総長邸(東京市淀橋区諏訪町で現在の新宿区西早稲田)で宿泊することになっていたため、生徒たちは山手線に乗車して新宿駅から総長邸へ向かいました。年頃の男子生徒たちは、夜は遅くまで、朝は早くから騒いだようで、旅行後の総長夫人への礼状すべてに騒いだことへの詫び文が添えられていました。
 第2日目は、バス2台(小型で車体黄色、バスガイド2名添乗)に乗車して、陸軍士官学校、靖国神社、乃木希典邸、泉岳寺(四十七士の慰霊)、宮城で再び礼拝。そこで【写真5】の記念写真撮影。【写真5】はその時の中学校5年1組でバスガイドと立命館出版部職員。その後、銀座にある立命館出版部を見学。建物の前で校歌を高らかに合唱して自由行動。4時間ほどの銀ブラ後、東京駅に集合して夜行列車に乗車。
 第3日目の朝食は名古屋での駅弁。そして、伊勢神宮参拝。昼食を駅前で食べて、再び汽車に乗り、午後5時過ぎに帰洛。
 こうして、立命館付属校で初の修学旅行は、驚異的な強行日程三日間をこなして終えたのでした。

(4)第45号 表紙写真「作業の獲物」(昭和9年9月)

禁衛隊Ⅵ6
【写真6】

 立命館中学校商業学校には耕作作業という時間が設定されていました。1932(昭和7)年に入学した1年生たちは、わずか1坪ほどの土地を掘り返して草花の種をまく程度で、花が少し咲いただけでした。2年生になると、学校から1里(約4㎞)ほど離れた場所に千三百坪の土地を買い取り、農園にするためほとんど毎日通い鍬をふるって耕し、イモ、ナス、トマトなどを植えていました。そして、3年生となった1934(昭和9)年には、荒れ地は見事な農園となり、7月の大収穫の日を迎えたのでした。【写真6】のように積まれたジャガイモは生徒たち一人に1貫目あまり(約3.8㎏)支給されました。「立命館禁衛隊」第45号には、持ち帰って家族らと食べた時の感想が書かれていますが、汗を流して作物の収穫を得た喜びと味わいの感激が、生徒たち大きな体験と共に伝えられていました。
 こうした勤労体験は、後に学徒勤労動員の農作業で活かされていくことになるのでした。

注1:中川総長の好栄夫人(兄は草木家の当主で邦彦。邦彦の長男が戦死したため次男の英
一が草木家当主となった)。1931(昭和6)年に中学校商業学校の職員として就職し、
後に大学職員となったが1935(昭和10)年に退職。
注2:清和中学校第5回(1911年)卒業生。京都帝大文科哲学専攻卒。立命館中学校校長
を経て、立命館学誌編纂委員。その後、大学教授。 

2026年3月17日 立命館 史資料センター 調査研究員 西田俊博

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