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  • ISSUE 18:
  • ゲーム・遊び

運動能力のベースをつくるコオーディネーション運動

子どもの頃の運動遊びが、生涯にわたる運動能力を決定づける。

上田 憲嗣スポーツ健康科学部 准教授

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「鬼ごっこやかくれんぼなど、子どもの頃に経験する他愛のない遊びは、実は運動能力の発達に極めて重要な意味を持っています」。子どもの体力・運動能力向上について研究する上田憲嗣はそう語る。

「体の発達過程を器官ごとに類型化したスキャモンの発育発達曲線によると、脳や脊髄といった運動能力に関わる神経系器官は、10代前半までに発達がほぼ完了します」。この年齢期までにいかに適切な質・量の運動をするかで、その人の運動能力が決まってしまうというのだ。では神経系を発達させるには、いったいどのような運動をすればいいのか。上田が焦点を当てるのが、「コオーディネーション」といわれる運動だ。

「人間は、頭で考えてすべての体の動きをコントロールしているわけではありません。柔軟で自由度の高い運動は、関節や筋肉同士が協応し、動きを制御することで成り立っています。こうした各器官の複雑な連携、協応を可能にするのが、コオーディネーション能力です」と言う。上田によると、コオーディネーション能力は、主に7つの能力に細分化され、神経系が成熟するジュニア期には、その中でも反応能力、リズム化能力、バランス能力、空間的定位能力、運動筋肉感覚分化能力の5つを養うことが重要とされる。そしてこれらを培うのに打ってつけなのが、子ども時代の豊かな運動遊びだという。

「コオーディネーション能力をトレーニングで鍛えるには、前提条件があります。一つは、ある程度技術の習得がなされていること。例えばお手玉遊びの場合なら、玉を握る、それを上に投げ上げるといった遊ぶためのベースとなる技術が必要になります。もう一つは、運動自体の完成度を求めないことです。コオーディネーショントレーニングの最大の目的は、どうやったら上手にできるかを本人が考え、試行錯誤するところにあります。運動を完璧にできたら、その余地がなくなってしまいます。そのためトレーニングでは、少ない反復回数で多くの異なるエクササイズを行ったり、条件をひんぱんに変えたりして常に内容をアップデートし、トライ&エラーを促進することが求められます」

草津市の小学校で実施したコオーディネーショントレーニングの一例
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上田は多様な対象向けにコオーディネーショントレーニングの方法やプログラムを開発し、その効果を検証している。その一つが、滋賀県草津市の小学校で小学5年生の児童50名を対象に行った実証研究だ。両腕両足を操り人形のように動かす「マリオネット」、投げ上げたスカーフをつかみ取る「スカーフキャッチ」、閉眼片足立ちや押し相撲といったバランス運動など、上田が考案したコオーディネーショントレーニングを週3回5週間にわたって実施。「トレーニングの前後に動作コオーディネーション能力テストを行い、反応能力と分化・定位能力を評価したところ、それらの能力が有意に向上しました」と、トレーニングの効果を確かめた。

さらに最近の研究では、コオーディネーショントレーニングが通常の運動と脳神経レベルでどう違うのかも検討している。実験では、大学生の男女を2グループに分け、一方のグループにスラックライン(綱渡り)、もう一方にエルゴメーター(自転車こぎ)運動をそれぞれ30分間行わせた。スラックラインは、バランス能力を鍛えるコオーディネーション運動の一つに分類できる。

それぞれ運動後にMRIで安静時脳活動履歴を計測したところ、非常に興味深い現象を捉えたという。「スラックライントレーニングに取り組んだグループでは、第一次運動野と、認知機能に関わる背外側前頭前野の間の血流(情報伝達)に有意な関係が認められました。この結果は、バランストレーニングはエルゴメーター運動より脳機能の改善に役立つ可能性を示唆しています」

本研究の功績は、これまで確かめるのが難しいとされてきた、運動が脳に及ぼす効果を客観的データで捉えたことだ。今後は、この結果をもとにより適切な運動プログラムを構築することが可能になる。それに加えて特筆すべきは、コオーディネーショントレーニングが、運動能力だけでなく認知機能の向上にも寄与する可能性を示したことだ。「今後の研究で、コオーディネーショントレーニングと学習能力との関係についても探っていきたい」と上田は展望している。

コオーディネーショントレーニングは、トップアスリートの育成においても重視されている。上田も宮崎県や京都府と連携し、スポーツタレントの発掘・育成プロジェクトに参画。子どもたちの運動能力の可能性を見極めるためのコオーディネーショントレーニングプログラムを開発・提供している。「さらに運動能力の発達が終わった青年期以降でも、怪我しにくく、長くパフォーマンスを維持できる体づくりにコオーディネーション運動が有効であることが報告されています」として、立命館大学で一般向けにもコオーディネーショントレーニング教室を開講している。これからも研究と実践の両輪でコオーディネーションの可能性を追求していく。

上田 憲嗣UETA Kenji

スポーツ健康科学部 准教授
研究テーマ

児童期の動作コオーディネーション能力診断テストの開発、短時間運動プログラムの実施が体力・運動能力に与える影響

専門分野

発育発達学、スポーツ教育学