カテゴリーで探す
キーワードで探す
  • ISSUE 18:
  • ゲーム・遊び

立命館大学ゲーム研究センター発足10年……改めて振り返るこれまでとこれから

細井 浩一映像学部 教授

渡辺 修司映像学部 教授

    sdgs04|

ゲームは「貿易摩擦を起こさない創造産業」である

ー ゲームの「アーカイブ」と「作り手育成」という立命館大学ゲーム研究センター(RCGS)の異なる側面を担うおふたり。ゲーム研究・教育に出逢ったきっかけをお聞かせください。

細井:私は経営学が専門で、政策科学部が設置された1994年に本学に赴任しました。セガからセガサターン、ソニーからPlay Stationが発売され、任天堂一強だった家庭用ゲームの世界に競合が現れた年です。それから数年で、ゲームが一大産業になりつつあるという認識が社会的に広まりました。それ以前に日本が強かった自動車などのハードウェア産業は、他国の産業と衝突して様々な貿易摩擦を招きました。しかしゲームは、他国の経済を脅かすことなく広がった。日本の産業史にも前例のないことで、世界的にも驚きをもって受け止められました。この流れの中で私も、ゲーム産業を経営学の対象として捉えるようになりました。

渡辺:私は複数の企業でゲームの企画・開発に携わったあと、2007年から映像学部でゲーム制作を教えています。コンピュータ・グラフィクスを多く使ったロールプレイング・ゲームが流行して約10年が経ち、それを遊んで育った学生も多くいたのですが、自分が楽しんできたものと同じようなゲームを作りたいという意識を彼らから強く感じました。既存のゲームの模倣ではなく、いかにオリジナルの遊びを考えさせるのかは当初からの課題です。

ー 細井先生がゲーム研究を開始されたのは、RCGS設立の約15年前ですね。

細井:当時の大学では、産業としてのゲームに興味を持つ人はわずかでした。研究の進め方に悩んでいたところ、本学のリエゾンオフィスから、京都府商工部の山下晃正さん(現・京都府副知事)を紹介されました。山下さんがゲームについて、京都から世界へ展開して成功した産業であり、世界との文化的な架け橋にもなれるのではないかと評価されていたこと、大学がゲームに関する教育や人材育成に取り組むなら、京都府から任天堂にも協力を呼び掛けて産学官連携でバックアップしたいと考えておられたことは、本学のゲーム研究にとって幸運でした。

ー そして上村雅之先生と出会われた。

細井:任天堂との交渉には時間がかかりましたが、山下さんと一緒に何度かお願いに通っているとファミリーコンピュータの開発を主導された開発第二部長の上村雅之さんが興味を持ってくださいました。任天堂では過去のゲームの資料を整理してこなかったので、大学でそこを担ってもらえるなら人材育成に協力しましょう、と会社と社長を説得いただいて始まったのが、京都府と任天堂、本学の連携によるゲームアーカイブ・プロジェクト(GAP)だったのです。

成長するゲーム研究 ―「前例のない研究」から「みんなの研究・教育」へ

ー この後しばらくはアーカイブの充実に注力されたのでしょうか?

細井:そうですね。任天堂のほかセガやソニーなどの資料整理も行いました。上村先生にはGAPの立ち上げ以降、資料の提供やサポートだけでなく、本学の学生を親しく指導いただいたり、ゲームの本質である“遊び”の歴史や仕組みを学ぶ自主的な勉強会を立ち上げていただいたりと、ゲームの教育研究とも呼べる活動をご一緒するようになっていきました。そして2003年に先端総合学術研究科が設置された際、任天堂を定年退職された上村先生は、イメージや表現文化を扱う「表象」分野の専任教員として本学に赴任されます。後に赴任される渡辺先生もそうですが、「外からの眼」によって進められてきたゲーム研究に「内からの眼」が加わったという意味で、その後の方向性を決定づける重大な出来事でした。

渡辺:ゲームの作り手の育成は企業では行われていますが、彼らは醸造したノウハウを外に出してはくれません。そこから漏れ伝わってくるもの、作り手から大学人となった我々自身が到達したものを教えるしかないのです。多くのクリエイターは、ゲームはプレイヤー自身が遊びを発見し遊びを作っていくものだと考えていますが、学生はそうではありません。私の赴任当時の例を振り返っても、彼らは自分たちが過去に遊んできたゲームと似たものを作りたいという意識が強いため、まずこの意識を変えることから始めます。  ゲームをデザインする上で模倣すべきものは過去のゲームではなく、人間の体や心の動きです。ゲームプレイ中に「ジャンプして」と声を掛けられると、多くの人が自分で跳ぶのではなく、親指でボタンを押します。プレイヤーの体は動いていませんし、ボタンをもう一度押したら更に高く飛べるとか、壁を蹴ったらジャンプの方向を変えられるなどということは現実には不可能です。それでもプレイヤーはボタンを押すという行動を「ジャンプをした」と捉えます。このような一種の共感覚はどうすれば生み出せるのか。こういったことを考えていきます。

上村 雅之Uemura Masayuki

1943年東京都生まれ。千葉工業大学電子工学部電子工学科卒業。
任天堂に勤務し、ファミコン開発責任者として大ヒットを生み出す。2004年同社を退職後、立命館大学大学院先端総合学術研究科特任教授に就任。コンピュータゲームの学術的研究に尽力し、2009年から映像学部において「遊びの映像化」をテーマとしたゼミナールを開講し、後進の育成にも尽力した。2011年ゲーム研究センター(RCGS)の初代センター長に就任。2021年12月逝去。
著書『ファミコンとその時代』(細井浩一、中村彰憲と共著、NTT出版、2013年)

ゲームと社会のかかわり方の変化を受け、次の10年へ

ー 2011年4月設立のRCGSは2022年3月で10年の節目を迎え、更に10年の延長が認められました。

細井:本学のゲーム研究は、先端研や映像学部にとどまらず、知的財産や認知科学、AIなど、学部や研究科を越えて広がったため、育ってきた若手研究者の受け皿も兼ねた分野横断型の研究センターが求められました。設立後最初の10年は、所属する研究者の関心に応じて、主にゲーム自体を研究対象としてきたと言えますが、2010年台の中頃を境にゲームの社会的な意義や位置づけに変化があったため、次の10年ではゲームと社会の関係性やゲームを通じた人間同士の関係性に着目した新しい次元のゲーム研究に取り組むべきだと考えています。

渡辺:ゲームは今、初期からは想像できないほどに「みんなのもの」になりました。小・中・高校生の人気職業TOP5にゲームクリエイターが入り、プレイヤーのメインボリューム層は40~50代です。ビジネスとして成功したためもあり、多くの年齢層がゲームに誘導される時代になりました。

細井:本社会的影響も一層大きくなりました。例えば2019年にはWHOがゲーム依存は疾病だとする見解を出していますが、その捉え方や定義については研究者の間でも様々な意見があります。また、コロナ禍によって急激に加速したメタバース(仮想空間)も無視できません。会議や商談が対面から仮想空間に移り、多くの仕事がオンラインで可能になりました。我々の仕事である講義や研究も同様です。しかし、デジタル空間にオフィスを作り、自分のアバターが仕事をしていればそれで充分ではないのです。
我々の現実社会は国家や制度、組織を設計し、そこで生活するにはどのような知識や教養が必要か、人間関係をどう築くか、どんな家に住んでどんな服を着るかなど、人と人が対面で生きるための工夫に満ちています。一方、空間と時間のあり方を多様に設計できるオンライン環境では、人の振る舞いや社会の在り方を改めて考え直す必要があります。これまでに作られてきたゲームには、新しいデジタル社会において人々が長い時間を満足する形で過ごしていくための工夫が無数に蓄積されています。量質ともに、これだけの蓄積を社会に対して提示できる産業は他にありません。

渡辺:教員とオンラインで話すとき、今は多くの学生がカメラをオフにしますが、デジタル上での幸福が社会的にもっと認知されれば、動画やアバターで自分の姿を表すこともひとつのクリエイションになります。そしてゲームという空間では、多くの人が既にそれを行っている。デジタル世界での幸福について考えるとき、RCGSは今後も大きな役割を果たせると考えています。

立命館大学ゲーム研究センターRitsumeikan Center for Game Studies

ゲーム研究センター(RCGS)は、ゲーム分野で日本唯一の学術的機関として、2011年4月に設置された。伝統的な遊具や玩具から最新のテクノロジーを用いたゲームまで幅広いゲームと遊びを対象とし、総合大学の強みと日本のゲームの揺籃の地・京都という立地を生かし、国内外のゲーム研究拠点とのネットワーク構築を目指して、専門的かつ総合的な研究を行っている。また、産学官連携を促進する為、行政・公的機関とゲーム関連企業・団体を橋渡しする役割を積極的に果たすことをミッションとし、人文社会・情報学・芸術等の様々な研究者がプロジェクトを推進している。

立命館大学ゲーム研究センター

❶ RCGSの所蔵品検索データベース「RCGSコレクション」での検索結果表示画面の一例
❷ ❺ センター内倉庫で空調・湿度を綿密に調整し丁寧に保存されている所蔵品の一部
❸ ❹ RCGSが主催する国際学会や紀要

細井 浩一HOSOI Koichi

映像学部 教授
研究テーマ

文化資源としてのゲームアーカイブの構築と社会的活用、コンテンツ産業(創造産業)における市場構造とその発展、3D仮想空間を活用した日本文化研究環境の構築

専門分野

文化資源経営学、情報図書館学・人文社会情報学

渡辺 修司WATANABE Shuji

映像学部 教授
研究テーマ

ゲームデザインの基礎的研究、遊びのモデル化にもとづいた、ゲームデザインおよび他分野への応用研究

専門分野

デザイン学、感性情報学、エンタテインメント・ゲーム情報学、学習支援システム