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  • ISSUE 23:
  • お金

貨幣に潜む国号、年号

中国・日本の貨幣に織り込まれた国の成り立ち、思想を解き明かす

大形 徹衣笠総合研究機構 教授

中国、日本において貨幣は、貝貨から始まり、多様な形や重さの金属銭貨が造られてきた。そうした貨幣の歴史をひも解く大形徹は、特に貨幣に記された文字に注目して中国歴代の貨幣のほか、日本の富本銭や和同開珎を分析。国号や年号、吉語から国の成り立ちや思想を読み解いた。

魔除けの貝殻から始まった貨幣の歴史

「東アジアの貨幣は貝貨から始まります」。そう口火を切った大形徹は、中国・日本の貨幣の歴史をひも解く起点として、タカラガイの貝殻を紹介した。日本でも子安貝の俗称で知られる、光沢と模様が美しい小さな貝殻だ。「南方熊楠や江上波夫の説明によると、その名は、貝の形状が女陰に似ていることに由来します。そこから出産や再生と結びつけられたり、男性的な悪霊の眼を引き寄せ、『邪眼』を防ぐ呪物・護符として、中国、日本のみならず中東やヨーロッパでも使われました」。そうした辟邪(魔除け)の価値から身につけるアクセサリーになり、さらに他のものと交換できるようになって、貨幣になっていったという。それが後に金属貨幣になった。

大形によると、古代中国殷王朝の遺跡・殷墟から、墓の副葬として多くの貝殻が出土しているが、その大半が、殻の表面が削られ、孔が穿たれていたという。「これは貝の孔に紐を通し、一連の『朋』にするためだろうと推察されます。『貝を数える時、貝十朋のようにいう』との記録が残っています。また殷・周時代に使われた象形文字の金文に、まさにこの一連を表す図象があります」

銭貨に四角や円(方)の孔を開け、一連にする習慣は、秦の半両銭や漢の五銖銭など後世に踏襲されていく。「一両銭や五銖銭は、重さを基準にした貨幣です。ところが後世になるほど銭は小さく薄く、孔は大きくなっていきます。銭を集めて鋳つぶし、大銭を作って利益を得るためだったと考えられます」。そのほかに刀の形をした刀銭など、国・時代でさまざまな形の貨幣が使われてきた。

国号・年号・吉語を入れた貨幣で国を内外にアピールした

中国の歴代の国の貨幣には、年号や国号が記されているものが少なくない。大形は、貨幣と年号との関係について興味深い研究を行っている。「東アジアでは、年号をもつこと、また自国の貨幣をもつことは、いわば国を成した証でした。貨幣に年号や国号を入れるのは、新興国や弱小国が自国に貨幣を造る力があることを誇示するとともに、国民や周囲の国々に国号や年号を周知する目的があったと考えられます」と説明する。

大形によると、年号は漢の武帝の頃に始まった。五胡十六国の一つ、成漢(304~347)の漢興年間(338~343)に鋳造された貨幣「漢興」は、国号(国名)の「漢」、年号の「漢興」を表した、国号銭かつ年号銭である。「『漢興』は『漢という国が興り、その元号は漢興である』ということをわずか二文字で的確に表現しています」と言う。

また北魏時代の「永安五銖」は、「永安」が入った年号銭であると同時に、銭の四角い孔の上に「土」の文字が記され、「吉」と読めることから、吉語(縁起の良い言葉)銭につながるものだという。同じく北周武帝時代の「五行大布」も「五行が大いに布(し)きのべられる」という意味で、吉語銭の一つだし、新疆トルファンの高昌の「高昌吉利」も国号・吉語銭である。

大形は、唐の高祖がつくった「開元通寳」にも注目する。一般的には「開元通寳」と対読されるが、「開通元寳」と旋読されることもある。「開元」の文字を選び、原文を書いたのは、学者であり書家の欧陽詢とされる。字体は特殊で、とりわけ「開」には顕著な特徴がある。大形はその背景に、漢民族ではない国々が、中国的な国家になろうとした歴史を見る。「漢字の国号や年号をつけ、貨幣を造ることで中国を模倣しました。貨幣に国号・年号を入れる習慣もそのあたりの意識から始まりました」。続けて「富本銭や和同開珎といった日本の貨幣も、その文脈でとらえることができるのではないか」と論を進める。

漢興
国号銭 年号銭
漢=五胡十六国の国号
漢興=年号
漢(かん)興(おこ)る
※縦の布字は富本と同じ。
永安五銖
年号銭 吉語銭
北魏
土は五行思想の土徳の王朝
土+貨幣の孔(口)=吉
高昌吉利
国号銭 吉語銭
高昌はトルファンにあった国
開元通寳
年号銭ではない。
しかし、開元はのちに玄宗の年号。
欧陽詢の撰文および書。特殊な字体。
「開」にも顕著な特徴あり
→和同開珎(普通和同)の「開」
富本銭
国号銭? 吉語銭
富+七曜(日月・木火土金水)+本
※王朝交替のない日本は
五行すべてをそなえる?
それに陰陽をくわえる。
※富+七曜(の日)+本=富日本
和同開珎
国号銭? 年号銭? 吉語銭
銀銭銅銭は中国に贈答
倭≓和≓大和≓日本
和同(吉語)≓和銅(熟銅・年号・倭銅)
通≓同≓銅寳(ウ冠+珎+貝)≓珎
珎≓珍≓鎮

富本銭や和同開珎に見る国号・年号・吉語

現在、日本最古の貨幣とされているのが、1985年に平城宮跡で出土した「富本銭」である。貨幣の孔を中心に「富」を上、「本」を下、「七星文」をそれぞれ左右に配した銅銭だ。1999年の奈良県明日香村飛鳥池遺跡の発掘調査で初鋳年代が確定され、それまで最古と考えられてきた「和同開珎」をさかのぼる銅銭であることが判明した。

富本銭は、一般に厭勝(まじない)銭と解釈されるが、大形はさらに独自の解釈を加える。「富本銭を富、七曜(日月・木火土金水)、本の順に旋読すれば、『富日本=日本を富ます』となります。とすればこれは、国号を織り込んだ国号銭ともいえます」

一方「和同開珎」は、過去の文献では、「和同開珎」と旋読するものもあれば、「和開同珎」と対読するものもあるという。「和」は「倭≒日本」に通じ、また「和同」は吉語でもあり、「和銅」という年号とも読める。つまり和同開珎も、国号銭・年号銭、かつ吉語銭でもあると解釈できるという。さらに大形は、銭文の「開」の文字に着目する。「古和同」の「開」には工夫がないが、「新和同(普通和同)」の「開」は特殊な字形をしている。「『和同開珎』と先述した中国の『開元通寳』の画像を透明処理して重ねてみると、『開』の文字がぴたりと一致します。つまり『和同開珎』は、『開元通寳』に倣ったものだと考えられます」

『和同開珎』と『開元通寳』の画像を重ねてみると、『開』の文字がぴたりと一致する

こうしてみると「日本の富本銭、和同開珎も、国号や年号・吉語を潜ませ、複数の読み方や重層的な意味を持つよう工夫が凝らされているように見える」と大形。貨幣に潜む国家の成り立ちや思想。それに光を当てることに、研究の醍醐味を見出している。

大形 徹OHGATA Tohru

衣笠総合研究機構 教授
研究テーマ

文字・神仙思想・魂魄觀念・中国古代医学・書道・篆刻

専門分野

中国哲学