「多くの日本人にとってアフリカは遠い大陸です。深刻な貧困や犯罪・紛争の問題も、ここ10年余りの急激な経済成長も、日本では『自分たちの生活には関係ない』とほとんど顧みられることはありません。しかし地球規模に視点を広げた時、本当に無関係だといえるでしょうか」。
そう問いかけるのは新聞記者を経て現在、アフリカを専門に研究する白戸圭一だ。関心はアフリカにおける安全保障や紛争問題をはじめ日本の対アフリカ外交や対アフリカ投資、アフリカに関するメディアの報道など多様な側面に及ぶ。白戸は記者時代から表層的な事実を報じることに留まらず、学術的な視点で普遍的な問題に捉え直し、その意味を深く掘り下げることを重視してきた。中でも特派員としてアフリカに赴任し、ライフワークとなったのが、アフリカを「暴力」の視点から切り取る取材だったという。
白戸は2004年から4年間、南アフリカ共和国(南ア)のヨハネスブルクに特派員として駐在し、サハラ砂漠以南のいわゆるサブサハラ・アフリカの48ヵ国で取材を行った。「この時期アフリカは資源開発に沸き、急激な経済成長の途についたところでした。しかしこの資源ブームはアフリカ各国で絶望的なまでの経済格差と、それに伴う治安の崩壊を引き起こしました」と振り返る。取材の際白戸が常に念頭においていたのが「暴力が結ぶ貧困と繁栄」という視点である。「先進社会とアフリカがいかに『暴力』を媒介にして強く結びついているかを明らかにすることで、日本の人々の関心を喚起したいと考えていました」とその理由を語る。現地に足を運び、犯罪者も含めて当事者に話を聞き、巨大な格差から生じる絶望や憎悪がさまざまなかたちの「暴力」を生み出し、その石礫が先進国にまで飛んでくる構図を浮き彫りにしてきた。
日本でも有名になった英文のEメールによる詐欺もその一つだという。メールは軍高官の家族などを騙る者が一時的な資金援助を請う内容で、指定された口座に金を振り込めば後日高額の謝礼を払うというものだった。「詐欺の主犯は南アを拠点にするナイジェリア人犯罪組織で、南アの刑法になぞらえて『419事件』と呼ばれました」。白戸はナイジェリア人犯罪組織が台頭した背景に、同国の絶望的な富の格差とそれに伴う社会秩序の崩壊があることを詳報している。
白戸によると、ナイジェリアでは1956年に最初の油田が発見されて以降次々と油田開発が進み、2004年には国家の歳入の70%を原油と天然ガスが占めるほどの巨大産業に成長した。各地の油井からくみ上げられた原油は世界中に輸出され、ナイジェリアに莫大な富をもたらしたが、大多数の人はその恩恵に浴することはなかった。
油田周辺の村々を取材に訪れた白戸が目の当たりにしたのは、電気も通らない集落で貧困にあえぎ、無気力に暮らす人々だったという。「ナイジェリアの製油所は精製能力が不十分なため、産油国でありながら原油を一度輸出し、国外で精製した石油を再輸入しています。おまけに油田地帯の村々には電気が来ておらず、住民は自家発電機を使っている。その燃料は再輸入した石油です。壮大な矛盾だと思いませんか?働く気力や秩序を守る意思が失せるのも無理はありません」。白戸はそのように分析し、こう続けた。「格差社会の底辺から染み出した犯罪が『419メール』となり、アフリカから遠く離れた日本に波及してきたのです」。
ナイジェリアだけではない。白戸はコンゴ民主共和国東部の鉱物資源が紛争の資金源となっている構図や、スーダン共和国で15年以上も続いてきたダルフール紛争中のスーダン政府による苛烈な人権弾圧の実態も明らかにしている。ダルフール紛争では、中国企業による石油開発の収益がスーダン政府の人権弾圧を間接的に支えているとされ、国際社会の批判の的になったという。「アフリカの混乱は犯罪やテロ、麻薬の密輸、疫病の流布などさまざまな形の『暴力』となって先進国側にブーメランのように帰ってきます。それに気づけば、遠い国の貧困や暴力を『関係ない』と見過ごすことはできないはずです」と語る。
こうした問題に解決策を見出すことはできるだろうか。「特効薬はありません。それを自覚した上でどうすればいいかを考え続けていくことが重要です」と答えた白戸。そのための手だての一つが研究であり教育であると力を込めた。白戸自身も研究だけでなく、立命館大学で教育にも情熱を注いでいる。開講するゼミ「ジャーナリズムの実践」では、調べる力や分析する力、考察する力など、あらゆる問題に向き合う上での基盤となる能力を育むことに力点を置いている。「目の前の情報を疑う『目』を持つと同時に、自分自身の考えや行動も『間違っているかもしれない』と疑う感覚を持ってほしい」と白戸は言う。「間違ったり、失敗したりするかもしれない。しかしそれでも既存の枠を超えて未知に挑戦する若者を後押ししたい」と意気込む。