カテゴリーで探す
キーワードで探す
  • ISSUE 14:
  • QOL

自らの内から新しいビジョンを生み出す「意味のイノベーション」

デザイナーの思考プロセスを活用するにはどうすればいいか。

後藤 智経営学部 准教授

    経営・経済|
  • QOL
    sdgs09|

近年、ビジネスの世界で「デザイン・シンキング(デザイン思考)」という言葉をよく耳にするようになった。日本でも企業の多くがこぞって経営にこれを取り入れようとしている。「しかし日本の企業がデザイン・シンキングを実践するのは、それほど簡単ではありません」。そう指摘するのは後藤智だ。後藤は「デザイン・シンキング」に関する理論研究を行うとともに、優れたデザイナーが実践するこの創造的なプロセスを、デザイナー以外の人が活用するにはどうすればいいか、その方法論を探求している。

後藤によると今日本社会で認識されている「デザイン・シンキング」は、外部の観察を起点として、そこで発見したユーザーの暗黙的なニーズに応える「ユーザー中心」のデザインプロセスを指す。このユーザー中心のデザインは顧客に過度に焦点を当てることで時にソリューションの提供に留まり、これまでにない価値をもたらすような「革新的なイノベーション」が起こりにくいことが指摘されている。そうした批判の中で重視されるようになってきたのが「意味のイノベーション(Innovation of Meaning)」をもたらすデザイン・シンキングだ。この思考方法は、デザイナーが外からではなく自分自身の中から新しい意味を生み出すことによって革新的なイノベーションをもたらす方法論です」と後藤。経験豊富で優秀なデザイナーは、ユーザー中心のデザインだけでなく、キャリアの中で蓄積してきた経験や日常生活の中で形成した個人的な視点で問題を解釈し、自らの「内部の知識や信念」に依拠してアイデアを創造する。こうした内発的な動機からアイデアを創出するプロセスは「インサイドアウト」と呼ばれ、「意味のイノベーション」に不可欠なものとされる。

「企業を相手にするBtoB業界では、従来顧客のニーズや問題にソリューションを提供する製品が求められてきました。そうした組織の中にいるエンジニアは専門知識や技術に依拠するあまりに認知的なバイアスがかかり、内的な発想に欠かせない広い視野を持ちにくい傾向があります」。自身もBtoB企業でエンジニアとして製品開発に携わってきた経験からそう問題を明示した後藤は、専門知識や技術に依拠する狭いフレームワークから脱却し、自らの内にある価値観や目標から新しいビジョンを生み出す理論を構築するとともに、その実践モデルを開発。実際に国内の自動車内装部品メーカーの新商品開発に実装し、アクションリサーチを試みた。

新製品開発プロジェクトのメンバーを対象に後藤がまず行ったのが、人文社会学に関する知識の習得だった。「社会の仕組みや文化の機能を知ってもらうことが目的でした。また禅僧を講師に迎えて仏教における思考についての講義を行うなど多様な専門家との対話を通じて視野を大きく広げることで認知的なバイアスを緩和し、それまでとは異なる視点の獲得を促しました」と言う。その結果、プロジェクトのメンバー全員の視点を「テクノロジー中心」から「人間中心」へと変えることに成功した。

「この研究によって組織の価値観と目標を過度に内面化することが、どれほど『意味のイノベーション』につながるアイデアの創出を妨げているかが改めて明らかになりました」とした後藤。組織内の個人が過度に組織に一体感を持ち、組織の価値観を内面化するこうした「オーバーアイデンティフィケーション」は、日本の多くの企業で見られると明かす。「日本の企業はもともと集合主義的な文化を持ち、社員一人ひとりが組織文化を共有し、一枚岩になって大きな能力を発揮することで今日まで発展してきました。ものづくりの現場では、オーバーアイデンティフィケーションを利用することで誰が抜けても一定の品質を保てる生産体制を維持することもできた。こうした日本型マネジメントがあったからこそ、日本は世界に冠たるものづくり大国に成長したといえます」と解説する。

こうした組織の中で個人のアイデンティティが持つ価値観や目標は完全に消失してしまい、時には自らの幸福さえも犠牲にすることも厭わなくなるという。こうした組織のオーバーアイデンティフィケーションは、新しい価値をもたらすようなアイデアを創出する上では大きな障壁になる。「人は企業人としてのアイデンティティだけでなく、家庭や趣味の世界など多様なアイデンティティを持っています。そうした多様な個人のアイデンティティこそが『インサイドアウト』の源であり、イノベーションのカギになる。属人性こそが意味を持つのです」。

多様なアイデンティティを生かすことは、イノベーションにおいてはもちろん、個人にとっても「ワーク」と「ライフ」を隔てることなくやりがいや幸せを実現することにつながるという。

後藤の視線はさらに「個人」から「組織」へと向いている。「企業で革新的なイノベーションを実現していくには、個人を変えるだけでなくそれを活かす組織の変革が欠かせません。今後は組織アイデンティフィケーションの研究に取り組んでいきます」。

後藤 智GOTO Satoru

経営学部 准教授
研究テーマ

デザイン・シンキングにおけるアイデンティティの顕現性のマネジメント、構造化理論を用いた意味のイノベーションのモデル化

専門分野

デザイン学、経営学