2017年12月、東京。ジャンルを超えて多くの音楽家、声優が出演し、「熊本地震・東日本大震災復興支援チャリティーイベント」が開催された。メインステージは音楽の調べに合わせて絵本を朗読する「絵本と音楽のコラボレーション」。東日本大震災を機に始まり、8回目を数えたこの日まで、復興地に暮らす人から震災で転居を余儀なくされた人々まで多くの被災者に癒しを与えてきた。
活動の発起人である臨床心理学者の増田梨花は、これまで臨床心理士としてさまざまなカウンセリングや心理ケアに「絵本と音楽の力」を活用してきた。「小さい頃、母親に読み聞かせてもらった『浦島太郎』が私の原点。海の世界に憧れて『将来は潜水艦の艦長になりたい』と夢を膨らませたものです。小さな本の中に限りない想像の世界がある。そんな絵本の魅力に引き込まれました。一方で歌好きの父の影響で多くの歌や音楽に親しんで育ったことも私の研究基盤を形づくっています」と増田は語る。
心理学の世界でも、絵本には「癒しの力」があるといわれる。増田によると、絵本はその親しみやすさから読む人に幼い頃の記憶を甦らせ、温かな気持ちを思い起こさせる。また想像力をかきたて、コミュニケーションツールとしても役立つという。小児病棟に長期入院する子どもたちへの心理ケアに長く携わった増田は、子どもたちの抱える不安やストレスを軽減する手だてとして絵本の読み聞かせを中心とした読書療法を取り入れ、その効果を実感したと語る。また10年にわたる中学校のスクールカウンセラー時代にも、不登校生徒の家庭を訪問し、面接する際の会話の糸口として絵本の読み合わせを活用した。「絵本を媒体にそれまで押し黙っていた生徒やその親御さんからさまざまな思い出話が語られるようになります。『北風と太陽』の絵本が好きだったという生徒との会話から、『私が北風だった』と自省し、涙を流された親御さんもいました。『絵本の力はすごいな』と胸を打たれました」と語る。さらに面接の前後にP-Fスタディという心理検査を実施し、絵本の効果の客観的な検証も行っている。週1回、およそ3ヵ月間で計12回の面接を行い、その前後の心理変化を分析した結果、情緒の安定度が高まり、一方で攻撃的な傾向が抑制されて事態容認・受容の傾向が高まることが明らかになった。また面接を重ねるごとに自己表出度の向上も見られたという。
加えて生理学的指標でも絵本の読み聞かせの効果を確かめている。5、6歳の幼稚園児を対象に絵本の読み聞かせを行い、その前後で心拍数や鼻部皮膚温を測定したところ、心拍数は下がるとともに鼻部皮膚温が上昇することが判明した。「鼻部皮膚温は自律神経系作用の血流変動が原因の温度変化を顕著に表します。これらの結果から、絵本の読み聞かせによって副交感神経系が優位になり、リラックスした状態になることが明らかになりました」。
こうした経験をもとに増田は高齢者支援施設や精神障がい者施設などで「絵本と音楽のコラボレーション」の活動を行ってきた。「とりわけジャズのリズムが右脳と左脳に好影響を与え、ストレスを緩和する効果があることも生理学的指標を使った検査で明らかにしています」と増田。東日本大震災後、復興地で開催した体験型ワークショップのプログラムの一つに「絵本の読み合わせとジャズ」を取り入れたのは、そうした研究成果があったからだ。
「震災の1ヵ月後、心理の専門家として自分にできることをしなければという使命感に駆られて現地に足を運んだものの力及ばないことを痛感しました」という増田。数ヶ月後に再び宮城県と福島県を訪れ、「傾聴ボランティア」として仮設住宅や避難所を回った時、「今必要とされているのは臨床心理の専門スキルではない」と実感。「何かできることはないか」と思いを巡らせ「絵本と音楽」に辿りついた。
2012年9月30日、宮城県石巻市にある仮設住宅・大指団地の「大指十三浜こどもハウス」で「絵本とジャズのコラボレーション」イベントを開催。「絵本の読み聞かせとジャズの生演奏の融合によって仮設住宅で暮らす人たちのストレスを少しでも和らげられたら」との願いが込められた。以来、同様のイベントを復興地の各所で開催し震災後に転居した人々を元気づけたり、2016年に起きた熊本地震の支援にも目的を広げ、東京や京都など復興地外の地域でも開催したりしている。
「絵本と音楽でイメージの世界を広げる。そうした活動のお手本にしている方がいます」と最後に増田が挙げたのが、イラストレーターのわたせせいぞう氏だ。わたせ氏が教鞭を取る大学の授業に刺激を受けたことを励みに、今後も「絵本と音楽の力」で人々の心を癒す活動を続けていく。
年代を超えて、心に深く働きかける絵本
子どもの心理的・身体的成長過程ごとのキーワードを軸に選ばれた絵本。
発達心理学の視点から、子育てに悩む保護者を支援できるような絵本が選ばれている。
金沢市立玉川こども図書館との共同プロジェクトによる「発達心理をベースとした絵本の研究」より一部を抜粋
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発達時期:発達心理学への第一歩
キーワード:生涯発達
ラヴ・ユー・フォーエバー
岩崎書店 1997 -
発達時期:胎児期から新生児期
キーワード:妊娠・出産
あかちゃんのゆりかご
偕成社 2002 -
発達時期:胎児期から新生児期
キーワード:原始反射
わたしのあかちゃん
福音館書店 2006 -
発達時期:乳児期
キーワード:顔の認知
かおかお どんなかお
こぐま社 1988 -
発達時期:幼児期前期(1歳3ヵ月〜3歳前半)
キーワード:イメージ(見たて、ふり)
ふねなのね
ブロンズ新社 2004 -
発達時期:幼児期後期(3歳後半〜就学まで)
キーワード:数概念
こねこ9ひきぐーぐーぐー
ポプラ社 2009 -
発達時期:児童期
キーワード:いじめ
きずついたつばさをなおすには
評論社 2008 -
発達時期:児童期
キーワード:ギャング・エイジ(仲間関係)
あのときすきになったよ
教育画劇 1998 -
発達時期:思春期から青年期
キーワード:永続性の理解
ひとりぼっち(あなたへ2)
岩崎書店 1996