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  • ISSUE 8:
  • こころ

心を癒す「絵本と音楽の力」

絵本と音楽のコラボレーションで震災後のストレスを和らげる。

熊本地震・東日本大震災復興支援チャリティーイベント「ピクチャーブックヒーリング」

増田 梨花応用人間科学研究科 教授

    sdgs03|

2017年12月、東京。ジャンルを超えて多くの音楽家、声優が出演し、「熊本地震・東日本大震災復興支援チャリティーイベント」が開催された。メインステージは音楽の調べに合わせて絵本を朗読する「絵本と音楽のコラボレーション」。東日本大震災を機に始まり、8回目を数えたこの日まで、復興地に暮らす人から震災で転居を余儀なくされた人々まで多くの被災者に癒しを与えてきた。

活動の発起人である臨床心理学者の増田梨花は、これまで臨床心理士としてさまざまなカウンセリングや心理ケアに「絵本と音楽の力」を活用してきた。「小さい頃、母親に読み聞かせてもらった『浦島太郎』が私の原点。海の世界に憧れて『将来は潜水艦の艦長になりたい』と夢を膨らませたものです。小さな本の中に限りない想像の世界がある。そんな絵本の魅力に引き込まれました。一方で歌好きの父の影響で多くの歌や音楽に親しんで育ったことも私の研究基盤を形づくっています」と増田は語る。

心理学の世界でも、絵本には「癒しの力」があるといわれる。増田によると、絵本はその親しみやすさから読む人に幼い頃の記憶を甦らせ、温かな気持ちを思い起こさせる。また想像力をかきたて、コミュニケーションツールとしても役立つという。小児病棟に長期入院する子どもたちへの心理ケアに長く携わった増田は、子どもたちの抱える不安やストレスを軽減する手だてとして絵本の読み聞かせを中心とした読書療法を取り入れ、その効果を実感したと語る。また10年にわたる中学校のスクールカウンセラー時代にも、不登校生徒の家庭を訪問し、面接する際の会話の糸口として絵本の読み合わせを活用した。「絵本を媒体にそれまで押し黙っていた生徒やその親御さんからさまざまな思い出話が語られるようになります。『北風と太陽』の絵本が好きだったという生徒との会話から、『私が北風だった』と自省し、涙を流された親御さんもいました。『絵本の力はすごいな』と胸を打たれました」と語る。さらに面接の前後にP-Fスタディという心理検査を実施し、絵本の効果の客観的な検証も行っている。週1回、およそ3ヵ月間で計12回の面接を行い、その前後の心理変化を分析した結果、情緒の安定度が高まり、一方で攻撃的な傾向が抑制されて事態容認・受容の傾向が高まることが明らかになった。また面接を重ねるごとに自己表出度の向上も見られたという。

加えて生理学的指標でも絵本の読み聞かせの効果を確かめている。5、6歳の幼稚園児を対象に絵本の読み聞かせを行い、その前後で心拍数や鼻部皮膚温を測定したところ、心拍数は下がるとともに鼻部皮膚温が上昇することが判明した。「鼻部皮膚温は自律神経系作用の血流変動が原因の温度変化を顕著に表します。これらの結果から、絵本の読み聞かせによって副交感神経系が優位になり、リラックスした状態になることが明らかになりました」。

こうした経験をもとに増田は高齢者支援施設や精神障がい者施設などで「絵本と音楽のコラボレーション」の活動を行ってきた。「とりわけジャズのリズムが右脳と左脳に好影響を与え、ストレスを緩和する効果があることも生理学的指標を使った検査で明らかにしています」と増田。東日本大震災後、復興地で開催した体験型ワークショップのプログラムの一つに「絵本の読み合わせとジャズ」を取り入れたのは、そうした研究成果があったからだ。

「震災の1ヵ月後、心理の専門家として自分にできることをしなければという使命感に駆られて現地に足を運んだものの力及ばないことを痛感しました」という増田。数ヶ月後に再び宮城県と福島県を訪れ、「傾聴ボランティア」として仮設住宅や避難所を回った時、「今必要とされているのは臨床心理の専門スキルではない」と実感。「何かできることはないか」と思いを巡らせ「絵本と音楽」に辿りついた。

2012年9月30日、宮城県石巻市にある仮設住宅・大指団地の「大指十三浜こどもハウス」で「絵本とジャズのコラボレーション」イベントを開催。「絵本の読み聞かせとジャズの生演奏の融合によって仮設住宅で暮らす人たちのストレスを少しでも和らげられたら」との願いが込められた。以来、同様のイベントを復興地の各所で開催し震災後に転居した人々を元気づけたり、2016年に起きた熊本地震の支援にも目的を広げ、東京や京都など復興地外の地域でも開催したりしている。

「絵本と音楽でイメージの世界を広げる。そうした活動のお手本にしている方がいます」と最後に増田が挙げたのが、イラストレーターのわたせせいぞう氏だ。わたせ氏が教鞭を取る大学の授業に刺激を受けたことを励みに、今後も「絵本と音楽の力」で人々の心を癒す活動を続けていく。

被災地支援イベントで毎回ジャズやハープ演奏とのコラボで読まれている絵本
『サンタ サンタ サンタ』わたせせいぞう 作 竹書房 2011
(c)わたせせいぞう/竹書房

年代を超えて、心に深く働きかける絵本

子どもの心理的・身体的成長過程ごとのキーワードを軸に選ばれた絵本。
発達心理学の視点から、子育てに悩む保護者を支援できるような絵本が選ばれている。
金沢市立玉川こども図書館との共同プロジェクトによる「発達心理をベースとした絵本の研究」より一部を抜粋

  • 発達時期:発達心理学への第一歩

    キーワード:生涯発達

    ラヴ・ユー・フォーエバー
    岩崎書店 1997

    ラヴ・ユー・フォーエバー

    お母さんが赤ちゃんを抱っこしながら歌を歌う。赤ちゃんはやがて少年になり反抗期を迎えるが、それでも母親は少年が眠っているのを確かめて、抱っこしながら歌う。大人になった少年と老いた母親の姿までを描きながら、親子の絆を語る絵本。
    作=ロバート・マンチ、訳=乃木りか、絵=梅田俊作

  • 発達時期:胎児期から新生児期

    キーワード:妊娠・出産

    あかちゃんのゆりかご
    偕成社 2002

    あかちゃんのゆりかご

    お母さんは妊娠中。お父さんがゆりかごを作ると、おじいちゃんとおばあちゃん、そしてお兄ちゃんは赤ちゃんのためにゆりかごを飾り、赤ちゃんがやってくるのを待っている。家族の温かさと赤ちゃんを待つ喜びを感じさせる絵本。
    作=レベッカ・ボンド、訳=さくまゆみこ

  • 発達時期:胎児期から新生児期

    キーワード:原始反射

    わたしのあかちゃん
    福音館書店 2006

    わたしのあかちゃん

    赤ちゃんが産まれてから4日目までの様子と、お母さんの喜びや不安を描いている。産まれたばかりの赤ちゃんに特有の動きや、はじめてのうんちがどのようなものかなどをわかりやすい言葉で説明した科学絵本。
    ぶん=澤口たまみ、え=津田真帆

  • 発達時期:乳児期

    キーワード:顔の認知

    かおかお どんなかお
    こぐま社 1988

    かおかお どんなかお

    はっきりした線と色で描かれた表情が、バラエティー豊かに登場する。輪郭だけの顔に目•鼻•口が順に書き足されていくページでは、そのひとつひとつを確かめながら読み進めることができる。ユーモアもあり、大人でも十分楽しめる一冊。
    作•絵=柳原良平

  • 発達時期:幼児期前期(1歳3ヵ月〜3歳前半)

    キーワード:イメージ(見たて、ふり)

    ふねなのね
    ブロンズ新社 2004

    ふねなのね

    男の子が箱を船に見たて、川へ漕ぎ出して行くごっこ遊びを始める。最初は箱だった船が本物の船に変化していく様子から、男の子の想像の世界が広がっていくことがわかる。誰もが経験するごっこ遊びをわかりやすく表現している。
    ぶん=中川ひろたか、え・デザイン=100%ORANGE

  • 発達時期:幼児期後期(3歳後半〜就学まで)

    キーワード:数概念

    こねこ9ひきぐーぐーぐー
    ポプラ社 2009

    こねこ9ひきぐーぐーぐー

    全て色の異なる9匹の猫が、1匹また1匹と目を覚ましては去っていくというシンプルな展開。登場する猫が、始まりから終わりまで同じ大きさ•同じ位置で描かれているので、数や空間がわかり始めた子どもの理解の助けとなるだろう。
    作•絵=マイケル・グレイニエツ

  • 発達時期:児童期

    キーワード:いじめ

    きずついたつばさをなおすには
    評論社 2008

    きずついたつばさをなおすには

    都会の真ん中で、翼を痛め落下してきた1羽の鳥。気づいたのはウィル一人だった。再び飛べるようになるまで温かく寄り添うウィルの姿と、生命のたくましさが描かれている。人の心の傷も、こうして癒されるのではないかと考えさせられる。
    さく=ボブ・グラハム、訳=まつかわまゆみ

  • 発達時期:児童期

    キーワード:ギャング・エイジ(仲間関係)

    あのときすきになったよ
    教育画劇 1998

    あのときすきになったよ

    時々おしっこをもらすのでクラスのみんなから「しっこさん」と呼ばれている女の子。しっこさんとわたしは、互いに意識しながらも仲良くなれずにいた。しかし、彼女の優しさや勇気を垣間見たわたしは、次第に心を開いていく。
    作=薫くみこ、絵=飯野和好

  • 発達時期:思春期から青年期

    キーワード:永続性の理解

    ひとりぼっち(あなたへ2)
    岩崎書店 1996

    ひとりぼっち(あなたへ2)

    人との繋がりを見失った時に襲われる孤独感。ひとりぼっちは心にぽっかりと穴のあいた人。あなたの周りにいるひとりぼっちの人。年をとった人、病気の人、友達のいない人。そんな人を「あなたはあたためることができる」と結ばれている。
    文=レイフ・クリスチャンソン、訳=にもんじまさあき、絵=ほりかわりまこ

増田 梨花MASUDA Rika

応用人間科学研究科 教授
研究テーマ

絵本を用いた臨床心理面接法に関する研究、学校現場における発達障がいの生徒の発見と対応に関する研究、絵本を活用したピア・サポートトレーニングの導入と活用の研究

専門分野

子ども学(子ども環境学)、教育心理学、臨床心理学、特別支援教育