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  • ISSUE 14:
  • QOL

「個」に着目した効率的な脳機能向上の実現

運動パフォーマンス向上の秘訣は個人に適した注意の向け方にある

櫻田 武理工学部 助教

    sdgs03|

脳機能障害に対するリハビリテーションやスポーツトレーニングにおいては、訓練効果が目に見えるまで時間がかかる上に、本人の努力に見合った成果が得られるとは限らない。「できるだけ効率的に最大限訓練効果を得られる方法があれば」と多くの人が願っているだろう。

櫻田武はヒトの神経系における認知機能研究からそうした願いに応える方法を探っている。近年、脳卒中によって運動機能障害を負った人のリハビリテーションで、より高い訓練効果を得ることにつながる研究成果を報告した。櫻田が着目するのは、運動中に人が「どこに注意を向けているか」だ。

「運動機能障害に対するリハビリテーションや健常者の運動学習においてパフォーマンスの向上を促進する要因の一つに『注意の向け方』があるといわれています。スポーツ心理学分野などでは早くからその重要性が指摘されてきました」と櫻田は語る。注意とは、脳に入ってくる膨大な情報を取捨選択し、重要な情報を優先的に処理するためのフィルターのような認知機能であるが、その「注意の向け方」には、自身の身体動作に注意を向ける“Internal Focus(IF)”と、運動のアウトカムなど外部環境に注意を向ける“External Focus(EF)”の二つがある(例えば、ボールを投げる場面であれば、腕の振り方や手首の角度に注意を向けるのがIFであり、投げた後のボールの軌道や投げる先の的に注意を向けるのがEFとなる)。これまでの多くの先行研究では、身体動作への注意(IF)よりも外部環境への注意(EF)の方が運動学習促進に有効であることが示されてきたという。しかし「果たして万人にとってEFは有効だろうか」と疑問を抱いた櫻田は、最適な「注意の向け方」に個人差があるかどうか実証実験を行った。

これまで、健常若年者・健常高齢者・脳卒中患者を対象にIF条件下およびEF条件下での運動課題を与え、パフォーマンスを比較した。その結果、EF条件下の方でより良い運動パフォーマンスを示した個人は、全体の約半数程度に留まり、個人の注意適正の見極めが運動パフォーマンス向上に重要であることが確かめられた。

「脳機能の個人差を考慮すれば、より効率的なリハビリテーションや運動訓練方法を考案できます。この知見を応用し、一人ひとりに適した『テイラーメードリハビリテーション』の提案につなげていきたい」と櫻田は語る。

そもそも「注意を向ける」といった認知機能を司っているのは、脳である。「人によって運動中の最適な注意戦略が異なるということは、その認知処理に関わる脳機能に個人差があることを意味します」と続けた櫻田。既存の研究で、注意機能を担う領野として前頭前野や頭頂連合野の重要性が知られているが、櫻田はこれらの領野との機能的な関係性を持つ低次感覚野(体性感覚野および視覚野)に注目する。これらの領野は身体感覚情報および視覚情報が脳へと入力される入り口となる領野である。櫻田は健常若年者を対象として、運動中の注意適正個人差が体性感覚野や視覚野の応答として現れることを発見した。具体的には、IFが適した個人は、振動刺激に注意を向けた時に観察される誘発電位脳波の応答が強まりやすく、逆にEFが適した個人は、視覚刺激に注意を向けた時に観察される誘発電位脳波の応答が強まりやすいことを実証した。

脳活動を直接計測する脳波のほか、モーションキャプチャシステムによって計測される身体動作や、アイトラッキングシステムによって計測される目の動きなど、脳の機能を反映する応答を多角的・統合的に評価する。様々な生体信号情報を組み合わせることは、個々人の脳機能の特徴をより正確に可視化することにつながる。
ニューロフィードバック訓練の様子。脳波として計測された脳活動状態は、リアルタイムに解析され、映像や音などの情報としてフィードバックされる。訓練者は、自身の脳活動状態をモニターしながら、その脳活動を望ましい状態へ誘導することを目標とし、注意を適切に向ける能力を獲得していく。
製作した振動刺激装置の試作機。
ブラシレスDCモータを利用することで電気的ノイズを低減している。モータの回転運動を、突起の上下運動に変換することで振動刺激を呈示する。
人差し指から小指の先端に対して、任意の振動周波数での刺激を呈示することが可能。今後、手のひらサイズまで装置を小型化する予定。

さらに櫻田は現在、このような低次感覚野に関して得てきた知見を応用し、注意機能訓練のための「ニューロフィードバックシステム」開発に取り組んでいる。

「ニューロフィードバック」とは、計測した脳活動を使ったバイオフィードバックの一種である。脳活動計測機器とコンピュータ、そして人を結び、計測した脳活動をリアルタイムで解析、それに基づいて自分で自分の脳活動を制御できるようにするというものだ。「『ニューロフィードバック』の利点の一つは、普段目に見えない自分の脳の状態を可視化できるところにあります」と櫻田は言う。特に、「注意を向ける」といった認知的処理においては、本人が注意を向けようと努力していたとしても、実際に適切に注意が向けられているかどうかをその場で確かめることは難しい。つまり、注意を向けた“つもり”になっているだけという可能性がある。もしその注意状態を本人がリアルタイムに確認できれば、正確に注意を向けるコツを習得でき、より効果的なリハビリテーションや運動学習につながるはずだ。

櫻田は、先の研究成果をもとに目的の誘発電位を生じさせるノイズレスな刺激呈示装置を製作するとともに、脳波応答を解析して注意状態をフィードバックするアルゴリズムを構築。自身の身体や外部空間に注意を向ける機能を訓練するシステムの開発に取り組んでいる。このシステムで利用している脳波は、その他の認知活動由来の脳波と比べて信号が強く、計測しやすいというメリットがある。「感覚刺激に誘発される脳波を利用するこのアプローチは、将来的にシステムを小型化しやすく、リハビリテーションやスポーツトレーニング現場へ実用化するハードルが低い。さらに、脳機能個人差を考慮した学習則を採用していることから、従来の訓練システムに比べ、より多くの人に最大限の恩恵をもたらすことが可能となる」と櫻田はその優位性を語る。

2021年、この研究を発展させるため新たなプロジェクトをスタートさせた。「ニューロフィードバックシステム」の研究を進め、脳卒中によって注意機能障害が生じた患者を対象としたリハビリテーション医療機器の開発を目指すという。今後櫻田の研究が、脳機能障害からの回復に力を尽くす人々の光明になると期待される。

櫻田 武SAKURADA Takeshi

理工学部 助教
研究テーマ

リハビリテーション機器開発、運動機能障害および認知機能障害のためのテイラーメードニューロリハビリテーションプログラム提案

専門分野

ニューロリハビリテーション、リハビリテーション科学・福祉工学、身体教育学、スポーツ心理学、制御・システム工学