教員紹介
- 哲学・思想
大西 琢朗准教授
- 所属専攻:
- 哲学・倫理学専攻
- 専門分野:
- 論理学・論理哲学
私たちの思考体系は、さまざまな部品の組み合わせでできていて、それらの部品はそれぞれの原理にしたがって動いています。それらのうち、もっとも基礎的で普遍的な原理を「論理法則」と呼びます。論理学はそうした論理法則を明らかにし、分析する学問です。ただし困った(けれどおもしろい)ことに、個々の論理法則はどれも明快で、どう考えても正しいと思えるのに、それらを適当に組み合わせてしまうと、ときに齟齬や矛盾が生じてしまいます。私たちの思考体系に潜むそんなバグやエラーを見つけ出して、それをうまく解消できるように思考体系を再設計すること、これが論理学の重要な仕事のひとつです。
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加國 尚志教授
- 所属専攻:
- 哲学・倫理学専攻
- 専門分野:
- 西洋哲学
私の研究は、20世紀フランスの哲学者モーリス・メルロ=ポンティ(Maurice Merleau-Ponty 1908-1961)の存在論の研究です。これまで、彼の遺稿の研究を中心に、『自然の現象学』(晃洋書房 2002年)、『沈黙の詩法』(晃洋書房 2017年)といった著作を発表してきました。また共訳としてジャック=デリダ『触覚 ジャン=リュック・ナンシー』(青土社 2006年)、モーリス・メルロ=ポンティ『コレージュ・ドゥ・フランス講義草稿 1959-1961』(みすず書房 2019年)を出版しました。これからもメルロ=ポンティの著作の翻訳を行う予定です。
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心と体、生と死、自己と他者、「同じ」と「違う」などの対立概念を、私たちは日々用いています。こうした概念は伝統的なものですが、現代フランスの哲学者ジャック・デリダは、その伝統が一種の閉域を形づくっていると考え、それを外へと開こうと試みました。この思想が「脱構築」と呼ばれ、20世紀後半の人文学に大きな影響を及ぼします。私の研究テーマは、こうしたデリダの思想を解明することです。その成り立ちを明らかにし、展開を追いかけながら、歴史、時間、他者、暴力といった諸問題の核心に迫っていくところがこの研究の醍醐味です。
COLUMN
学生時代にデリダに受けた衝撃がいまも研究の動機
哲学・倫理学専攻
亀井 大輔
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私は、ドイツの哲学者エトムント・フッサール(1859–1938)の考案した現象学という方法論を研究しています。そして、この現象学を用いて、「他者」というテーマに取り組んでいます。他者の存在を証明するのは、実はとても難しいことです。私は、自分の心を内側から感じ取るのと同じようにして他者の心の中に入り込むことはできないからです。しかし、私はたしかに他者と出会い、他者が私にとってどうでもいい存在ではないことを、痛いほどに思い知っています。こうした「出会い」や「思い知り」に秘められているものを厳密な言葉で解き明かしてみたくて、哲学の研究をつづけています。
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倫理と呼ばれる決まりごとはわたしたちの生活のすみずみに浸透していて、ふだんはその成り立ちを意識することも少ないかもしれません。けれども、ひとたびその根拠をもとめて「倫理はどこからやってくるのか」を考えはじめると、それがなかなか厄介な、しかし興味の尽きない問いかけであることに気づきます。わたしは「自律」をめぐる現代の倫理学、「想像力」に関する近世ヨーロッパの哲学史、そして「信頼」を主題とする学問諸領域の思考を手がかりとして、倫理の起源を解き明かすことを目指しています。
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20世紀米国の哲学者ジョン・ロールズの正義論を中心とした規範倫理学や政治哲学、ならびに生命倫理・スポーツ倫理等の応用倫理学を研究しています。研究対象となるトピックは多種多様ですが、これらに共通するのは公平性に対する関心です。例えば、社会制度のあり方は人々の人生の見通しを生まれながらにして大きく左右します。では、どんな社会が公平な社会でしょうか。また、勝利のためならどんなに汚いプレイも厭わないというスポーツ選手は、反則さえしなければフェアプレイの精神に則っているのでしょうか。こうした重要だけれども曖昧な倫理の言葉の意味を具体例に即してひとつひとつ解きほぐして行く点に、私の研究の面白さがあります。
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教育を成り立たせているのは、未だない新しいものが生じてくるかもしれないという希望ではないでしょうか。この意味で、教育という営みには、今ある価値の枠組みをただ肯定するだけではなく、それを批判的に捉える視点が必要になります。私の研究テーマである「物語」は、教育に携わる人たちが、当たり前に見える教育のあり方を問い直し、生きた教育の意味を再び語りだすうえで、とても重要な見方です。教育や教育問題をめぐる言葉が、自閉的で排他的になっている状況を分析したうえで、教育をめぐる語りを豊かな意味生成へとひらくことを志向するのが、私が進めている臨床教育学的な研究です。
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生まれ、育ち、老い、死にゆく人間の生涯の歩みを、総合的に捉え直す「教育人間学」を研究しています。
「自分はどんな人間か」を説明する際、人は自分の人生の物語を語ります。「物語」は、納得できる筋立てで人生を意味づける力を持ちますが、特定の筋立てに私たちの生き方を縛りつけもします。人間は「物語る」生き物ですが、生きることは決して物語り尽くせません。「物語」が人生を硬直させるとき、それを緩めるのが「笑い」です。また「かなしみ」は、生きることのままならなさと物語りきれなさを感じ続ける力の源泉となる感情です。「物語」を軸に、人間として生きることの不思議さについて考えを深めていく。それが私の研究です。
「自分はどんな人間か」を説明する際、人は自分の人生の物語を語ります。「物語」は、納得できる筋立てで人生を意味づける力を持ちますが、特定の筋立てに私たちの生き方を縛りつけもします。人間は「物語る」生き物ですが、生きることは決して物語り尽くせません。「物語」が人生を硬直させるとき、それを緩めるのが「笑い」です。また「かなしみ」は、生きることのままならなさと物語りきれなさを感じ続ける力の源泉となる感情です。「物語」を軸に、人間として生きることの不思議さについて考えを深めていく。それが私の研究です。
COLUMN
慣れ親しんだ「人生の物語」を再考し、人はなぜ生きるのかに丁寧に向きあう
教育人間学専攻
鳶野 克己
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