脱炭素社会を実現するためには、まず実態を把握した上で目的に向けたシナリオを構築し、さらにその進捗を評価していく必要がある。橋本征二は、循環型社会の構築に寄与するため、シナリオやシステムの評価・分析、さらにそれを適切に評価するための手法開発に力を注いでいる。
シナリオ・システムの分析や評価手法の開発に取り組む
2020年10月、日本政府は「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラルを目指す」と宣言。2021年6月には「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を打ち出し、脱炭素社会の実現に向け、具体的な動きを加速させている。
「目指すべき社会を定めたら、そこに近づいていくためのシナリオをつくり、適切な指標で状況を計測・評価、進捗を点検していく必要があります」。そう語る橋本征二は、システム論的アプローチから主に資源循環に関わるシステムの評価・分析を行うとともに、計測・評価するための手法や指標の開発を行っている。最近では「物質のライフサイクルの段階」に着目した新たな指標体系を提案する他、2020年に発行された国際資源パネル(IRP)の報告書『資源効率性と気候変動:低炭素未来に向けた物質効率性戦略』に関与するなど、国内外にインパクトのある成果を発信している。
ライドシェアリングによるCO₂削減効果を算出
「現在脱炭素に向け、さまざまな取り組みが行われていますが、たとえCO₂を削減し、環境負荷を低減できても、社会的・経済的な課題があれば長続きしません。また例えば廃棄物を減らす試みが、他の環境負荷の排出を増やす原因になることもあります。一側面だけを見るのではなく、多様な側面を評価していくことが重要です」と言う橋本。脱炭素に関わる最近の成果の一つに、ライドシェアリングの環境・経済・社会側面を評価した研究がある。
ライドシェアリング(RS)とは、アプリ等で「ドライバー」と「同じ目的地に移動したい人」をつなぎ、さまざまな人と「相乗りドライブ」をすることである。移動コストの削減、CO₂排出の削減の他、高齢者などの交通弱者や公共交通機関が少ない地域のニーズに応える取り組みとして注目されている。橋本らは、長距離移動を主な対象としたRSサービスの提供会社から提供を受けたRSの実データを用いて、環境側面、経済側面、社会側面の評価を行った。
「2015年から2022年までの約56,000件の記録からRSが成立した19,000件を選び出し、その中でも都道府県をまたぐ長距離移動を分析対象として、それぞれRSを使用する場合と、RSを使用せずに自家用車やバス・鉄道といった公共交通機関を利用した場合とで比較検討しました」
まず環境側面について、CO₂排出量を指標に評価した結果、RSを利用すると、各々が自家用車を使用した場合と比較して、およそ1/3のCO₂排出量となり、またドライバーが自家用車を使い他の同乗者がバスで移動した場合と比較して、約1/2のCO₂排出量まで削減できる可能性が明らかになった。
続いて交通にかかる費用を経済側面、「RSを利用することで友達ができる」といった別の利用価値を社会側面として分析し、総じてポジティブな結果を得た。「総合的に判断しても、CO₂削減に貢献する効果的な取り組みといえます」と結論付けた。
ライドシェアリングを使用する場合としない場合のCO₂排出量
プラ製品を紙製品に替えた場合の環境影響を評価
また橋本は別の研究で、プラスチックから紙へと材料を代替した場合の環境影響についても評価している。「プラスチックは機能に優れた便利な素材ですが、近年、海洋汚染や廃棄後の燃焼によるCO₂排出が問題になり、紙など他の材料に代替する動きが進んでいます。しかしライフサイクル全体で見た時、紙製品に代替すれば環境課題がすべて解決できると判断することには疑問が残ります」と言う。橋本らは、これまでにいくつかの使い捨てプラ製品を紙製品に代替した場合の環境影響をライフサイクルアセスメントで評価してきた。また、プラ製品を紙製品に代替することが日本全体として環境にどのような影響を与えるか、シナリオ分析を行った。
「皿やランチボックス、コップ、ストロー、菓子袋、レジ袋、飲料容器等について、それぞれプラ製品・紙製品の生産段階と廃棄段階の環境影響を計算した上で、プラ製品の50%を紙製品に代替した場合の変化を分析しました。評価には、『日本版被害算定型影響評価手法(LIME2)』の環境影響項目を用いました」
その結果、レジ袋とそれ以外の包装用フィルム、硬質フィルム、ペットボトルの50%が紙製品に代替された場合、約243万トンのCO₂削減効果があると推計された。資源消費もアンチモン換算量で約520トン、48%削減されると算出された。その一方で、紙の材料である木材消費に関わる土地利用や、紙製造に関わる水資源消費、生体毒性、富栄養化※といった項目は相対的に増大することも示された。「これを見ても、単にプラスチックを紙に代替すれば問題を解決できるわけではないことがわかります」と橋本。
相反する複雑な側面がある中で、脱炭素への道筋を見つけていくのは容易なことではない。その実現に貢献するため、評価分析や指標開発に今後も尽力していく。
※プランクトンの急激な増殖などにより水質濁等の要因となる