観光は日本の数少ない成長セクターとして注目されているが、世界的に見ると日本の観光産業は稼ぐ力が弱い。大島知典は地域連携での宿泊施設の経営実践を通じて、サービスを高付加価値化する方策を探っている。
「おもてなし」の誤解を解くことが経営力向上の第一歩
観光は日本の数少ない成長セクターとして注目されているが、世界的に見ると日本の観光産業は『稼ぐ力』が弱い。観光庁が発行する『観光白書(令和5年版)』によれば、日本の観光GDP(国内で生産した観光サービスによる付加価値額)はコロナ禍前まで着実に増加してきたが、経済全体に占める割合は2%にとどまり、主要7か国(G7)平均の4%と比較して低い水準にある。「日本の観光産業は生産性が低いという構造的課題があるが、コスト削減や業務効率化のみならず、サービスを高付加価値化する必要があります」。そう語る大島知典は、ホスピタリティマネジメントの視点から、宿泊業をはじめとした観光サービスを高付加価値化する手法について、理論と実践の両面を研究している。
「おもてなし」という言葉に象徴されるように、日本では顧客の暗黙的な期待や要望を察し、それらを上回る価値をさりげなく提供することが美談として語られることが多い。大島は「日本の観光業界における『おもてなし』に対する勘違いが、稼げる産業への変革の足枷なっているのではないか」と疑問を抱く。「おもてなしは、文化的背景や生活習慣などのコンテクストが共有されていることを前提に、サービス提供者と顧客が暗黙的なコミュニケーションを通じてサービス価値を高める日本型クリエイティブサービスとして評価されています。しかし、おもてなしの実践には、顧客の暗黙的なニーズを汲み取るコミュニケーション能力と高付加価値なサービスを提供する高度かつ専門的なスキル、さらには顧客のサービス価値を深く認識する感度(サービス・リテラシー)とサービス価値を高めようとする態度が求められます。研究を通じて、観光の現場ではこれを実践する難しさが見えてきました」と言う。
ホスピタリティマネジメントによってサービスの高付加価値化を実現
大島は「日本の観光産業は『おもてなし』から脱却し、『ホスピタリティマネジメント』を実践する必要があります」と言う。ホスピタリティマネジメントは、顧客によって明示されたニーズを完全に理解し、適切なサービスを効率的かつ効果的に提供することを最低限とし、その期待を上回る顧客体験を組織的に提供することで、欧米のホテルやレストランなど、いわゆるホスピタリティ産業で発達してきた。
「おもてなし」はサービス提供者個人の力量に依存する傾向が強いのに対して、「ホスピタリティマネジメント」は顧客の顕在的・潜在的ニーズの理解、高付加価値なサービスを提供できる環境の整備、サービス提供者の人材育成などを仕組みとして組織的に実践する。「コンテクストの共有が困難な外国人観光客は言うまでもなく、日本人の価値観も多様化する中で、『空気を読む』ことは困難です。『おもてなし』と称して現場に丸投げしていては、稼げる産業へ変革することはできません。顧客が何を求めているのかを客観的に分析し、どのような価値を提供するのかを組織として考えることが、経営力向上の一歩になるのではないでしょうか」と提起する。また、おもてなしはサービス提供者の心身を犠牲にすることが指摘されているが、ホスピタリティマネジメントでは従業員満足(ES)やエンゲージメントの向上にも取り組むことから、日本の観光産業で深刻な問題となっている人材不足の解決にも資する。
地域との連携によって付加価値を創出し高単価を確保
さらに大島は、実践を通じて自らの研究の検証も試みている。その一環として、和歌山県田辺市で、ゲストハウス経営を通じた実証実験を行っている。
2022年11月、地域の空き家を活用し、熊野古道を歩いて旅をし、日本の田舎とそこでの暮らしに関心のある外国人観光客をターゲットとした「一棟貸し」の宿泊施設を開業した。これまでの研究で蓄積してきた宿泊経営に関する知見や、熊野古道を訪れる外国人観光客のニーズに関する分析結果に基づき、サービスをデザインした。
特徴は、事業戦略やマーケティング、予約管理、経理など経営は大島が遠隔で行い、施設管理や清掃などの実務的な運営、食事の提供は地域のパートナーにアウトソーシングすることだ。「地元の飲食店と連携し、朝食と夕食を提供しています。これによって、地域ならではの食や地元の人との交流といった宿泊体験の提供を可能にしました。素泊まりの宿にはない付加価値を創出して高単価を確保し、その収益を地域に還元することで地域経済にも貢献できます。これが持続可能な宿泊ビジネスのひとつのあり方だと考えています」と言う。
また宿泊予約サイトのメッセージ機能を活用した宿泊客とのコミュニケーションの重要性も語る。事前に宿のポリシーやルール、そこでどのような宿泊体験ができるかを伝えることが、宿泊客の期待との乖離を防ぎ、満足感を生む役割を果たすという。「宿泊前から積極的にコミュニケーションを取る宿泊客は、より良いサービスをつくっていこうという意識、いわば価値共創の意欲が旺盛であることも分かってきました」と大島。こうして実践を通じて得た知見を理論化し、地域の宿泊事業者や観光事業者にも還元していく。