人気のRPG(ロールプレイングゲーム)やファンタジー映画、中世ヨーロッパをモチーフにしたマンガやアニメなどにしばしば「アーサー王」という名前が登場する。アーサーは、5世紀末からブリテン島で語り継がれてきた英雄伝説上の人物である。中世初期、大陸から侵攻してきたゲルマン民族を退けた勇敢な戦士アーサーの武勇伝が「アーサー王物語」だ。一地方の伝承がいつしか国を超え時を超えて現代の日本にまで伝わり、今なおさまざまなポップ・カルチャーに影響を与え続けている。
中世イングランドの言語と文学を専門とする岡本広毅はそうした中世アーサー王物語に特別な魅力を感じ、研究対象としてきた。とりわけ「アーサー王物語という中世の文学がその後の時代にどのように受容・享受されていったのか」に注目している。
岡本によると、長くケルト系ブリトン人の間で口承されてきたアーサー王の物語が外へと広まり始めたのは12世紀。ジェフリー・オブ・モンマスによって初めて記述されると瞬く間にヨーロッパ全域に伝播し、広く愛好されるようになっていった。それ以降数百年にわたって数々の書き手によって新たな物語が紡ぎ出され、読み継がれてきたという。
「現代になってアニメやマンガ、ソーシャルゲームなどメディア媒体が多様化する中で、アーサー王物語はさらに多彩な展開を見せています」と岡本。例えば冒険やファンタジーを題材にしたゲームには、アーサー王物語のような中世ヨーロッパに伝わる古い物語にルーツを求める作品が数多くある。中でも岡本は多様な受容のあり方の象徴的な形として2004年に発売された『Fate/stay night』というコンピュータゲームを挙げる。「Fate(フェイト)」シリーズは現在も世界屈指のダウンロード数を誇る人気のRPGで、ゲームには西洋の伝説や歴史に関するキャラクター、アイテムなどが数多く登場する。その中で核となる「ヒロイン」として活躍するのがアーサー王であるという。アーサーを女性化するという大胆な改変について岡本は「こうした変幻自在のスピンオフ、無数の変奏こそがアーサー王物語の真骨頂だといえます」と語る(『Fate』シリーズに関しては、『いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか』第二部、滝口秀人「女性アーサー王受容之試論-『Fate』シリーズを中心に」[165-182頁]を参照)。
先述のようにアーサー王物語は12世紀に成文化されて以降、さまざまな尾ひれがつき、膨大な物語が派生していった。「円卓の騎士」達の中からランスロットやガウェイン、パーシヴァル、トリスタンなどの騎士を主人公にした物語が生まれ、本家を凌ぐ人気を得ている。「こうして多様に派生するプロセスこそが中世アーサー王物語の本質であり、『Fate』にも見られる現代における受容のされ方、その過程は図らずもそのオマージュになっています」と岡本は考察する。
こうした日本におけるアーサー王の受容の歴史は明治時代にまでさかのぼる。日本初のアーサー王小説は、夏目漱石が執筆した「薤露行(かいろこう)」(1905年)であると岡本の編著の中で紹介されている。明治・大正期には「アーサー王物語」のさまざまな翻訳が出版されたが、その中には想像で描かれた挿絵もあるという。「円卓の騎士は長髪に口ひげを蓄え、中世の遊牧民族のような衣を纏っています。中世西洋の騎士についての知識がほとんどなかった当時の日本における極めて興味深い受容の一つの形だといえます」(詳しくは『いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか』第一部、山田攻「明治・大正アーサー王浪漫-挿絵に見る騎士イメージの完成過程」[20-41頁]を参照)。
いったいなぜアーサー王物語は時空を超え、今も人々を惹きつけてやまないのか。岡本はその最大の魅力を「『歴史とロマンス』の関係」にあるとする。岡本によると「ロマンス」とは元来「ローマ人の言語である『ラテン語』から俗語の『ロマンス語』に翻訳された作品」を意味していたという。12世紀以降のフランスで、文芸作品を自国の言語に翻訳する「ロマンス化」の動きが盛んになった。中でも多く翻訳されたのが、超自然や魔法、巨人やドラゴン、冒険や恋愛が登場するファンタジーや冒険物語、騎士道物語だったことからそれらを指して「ロマンス」といわれるようになったという。
「アーサー王物語は古代ケルトに伝わる歴史を基調にしながら戦や冒険、恋愛、魔術、神秘といった『虚構』を纏っています。『史実と虚構』『歴史とロマンス』の絶妙なバランスがこの物語に説得力と驚き・興奮の両方を与えています」と岡本。「歴史という大きな流れの中で生きている人間の小さな過ちや恋愛などの些細な情念がやがては王国の崩壊をも導いていく。大きな共同体の運命が小さな存在によって動かされたり、またその逆もある。そこに人々の心を揺さぶる要因があります」と分析する。また岡本はイギリスの作家カズオ・イシグロのアーサー王伝説を題材にした作品『忘れられた巨人(2015)』にも同様の魅力を見出している。「この作品でも、共同体の『ヒストリー』が『残酷』な個人の『ストーリー』に収斂していくのを目の当たりにします。『ファンタジー』という衣を着ながらその下に潜む生々しい歴史の実態に踏み込んでいるからおもしろい」と読み解く。
アーサー王物語の受容の歴史はここで終わりではないだろう。今後どのように派生し、展開していくのか。行く末も楽しみだ。