アジア・マップ Vol.01 | エジプト

読書案内

嶺崎 寛子(成蹊大学文学部・准教授)

一般向け
小杉泰『エジプト・文明への旅 : 伝統と現代』日本放送出版協会、1989。
 多作な小杉泰先生の本の中でも特に、小杉先生のエジプト経験の長さとエジプト理解の深さが如実に反映されている、一般向けの本。面白さは折り紙付き。非常に読みやすく、アラブの中のエジプトの立ち位置や、ムスリムの生活感覚を軽妙に、わかりやすく描き出します。出版年の古さはその価値を減じません。今のエジプトをよく知る人には、何が変わり、何が変わっていないのかを知るための良い手がかりになるでしょう。
牟田口義郎『カイロ』文春文庫、1999。
 文芸春秋の「世界の都市の物語」の中の一冊。詩人でもあった(らしい)牟田口義郎の独特の語り口はするするとリズムが良く、読者を飽きさせません。時系列に沿って、サラディンやシャジャルッドゥル、ムハンマド・アリーなど、それぞれの時代の代表的な人物を、具体的で印象的なエピソードを交えて描きます。結果的に、歴史の舞台としてのカイロが浮かび上がってくるでしょう。カイロについて知りたい方にまず勧めたい、はじまりの一冊です。
マギーブ・マフムーズ(ナギーブ・マフフーズ)、塙治夫(訳)『バイナル・カスライン』河出書房新社(新装新版)、2006。
 アラブ文学を代表する、エジプトのノーベル賞作家による大河小説で「カイロ三部作」の第一作。タイトルのバイナル・カスラインは旧市街(イスラミックカイロ)の由緒ある通りの名前で、現在はムイッズ通りと呼ばれています。二つの大戦を挟んだ時代に、ある商家の人々が歴史に翻弄されつつ、生き抜くさまを描いた大河小説です。アラブ版『百年の孤独』。
師岡カリーマ・エルサムニー『変わるエジプト、変わらないエジプト』白水社、2013。
 「アラブの春以降、大きく揺れるエジプト。一方で、悠久の歴史を誇るこの国で変わらないもの、愛され、大切にされているものとは何か。ふつうの人々の生活や文化をもとに描きだす」と、白水社のサイトにあります。期待に違わない面白さで、エジプトの人々の師岡カリーマ・エルサムニー氏は名エッセイストだとしみじみ、思わされました。白水社は「ユーチューブで楽しむエジプト」と題し、関連する映像もサイトにまとめてくれています。https://www.hakusuisha.co.jp/news/n12286.html
中町信孝『アラブの春と音楽:若者たちの愛国とプロテスト』UDブックス、2016。
 中世アラブ文化史の研究者が書いた、現代エジプトの革命と音楽についての本。アラブの春と音楽のかかわりを読んでいるうちにエジポップに詳しくなれます。YouTubeで実際に音楽を聴きつつ、読むのがおすすめです。読者も気づけばエジポップにはまっていることでしょう。
浅川芳裕『カイロ大学』ベストセラーズ、2017。
 カイロの魅力は何と言っても圧倒的な喧騒と、突き抜けたパワフルさです。音と匂いは現地に行かないと体験できません。記録的な人口爆発に悩まされ、常に渋滞で雑多、混沌として乱雑で、人々はかしましくかつ逞しく、ともかく活気にあふれた街、カイロ。そのコントロール不能な混沌とした力を体現するのがカイロ大学です。摩訶不思議で一筋縄でいかない姿を描いた本書は、エジプトの今を、独特の視座から見せてくれます。
研究書
嶺崎寛子『イスラーム復興とジェンダー:現代エジプト社会を生きる女性たち』昭和堂、2015。
 本書の問は「主体的にムスリマ(ムスリム女性)であるということは、当事者にとってどういうことか」です。ムスリマと共に暮らし、女性説教師が主催するイスラーム勉強会に出て、彼女達がウラマーに電話で寄せた悩み相談を聞きまくり、あくまで当事者目線で、2000年代カイロのイスラーム復興をジェンダーの視座から読み解いた民族誌です。彼女たちが抱えるトラブルや悩み、解決策の模索などの多くの具体例は、彼女たちの世界観や宗教観を雄弁に語ってくれます。作者としては、特にファトワーにフォーカスした4章を読んでくれると嬉しいです。
ウンニ・ヴィカン、小杉泰(訳)『カイロの庶民生活』第三書館、1986。
 カイロの一般庶民の気持ちを知りたい方には、一押しです。女性の文化人類学者が庶民街でフィールドワークをして書いた、市井の人々の息遣いが感じられる民族誌です。相互監視、妬み嫉み、足の引っ張り合い等々が、赤裸々に活写されています。なぜ、どういう理路で彼女たちはそのような行動をとるのか。彼女たちの考え方と世界観を知る面白さに浸ってください。
鳥山純子『「私らしさ」の民族誌』春風社、2022。
 登場人物は皆、キャラが立っています。本書は文化人類学者がかつての職場―2000年代エジプト、カイロ郊外の私立学校―を舞台に、二人の同僚と校長、三人をメインキャラとして、社会のなかに生きる「個」の個性とややこしさに注目して人との関わりと女性の経験を描いた、ある種のオートエスノグラフィーです。知られざるエジプトのリアルを描き出して、読者を飽きさせません。教育や女性のキャリア形成についても触れています。
フリードリヒ・ラゲット、深見奈緒子(訳)『アラブの住居』マール社、2016。
 カイロの魅力は多々あります。なかでも「千のミナレットを持つ町」という二つ名が示すように、イスラーム建築、殊に歴史的建造物の多さとその美しい佇まいは大いに人を惹きつけます。中東の住居の建材、建築材料、工法、建築手法、間取りなどを豊富な図版を交えつつ説明する本書は、アラブの都市空間を理解する上で必携の書です。エジプトに留まらず、広くアラブ地域をカバーしています。イスラーム都市の都市空間のからくりを教えてくれます。

書誌情報
嶺崎寛子「エジプトの読書案内」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, EG.5.04(2023年3月29日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/egypt/reading/