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  • ISSUE 17:
  • 家・家族

親密な関係に潜む暴力。加害者の心理を解き明かす

家族に暴力をふるう男性の「脱暴力」を支援する

中村 正産業社会学部 教授

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家は、多くの人にとって安全で心安らげる場所である。しかしその密室性ゆえにDVや虐待といった暴力が見えにくいという問題も孕んでいる。「とりわけ家族の中では、『愛の鞭』『しつけ』などとして日常的な暴力が容認されてきました」と中村正は指摘する。

中村は対人暴力、特に親密な関係の中で起こる暴力に関する研究において日本の先頭を走ってきた。長く日本社会で見過ごされてきた私的で親密な関係性における暴力や虐待を理論化・見える化することで、社会の認知や政策に影響を与えている。 「家族の問題は、複雑でやっかいなものです」と中村。それゆえ日本では「私的自治の原則」の名のもと、家族間の暴力が放置されてきた現実がある。中村によると、人権の観点から日本でも「家族にいかに介入するか」が議論されるようになったのは、2000年頃のことだ。問題となる恋愛を対象にして2000年、ストーカー規制法が制定されたのを皮切りに、2000年、児童虐待防止法、2001年、DV防止法、2005年、高齢者虐待防止法と法整備が進み、「恐る恐る」ではあるが司法において親密な関係や家族へ介入が進んできたという。

だが「被害者保護が真剣に考えられるようになる一方で、置き去りにされたのが『加害者』です」そう語る中村は、早くから加害者臨床の重要性を訴えてきた。 「親密な関係で暴力をふるうのは多くの場合男性です」と指摘する中村。その根底には深く根差したジェンダー意識があると語る。しかしすべての男性が暴力を振るうわけではない。中村はこれまでの研究で、暴力をふるう男性のパーソナリティ特性とジェンダー、とりわけ男性性(男らしさの意識と態度)との関わりを明らかにしている。それによると暴力の加害者の中には、育つ過程で自身が暴力にさらされてきた者が少なくないという。「虐待などの逆境を『乗り越えた』という自負や弱い自分を克己して相手を打ち負かした経験の中で『暴力は正義』であるという意識とともに男性的な自己像を作り上げる。こうして暴力は『男性性』と分かちがたく結びついて男性たちの心と身体に刷り込まれていくのです」と解説する。

対人暴力は身体面だけでなく、言葉や振る舞いなどによる心理面にも及ぶ。親密な他者を心理的にコントロールする「関係性の暴力」は顕在化しにくいだけにやっかいだ。モラルハラスメントやマインドコントロール、ネグレクトの他、近年は子どもの前で親が家族に暴力をふるう「面前DV」も心理的虐待と捉えられるようになってきた。暴力の定義が「関係コントロール型暴力」へと変化してきた。

「こうした『関係性の病理』は、加害者に刑罰を与えるだけでは解決しません。臨床的な支援が不可欠です」と説く中村。アメリカやカナダ、イギリス、ドイツ、台湾や韓国などでは、治療的アプローチで問題に対処する「治療的司法(臨床法学)」が整備されているという。「問題解決型裁判」では加害者が抱える「問題」に焦点が当てられ、それを解決するために「受講命令」や「社会更生命令」など脱暴力へ向かう学習の機会が制度化されている。それに対し、「日本は諸外国に比べて加害者対策は無策であり、圧倒的に遅れている」と訴え続けてきた。そのため最近は招かれて内閣府や厚生労働省、自治体における政策検討の場にも積極的に参加し、政策・制度策定に尽力する。

研究や政策提言だけでなく「目の前の加害をなんとかする」ことにも重点を置く中村は、家族に暴力をふるう加害者たちの行動変容を促す「加害者臨床」にも力を尽くしてきた。近年京都府と共に取り組むのが、「DV加害者カウンセリング」だ。個人カウンセリングの他、薬物やアルコール依存、性犯罪の再犯防止などにも用いられるグループワーク手法を実践し、DV加害者が暴力に頼らない関係づくりを身につけられるよう支援する。脱暴力のためのコミュニティ(場)づくりだ。

また関西各地の児童相談所と連携し、「男親塾」を主宰。子ども虐待で児童相談所に介入され、親子分離された父親たち、DVを振るって悩む夫、恋人同士の暴力の加害者たちに「脱暴力」を促す取り組みを行っている。

同じ問題を抱える人間が集まり、自身の問題に気づいていくことから「男親塾」の「脱暴力」プログラムは始まる。「暴力をふるう男性たちの多くは、『子どもが悪いことをしたから』『母親の子育てが悪いから』といった理屈で『自分こそが被害者だ』と信じ、正義の名の下に暴力を正当化しています」と中村。グループワークを通じて、それぞれの生い立ちの中に埋め込まれた虐待の記憶やジェンダー意識を解体し、誤った正義感に基づく思い込みを解きほぐしていく。暴力を肯定する社会の意識や文化があり、それを男性的な自己主体として編み上げて構築した「暗黙理論」が内心にあり、暴力を養分として生きている姿があります。暴力ダメ絶対論や反省を強いるだけでは加害が潜在化していく。それを乗り越えていくことをとおして問題からの離脱が可能になるという。親密な関係性は暴力の住処ともいえると中村。通例、自分よりは力の弱い者に向かうのがこの種の暴力。つまり被害者に依存している卑怯な暴力とも語る。大いなる矛盾だ。その虚を突く対話も試みる。責任を召喚するためにだ。

関係性の病理は、家族関係だけでなく、友人や恋人、職場、SNSなど多様な対人関係で起こり得る。それだけに中村の守備範囲は極めて広い。暴力を促進させる男性性ジェンダーのマクロな要素と個人のパーソナリティ特性を確定する研究をもとに、そうではない関係性を構築するための協働したナラティブの場をつくりだす中村。その取り組みを語る中村の、男性たちに向けるまなざしはどんな時も温かい。

中村 正NAKAMURA Tadashi

産業社会学部 教授
研究テーマ

暴力の社会病理学的研究、男性性ジェンダー、臨床社会学の研究

専門分野

社会学(含社会福祉関係)