連結納税制度の導入後、繰越欠損金を利用した租税回避という新たな課題が浮き彫りになってきた。安井栄二は、日本とドイツの法人税法における繰越欠損金の濫用防止規定を比較し、それぞれの問題点を明らかにした。企業に対する課税はどうあるべきか、研究を重ねている。
企業グループ単位で課税する連結納税制度(現グループ通算制度)に見る問題点
法人税は通常、企業(法人)単体に課せられるが、企業グループ単位で課税する仕組みとして、日本では2002年8月、連結納税制度が導入された。それ以降、適用を申請するグループは年々増加し、2018年6月の段階では、累計1,821グループが連結納税制度の適用を申請している。また、2022年4月以降、連結納税制度はグループ通算制度に移行した。
かつての連結納税制度では、企業グループをあたかも一つの法人のように捉えて課税する。ところがこの仕組みを悪用し、多額の繰越欠損金がある法人を買収して子会社化し、取り込んだ法人の繰越欠損金を利用して租税を免れようとする企業が現れることが容易に想定された。そこで、こうした繰越欠損金の濫用を防止するため、日本ではさまざまな規定が設けられている。
法人課税のあり方を研究する安井栄二は、グループ通算制度における欠損金の取り扱いについて、ドイツの法人税法と比較しながら、その問題点を検討している。
繰越欠損金を濫用した租税回避が問題に
そもそも繰越欠損金とは、どういうものか。安井によると、「法人税法2条19号では、当該事業年度の損金の額が益金の額を超える場合、その超過分、平たく言えば『赤字』を『欠損金額』としています。欠損金額は、翌事業年度から10年間繰り越すことができ、その間の所得金額に生じた損金の額に算入することができます(法人税法57条1項)。このように翌事業年度以降に繰り越された欠損金を『繰越欠損金』と呼びます」という。
例えばA社が昨事業年度1億円の赤字だったが、今年度は5千万円の黒字だったとする。課税は当該事業年度の所得に対して行われるため、赤字だった昨年度の課税額は0円だが、今年度は所得の5千万円から課税分を納めなければならない。しかし過去2年間で見れば、通算5千万円の赤字であり、A社は無理な課税を強いられるともいえる。こうした事態を防ぐためにつくられたのが、繰越欠損金制度だ。「法人の事業年度は、所得金額を算定するために設けられた期間に過ぎず、欠損金をその前後の事業年度の利益と通算することで、真の所得金額を計算できます。繰越欠損金制度は決して恩恵的な制度ではなく、必然的に設けるべき制度だといえます」と安井。憲法14条が定める平等原則において、課税は担税力(租税を負担する能力)に応じて行われるべきであるとされている。こうした応能負担による公正な課税の必要性を安井は説く。
しかし先述のように、連結納税制度の導入により、恣意的な合併によって税負担を減らすことが可能になった。「それを防ぐため、日本の法人税法は、適格合併による繰越欠損金の引継ぎを認めつつも、それにさまざまな要件を課しています。しかしあらゆる事例に対応するため、この要件規定が複雑になっていることが課題です」と言う。
一方ドイツ法人税法(KStG)の規定は、日本とは対照的だという。「ドイツにも日本のグループ通算制度と似た機関関係制度がありますが、この制度における繰越欠損金の規制要件は、極めて簡素です。その代わり、最低5年間の利益供出あるいは損失引受の確実な実施を求めるなど、それを守るための要件が厳しく設定されています。日本の規制が、いわば『事前規制』であるのに対し、ドイツは『事後規制』といえます」
日本とドイツの法人税法を比較し繰越欠損金の濫用防止規定の問題を検討
また日独いずれにも、欠損法人の繰越欠損金の濫用を防止する制度があるという。日本では法人税法57条の2第1項において、「特定の株主が欠損法人の発行済株式等の総数の過半数を取得し、その取得後5年以内に同項が定める五つの『特別事由』のいずれかに該当することになった場合、特定事由該当日に属する事業年度以降、当該欠損法人の繰越欠損金は消滅する」とされている。「ところがこの『特定事由』がわかりにくく、特定事由の該当性をめぐって争いが生じたり、本来の目的である繰越欠損金濫用を防げない場合があります」と安井は問題点を指摘する。
一方ドイツのKStGにおける欠損法人の繰越欠損金の濫用防止規定であるKStG8c条1項1文~3文では、「買収者の所得割合がその過半数になった場合、当該法人の繰越欠損金はすべて消滅する」とされている。ただし、同項にはグループ条項等の適用除外規定がいくつもあり、これに該当しない場合が定められている。さらに2016年に新設されたKStG8d条によっても、その規制の一部が緩和されている。
つまりKStGでは、法人の株主等の変更という事実のみを基本的な適用条件としながらも、さまざまな適用除外規定を設け、繰越欠損金の復活を可能にしている。しかし除外規定をめぐっては、適用要件の一部が不明確であるなど、必ずしも正当な事業目的がある買収事例に適用できていないという。日本とは対照的なドイツの規定では、問題点もまた異なることが見て取れた。
「税負担の公正という観点からも、こうした問題を看過することはできません。今後もドイツの議論を参考にしながら、どうやって欠損法人の繰越欠損金の濫用を防止すべきか、検討していきます」と語った。