研究内容を教えてください。
伊井:障害のある子どもの地域生活支援に関心をもって研究をしています。特に近年は、学校でも家庭でもない第三の居場所としての「放課後等デイサービス」(以下、放デイ)に注目し、その役割やサービスのあり方について、関係者の声や制度の変遷を手掛かりとしながら明らかにしてきました。その成果は、2025年3月に刊行した自著『障害のある子どもの放課後と地域福祉―放課後等デイサービスの二面性―』にまとめています。
放デイは障害のある子どもの放課後や休日を支えるための制度として、2012年に国が設立しました。これまでは家で過ごすしかなかった子どもたちも多くいましたが、放課後や休日が豊かになり、発達支援を受けられるようになったのです。その一方で、放デイの急増にともない、本来の目的である「生活能力の向上のために必要な訓練や社会との交流その他の支援」を十分に提供せず、単なる預かりや障害特性への配慮を欠いた運営を行う事業所が増加しているという問題もあります。こうした現状に至った要因や背景について、研究を通じて明らかにしてきました。
研究からどのようなことがわかったのでしょうか。
伊井:まず、過去の新聞記事や先行研究の論文、放課後活動を支援する民間団体の会報・リーフレット、官庁・地方自治体や外郭団体などが公表する統計データなどを分析し、放デイがどのようなプロセスを経て制度化に至ったのかを調査しました。その結果、当初は障害のある子どもたちに豊かな放課後の時間を保障したいという関係者達の強い願いと実践活動が草の根的な社会運動となり、地方自治体や国を動かして、法改正や制度成立に大きく寄与した経緯が見えてきました。放デイの制度化は障害のある子やその家族、支援者にとって悲願の成就ともいうべき成果だったのです。
一方で、発達障害に対する社会的認知の広がりや女性の就労率の上昇など、社会背景の変化も相まって放デイのニーズは留まることなく増加しています。そのニーズに対応できるだけの事業所数を確保する必要がありました。そうした背景から運営基準を比較的緩くして、多様な事業者の参入を促した結果、2012年から2022年の間に事業者数は約6.2倍、利用実人員は約11.8倍に増加しています。その中には営利目的でノウハウを持たないまま参入する事業者も出現しました。また、人的資源不足による質の低下なども顕在化しました。こうした放デイの質の低下という課題については、文献調査だけでなく、放デイ制度化以前から障害のある子どもの支援に携わってきた事業者へのインタビュー調査を通して明らかになりました。
本研究の意義を詳しくお聞かせください。
伊井:放デイの数が急激に増えたことで質が低下しているという懸念の声は、以前から現場でも言われてきました。しかし、だからといって単純に事業所の数を減らせば解決するというものでもないのです。放デイの制度化の経緯をふまえれば、数が増えたこと自体は望ましい側面があります。その一方で、その良さの中に改善すべき課題が内包されており、そこをしっかり見極める必要があるのです。こうした複雑な問題を多様な社会調査に基づき整理し、少しでも見通しをよくすることで、子どもたちにとって本当に価値のある環境をつくる手がかりを提示できるのではないかと考えています。
子どもたちに必要とされる環境は時代とともに変化します。それに合わせて制度も柔軟に変わっていく必要があるでしょう。もともと放デイ自体が社会運動の盛り上がりから制度化したように、改善の余地があれば意見を共有して変えていくことができるはずです。しかし、私自身も放デイに勤務していた経験がありますが、現場の関係者は日々の業務に忙しく、制度の見直しを十分に検討する時間を取ることが難しいのが現状です。だからこそ研究を通じて制度を読み解き、地域福祉や障害児支援に貢献をしたいという思いで研究をしています。
「子どもは夕方に育つ」という言葉がありますが、障害の有無にかかわらず、すべての子どもが生き生きとした放課後や休日を過ごすことができる未来を実現したいですね。
ほかにどのような研究をしていますか?
伊井:日本国内だけでなく、東南アジア諸国の教育・福祉政策とその実態を調査する共同研究にも取り組んでいます。特に経済成長が著しいベトナムの障害児教育や障害者福祉の状況を調査しており、欧米に比べてアジアのこうした実態把握はまだ十分に進んでいないので、そこに寄与したいと思っています。
もうひとつは、農福連携による障害者の社会参加、食農教育を通じた障害のある子どもの発達支援です。実は学部時代には農学を専攻し、大学卒業後は農業高校の教員をしており、自然と触れる活動や動植物を育てる体験に関心を寄せていました。放デイを利用する子どもたちと1年間の農業体験を行ったことがあるのですが、その体験が子どもたちに与える良い影響や発達の可能性を実感しました。この分野もさらに探求していきたいと考えています。
