個人にとって好ましい選択が、個人にとっても社会にとっても望ましくない結果を生じさせることがある。竹内あいは、この社会的ジレンマに着目。ゲーム理論に基づく分析と実験室実験によって、社会的ジレンマ状況で人々の協力を促す仕組みを探っている。
社会的ジレンマ状況で罰則制度は有効か
個人にとって合理的な選択の結果が、社会においては望ましい結果にならないことが往々にしてある。そのため多くの人々が自分に都合のいい選択をすると、結果的に個人にとっても社会にとっても望ましくない事態になってしまう。こうした状況は「社会的ジレンマ」と呼ばれる。環境問題への取り組みなどは、まさにこれにあたる。
社会的ジレンマ状況で、人々の協力を促すにはどうしたらいいか。竹内あいは、実験経済学の手法を用いて研究している。「研究では、社会的ジレンマの構造を持つ意思決定状況を実験室内で再現し、参加者の行動を分析する実験室実験を行います。そこでよく用いられるのが、公共財供給ゲームです」
公共財供給ゲームの一例を紹介すると、次のようになる(下の図参照)。4人1組のグループを作り、各参加者に10ポイントを与える。各参加者は、10ポイントの中からグループの共有口座に何ポイント提供するかを決める。提供しなかった分は自分のポイントとなるが、グループに提供されたポイントは、その合計の2倍が4人に均等に分配される。つまり個人は、グループ口座にポイントを提供しない(ただ乗り)方が、多くのポイントを獲得できるが、もし全員が全ポイントをグループ口座に提供(協力)すれば、それぞれが20ポイント獲得でき、全員が全く提供しない時より多くのポイントを得ることができる。この状況で、人々により多くのポイントを提供させるにはどうしたらいいかを考えるわけだ。
「人々の協力を促す方法の一つとして、協力しない人に罰(制裁)を与えることが考えられます。先行研究では、公共財供給ゲームにおいて個人間制裁は、制裁の強さによって効果が異なることが報告されています。罰が弱すぎると協力率が上がらず、強すぎると罰による損失が、協力で生じる便益より大きくなります」
竹内は、共同研究で新しい着眼点として貢献額にノルマを設け、ノルマ未達成の人に罰を与える公共財供給ゲームを考えた。その際2種類の罰則を設定し、比較検討した。一つは、ノルマ未満のポイントしか提供しなかった全員が罰せられる「絶対的罰則制度」で、もう一つは、ノルマに満たない人のうち、提供ポイント(貢献度)が最も低い人だけが罰せられる「相対的罰則制度」だ。
竹内らは、まずゲーム理論に基づいて、設定した罰則制度をモデル化し、理論的予測を立てた。その上で実験室実験を行い、理論予測と同じ結果になるかを検証した。
「理論的には、罰の強度が強い時には絶対的罰則制度と相対的罰則制度で差はないのですが、弱いときは、前者より後者の方が協力が進み、全体に提供されるポイント(貢献額)が高くなると考えられ、実験でもそのような結果が観察されました。一方で貢献額・利得が最も高くなる罰の強さの場合は、どちらの罰則制度でもノルマ未達の人が増加。すなわち協力が維持できないという理論とは異なる結果が観察されました」
竹内はこの結果を「他者の行動に関する情報」による可能性があると説明する。注目したのは、理論予測から逸脱した際、個人が得るポイント(利得)が逸脱しなかった人よりも高かったことだ。「つまり実際には協力する方が自分も得になるにもかかわらず、協力していない方が利得が高く見える。実験参加者は協力していない他者を見て『利得が高い』と事実を誤認し、協力しない方を選んだ可能性があります」と言う。この結果は、人に協力的な行動をとらせる上で、他者の行動に関する情報がいかに重要であるかを示唆している。
協調と協力を促すのに有効な情報提供は?
両方の情報が協力率を上げる
最近の研究では、複数の社会的ジレンマの状況に同時に直面した場合に注目している。「例えば災害地で、ボランティアを必要としている場所が複数あり、しかも各地で必要とされるボランティアの数に上限がある場合、協力しないでやり過ごす人(ただ乗り)が出たり、誰がどこに助けに行くかをうまく配分できず『調整(協調)の失敗』を招くという二つの問題が生じる可能性があります」と言う。ではこれらの問題を改善するにはどのような情報提供が有効か。竹内らは、必要とされる貢献量の上限(各所で必要な人数)に関する情報と、他者の貢献(どこに何人協力しているか)に関するリアルタイムな情報を設定。協力対象(貢献先)を複数(二つ)にして、それぞれに必要とされる貢献量(上限)がある公共財供給ゲームをモデル化し、ゲーム理論と実験室実験で、各々の情報が「ただ乗り」と「協調の失敗」という問題の克服に役立つかを検証した。
その結果、他者の貢献に関する情報と、各所で必要とされる貢献量の情報の両方が提供された場合、協力率が向上(「協調の失敗」が減少)することが確認された。一方で、必要とされる貢献量の上限が低い場合には、「ただ乗り」(協力しない人)が増え、協力率が極端に下がることも明らかになった。これは社会心理学における「傍観者効果」や責任感の低下といった概念と似ていると竹内らは分析している。
自然災害が多発する日本において、災害時のボランティア活動や寄付といった人々の慈善活動への協力をいかに促進するかは重要な課題である。竹内の研究成果は、そこに貴重な示唆を提供する。