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  • ISSUE 14:
  • QOL

モバイルヘルスが医療とヘルスケアの未来を変える

スマートウェアで身体の状態をモニタリングし、健康や幸福につなげる

児玉 耕太テクノロジー・マネジメント研究科 准教授

曹 剣飛テクノロジー・マネジメント研究科 博士課程後期課程

    臨床・健康|
  • QOL
    sdgs03|

身体の状態や運動量を測定し、不調の兆候を知らせてくれたり、健康増進についてアドバイスしてくれたりするスマートフォンのアプリケーションやスマートウォッチは、いまや当たり前の存在になりつつある。さらに近年は、IoTやAI(人工知能)などの技術の進歩によって、モバイル端末やウエアラブルデバイスを医療サービスに利用する「モバイルヘルス(mHealth)」に対する関心も高まっている。「しかしモバイルヘルスをより広く普及させていくには、まだ越えなければならない障壁がいくつもあります」。そう語る児玉耕太は、技術と制度の両面からモバイルヘルスを巡る課題に迫り、社会実装を推進する方策を探っている。

研究の一つは、モバイルヘルスに関する要素技術を開発するというボトムアップのアプローチである。スマートウォッチやスマートウェアといったウエアラブルデバイスで体調や身体活動をモニタリングして健康状態を判断できるIoTシステムを開発し、それを労働現場の環境改善や働く人の健康・安全維持に役立てようというのだ。これまで国土交通省や環境省、ゼネコンなどとの産学官連携で、システム開発と実証実験を行ってきた。

児玉の指導の下、共に研究に取り組むのが、曹剣飛だ。児玉と曹は、企業の協力を得てバイオセンサーと加速度センサーを搭載したスマートウェアやスマートウォッチを作製し、心拍数、転倒の有無を判断する身体活動、年齢やBMI(体格指数)、熱中症の指標となるWBGT(湿球黒球温度)などの測定値から、ロジスティック回帰分析によって健康リスクを導き出すアルゴリズムを構築。「健康リスク判断モデル」を開発した。「取得した生体情報からリアルタイムに健康状態を判断し、リスクが高まると作業を軽減したり、作業環境を変えることによって、作業員の健康と安全を守りながら生産性や労働力を効率的に高めるヒューマンリソースマネジメントが可能になります」と曹は説明する。

開発に続いて曹らは実際に建設現場で作業員にスマートウェアを着用してもらい、実証実験を行った。その結果、89.2%という高い精度で健康リスクを判定できることを確かめている。さらに実証研究を重ね、実用性の向上に取り組むとともに、よりよく生きるための指標へと応用範囲を広げることを目指す。「生体情報から『幸福』度を測定することで、QOLやwell-beingの向上に貢献したい」と児玉は将来を描く。

「技術研究の成果は医療機器や医薬品開発にも応用できます」と続けた児玉。IoTやAIを活用したモバイルヘルスの技術開発は急速に進んでおり、技術的にはこうしたスマートデバイスを病気の早期発見や自動診断に活用することも可能になっている。特にいち早い適用が期待されるのは、精神疾患の治療だという。「認知症や統合失調症、うつ、双極性障害などさまざまな精神疾患に苦しんでいる人は大勢います。ところが病気の特性や病気に対する偏見などから、自ら病気を認めて病院に行くことを拒む人が少なくありません。もしIoTやAIを搭載したモバイルヘルスがあれば、患者のプライバシーを守りながら、24時間体制で患者の話を聞いたり、サポートやアドバイスを提供することもできるようになります」と児玉は語る。

その実現を阻んでいるのは、技術ではなく、技術の進展に法律や規制の整備が追い付いていないことだ。最も技術開発や普及が進んでいるアメリカでも、いまだモバイルヘルスの適用に関する規制は明確に定まっていないという。「とりわけ日本では、公的保険の枠組みに組み込まれなければ、ビジネスとして持続的に社会に実装していくことはできません」と児玉。こうした現状を打破し、医療機器や治療にモバイルヘルスを普及させるには、制度面からのトップダウンの変革が不可欠だ。その一助となるために児玉は現在、アメリカ、フランス、そして日本の3ヵ国を対象に、医療機器におけるAIの使用に関する法律と政策の比較研究を進めている。

「医療機器や医薬品に関する規制は国際標準化が進められており、世界と足並みをそろえて整備していく必要があります。とりわけこの分野の先進国であるアメリカとEUの現状を知ることは、日本の政策立案にも役立つはずです」と意図を語る。研究では、医療機器や治療へのAIの活用に関する3ヵ国の政策の違いを明らかにするとともに、それぞれの国でモバイルヘルスの受け入れに影響する因子を突き止めようとしている。「医療的な評価だけでは承認には結びつきません。モバイルヘルスという新技術が社会に導入された時、社会システムはどう変化するのかも含め、社会的な視点からも影響要因を明らかにしたい」と言う。

ライフサイエンステクノロジーをいかに事業化し、社会へ橋渡ししていくか。児玉は学術分野からその解を提示していく。

日仏財団設立10周年記念式典(フランス大使館)にて
(左から)児玉准教授、ローラン・ピックフランス大使、セバスチャン・ルシュヴァリエフランス国立社会科学高等研究院教授・日仏財団理事長

児玉 耕太KODAMA Kota

テクノロジー・マネジメント研究科 准教授
研究テーマ

医療者非介在型モバイルヘルス(mHealth)社会実装のための要素・システムデザイン研究

専門分野

生命・健康・医療情報学、医療技術評価学、経営学、医療社会学

曹 剣飛Cao Jianfei

テクノロジー・マネジメント研究科 博士課程後期課程
研究テーマ

モバイルヘルス(mHealth)に関する社会科学研究

専門分野

技術経営学、生命・健康・医療情報学