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  • ISSUE 13:
  • サステイナブル

スマホ向けアプリでギャンブル依存症を治療する

精神科に行けずに、ギャンブルの問題に直面している方々に届けたい。

横光 健吾総合心理学部 助教

    sdgs03|

ギャンブルやオンラインゲーム、酒、タバコ…。本来生活に刺激や潤いを与え、人生を豊かにする娯楽や嗜好品も、つきあい方を誤ると自らの生活や人生を破綻させ、家族や周りの人をも巻き込む危険なものになる。

こうした特定のものや行為に対する衝動をどうしても抑えられない依存症は、単なる性格的な傾向などではなく精神疾患の一種である。横光健吾はギャンブル依存症をはじめとしたさまざまな依存症について臨床心理学の視点から研究している。

横光によると、国内でギャンブル障害を患っている人は全体で約0.8%、20歳代では3~5%に上る。障害と診断されるまでには至っていなくても、過度のギャンブルのために生活苦に陥っている人は300万人を超えるという。

これだけ多くの人が苦しんでいるにもかかわらず、日本では依存症を研究する心理学者は少なく、臨床事例も多くない。「精神科や神経内科に対する否定的なレッテルや精神疾患に対する偏見が、専門的な治療や支援を必要とする人の足を遠ざけている現実もあります」と横光。必要な人に必要な支援が届いていない。こうした課題の解決に近づく画期的な手だてとして、横光はギャンブル渇望に対処するスマートフォン向けアプリケーションの開発を思い立った。

開発中のギャンブル渇望対処アプリケーション。ユーザーに欲求が生起する可能性の高い場所と時刻を登録してもらい、 登録した場所に近づく/時刻になると、ポップアップ通知が届き、 危険な状況の可能性を伝える。ポップアップ通知を受け取ったユーザーは、その時点の自身の欲求レベル(0~100)と気分状態(ネガティブ=0~100=ポジティブ)を評価。その後、事前に登録した対処方法(パートナーや知人に電話をかける、スマートフォン内の画像を見るなど)が提示される。

「認知行動療法の学習理論に基づくと、ギャンブル行動は『刺激への暴露』『ギャンブル渇望の生起』『行動の生起』『報酬獲得』の4段階で説明されます」と横光。例えば「パチンコ店の前を通り過ぎる際に音を聞いたり店の中を見たりする」といった刺激をきっかけとして「パチンコをしたくなる」渇望が湧き、「パチンコをする」という行動に移し、最後に「現実逃避によって楽しい」気持ちを得るといった流れを踏む(さらに、結果として、金銭的な報酬を獲得できることもある)。「アプリ開発では、この一連の流れの中でも『刺激への暴露』と『ギャンブル渇望の生起』にアプローチすることに焦点を当てます」。

認知行動療法は、ギャンブル行動の抑制に有効とされている治療法の一つだ。横光が行った先行研究のレビューやメタ分析でも、病的なギャンブル行動に対する治療数が最も多く、かつ治療効果に関する報告も多いことが明らかになっている。さらに横光はこれまで報告されている認知行動療法について網羅的に調査・分析し、治療構成要素と症状の改善効果を整理。「刺激への暴露」と「ギャンブル渇望の生起」に対する治療が重要な治療構成要素であることを突き止めている。

「実際の認知行動療法では、対面のカウンセリングなどでまずギャンブル行動につながりそうな危険な刺激について口頭で確認したり、場合によってはノートやスマートフォンなどに記録したりします。それらの記憶を頼りに日常生活で刺激に近づくことを回避したり、刺激を受けても『ギャンブルをしたい』という渇望を抑えたり、再発を防ぐような対処につなげます。これらをリアルタイムにスマートフォンの力を借りて実践しようとしています」と横光はアプリケーションの「肝」になるところを説明した。

アプリケーションでは、危険な刺激にさらされそうな場所と時間を事前に登録しておくと、その地点や時間に近づいた時に回避を促すアラートがユーザーに送られる。さらに刺激を避けるのが難しい場合は、渇望を起こさないような対処法が自動的に提示される仕組みになっている。例えば好きなゲームアプリや動画、大切な家族の写真など刺激や渇望から気持ちを逸らすためのツールをあらかじめ入れておけるよう設計されている。

「渇望が生起するまさにその瞬間に、渇望の回避と対処の手がかりを提供することでギャンブル欲求、ひいてはギャンブル行動を抑えることができます。日常生活の中で即時的に問題行動をコントロールするような治療要素を盛り込んでいるところが、他にはない特長です」と横光。とりわけギャンブル障害の治療で最も重要な「渇望対処」に特化した治療は、国内外のいずれにおいても開発されていないという。

アプリケーションが完成すれば、これまで治療を受けることのなかった・できなかった層に対して、アクセスしやすい治療法を提供できるようになる。さらにログデータを蓄積・分析することで、より効果の高い治療法の開発につながる可能性も膨らむ。「どのような場所や時間が刺激暴露の危険性が高いか、またどのような方法が危険の回避に効果的かなど、大量のデータが集まれば属性ごとにギャンブル行動につながる危険性の高い条件を予測したり、それを効果的に回避・抑制したりする方法を編み出すことも可能になります」と横光。開発したアプリケーションは無料で配信することを予定しており、臨床においてもまた研究者にとってもその波及効果は計り知れない。

「日本ではギャンブル障害に対する臨床実践も研究実践もまだ萌芽段階だ」と語った横光。今回のアプリケーションの開発がその芽を大きく伸ばすことになるかもしれない。そして、「このアプリケーションの開発は、福井大学大学院工学研究科の長谷川達人氏の協力がなければ実現できなかった」と横光。長谷川氏が横光のアイデアを実現可能に設計してくれたとのこと。両者の出会いが、依存症治療の未来を大きく変えることになるかもしれない。

横光 健吾YOKOMITSU Kengo

総合心理学部 助教
研究テーマ

ギャンブル障害、及び様々なアディクションに対する認知行動療法に関する研究、嗜癖行動の生起メカニズムの解明に関する研究、テクノロジーの臨床心理学への応用に関する研究

専門分野

臨床心理学、ギャンブル依存症